獣の解放

 すべては、ジャックオランタンからの手紙を見た時から計画していたことだ。


 大切なものを失う辛さを知っているから、もう何をするのも抵抗は無かった。


 大嫌いな女の力を借りるのも、ほかのクラスの連中を巻き込むのも、すべてはジャックの目をあざむくための準備だ。


 俺がゲームを止めるために奮闘ふんとうしている風に露骨ろこつに見せることで、ジャックが有言実行するように誘導した。


 しかし、ジャックは用心深い性格だと推察すいさつできていた。決定的なチャンスが来るまで、絶対に動かない。


 そのチャンスを作るために、俺はジャックオランタンを捕らえようとしていたんだ。


 姉さんの残した手帳から、あれが本物のジャックではないことはわかっていた。


 だから、見つけるのはただの情報収集のためだ。


 ジャックオランタンからかって?それは違う。こいつはただのえさだ。


 奴らは焦ったのだろう、ジャックオランタンこと金木が俺の手に渡ってしまい、ジャックに関する情報が俺に知られてしまうかもしれない。


 そんなことを、ジャックの部下が許すだろうか?絶対に無いだろ。


 そこからは、BCに出した期間である3日間で俺に奇襲をかけようとしている奴らを片っ端からひねつぶした。


 そして、その潰した奴らから脅して情報をかせ、ジャックが最上たちの元に向かう計画を知り、俺と同じ背丈だったブレードって奴に変装し、懐に入ったわけだ。


 ん?じゃあ、あのスクリーンの映像は何だったのかって?


 ただの録画だ。


 録画の映像を、BCが会話しているように口を所々で挟んだだけ。


 それだけで、俺がジャックの計画に気づかずに、ゲームの攻略のために学園に残っていると勘違いさせたんだ。



 -----



 霧の夜の竹林の中、俺がずっと会いたかった者の1人と対面する。


 もちろん、こいつが本当のジャックかの確証はさっきまで無かった。


 俺が目を付けたのは、この霧が出てきた辺りからだ。


 この霧は人工的に生み出された物で、尚且なおかつ最上の動きが段々と鈍くなっているところから、ただ視界を制限するだけの代物しろものじゃない。


「この霧が、おまえの異能具だな」


「ほぉ、異能具の存在をご存じでしたか。それもそうですよね。あなたのその右手に持っている刃は氷の刀。それは、紛れもなく異能具のようだ。しかし、そんな武器の存在は我々のデータにはないのですがねぇ」


「氷刀白華。今は俺の愛刀だ」


「アイスクイーンなだけに氷の刀とは、浅はか、単純、工夫のない」


「カードのジャックが持ってるのはまさかり棍棒こんぼう、盾のどれかだ。そんな変な形の斧じゃないだろ」


「時代は進んでるんですよ。今は鉞よりも、こういう斧の方が使いやすいのです」


 お互いに得物を構えながら言葉を交わし、俺はジャックに殺気を向けながらも後ろに居る最上にも気を配る。


「最上、動けるか?正直に言ってくれ」


「……ちょっと、平方感覚へいほうかんかくとかが鈍ってきてる。身体も痺れてきて、指先も思うように動かなくない。……ごめん、無理かも……」


「わかった。なら、ここから動くな。足手まといだ」


「えっ……何をする気なの?もしかして、私を守りながらジャックと戦うつもり!?無理だよ、ただでさえあいつが有利な条件なのに!!」


 最上が必死な目を俺に向けてくるので、彼女の頭の上に左手を置く。


「大丈夫だ。絶対におまえは守るし、あいつも倒す。それだけの実力は持ってるつもりだ。今だけは、俺を信じてくれ」


「円華……」


 薄く微笑んで最上の頭から手を離せば、ジャックとゆっくりと距離を詰める。ジャックもこちらに歩み寄る。


 お互いの武器の間合いに入れば、同時に手に持つ得物を相手に振るった。


 ガキンッ!と大きく刃が強くぶつかる音が響く。


 白華を上から振り下ろせば、それをジャックは斧で受け流し、その斧で俺に斬りかかろうとするのを、その場ですぐに横に回転して刃で止める。すると、つばぜり合いをせずに距離をとって霧の中に姿を隠す。


 時間稼ぎのつもりか。俺がこの霧の効果で動きが鈍化していけば、隙も生まれると思っているんだろう。


 ヒット&アウェイ戦法せんぽうには打ってつけの異能具というわけか。


 霧の中から、ジャックの声が聞こえてくる。


「私の異能具『ミストカーテン』にかかれば、例え最強の暗殺者であろうと対策することは可能。あなたは、私にもてあそばれるのみなんですよ!!」


 目を閉じて気配を探ろうとするが、どこにいるのかはわからない。


 攻撃してくるタイミングを見計みはからって反撃するしかないか。


 その場に立ち止まり白華を両手で構えれば、ジャックの出方を待つ。


 全ての感情を無にしろ。


 全神経を張り巡らせろ。


 緊張を解くな、ここは戦場だ。


 今までと同じことをすれば良い。


 生きるために、救うために、己の命をけるんだ。


 上下左右前後、全方位に意識を集中させれば、その時が来た。


 黒いまが々しい物が近づいてくる。


 そして、それが得物を振るおうとした瞬間、白華を逆手に持ち、地面をえぐるように下から張り上げた。


「椿流剣術、燕返つばめがえし……!!」


 燕返しを受けた者は、軽く脳に震動しんどうが響いて動けなくなる。


 そう……受ければ、そうなっていたんだ。


 俺が白華を振り上げるが、そこには誰も居ない。後ろから切りつけられる衝撃が走った。


「んぐっ…!!」


「残念でしたねぇ、アイスクイーンさん?やはり、少し腕が鈍っているのではないですかぁ?」


 倒れそうになったところを踏みとどまり、後ろを向き、片手で白華を構える。


「今のは……一体!?」


「殺気の残像ですぅ。殺気は自在に操ることができるようになっているのですよ」


 殺気の残像……だと!?そんなの、人間離れし過ぎてるだろ、人のことは言えねぇけど。


 ジャックは俺を見下ろすようにあごを突き出す。


呆気あっけないものですねぇ、この程度とは」


 白華を何度もジャックに振るうが、その全ては残像。攻撃すれば反撃をくらい、深い切り傷が増える。


 右腕、左肩、左太もも、背中、腰と切りつけられる。


 不味いことに、俺も段々と動きが鈍くなってきた。


 このままじゃ……勝てない。追い詰めることすらできない。


 攻撃が当たらなければ、話にならない。


「はぁ……はぁ……」


「では、このまま捕らえさせていただきましょうか。あなたと最上さんは重要なサンプルですので。フフっ、何なら、最上さんの方は良い身体をしてらっしゃるので、我らが王のなぐさみものになるかもしれませんねぇ。大切な女ということなら、あなたの目の前で……」


 ジャックの声が、途中から聞こえなくなった。


 こんな感情は……多分、久しぶりだ。


 怒りという言葉を越えた、憤怒ふんぬ


 その感情が、俺の凍気を更に冷たくさせる。


 もっと、力が必要だ。


 巨大な力が、この状況を破壊する力が。


 もう、手段を選んではいられない。


 助けるんだ、最上を。


 倒すんだ、ジャックを。


 もう、これ以上失うのは嫌なんだ。


『だったら、望む力を手にする覚悟はあるか?』


 頭の中に声が響き、それに対して小さく返答した。


「当然だ」


 全身の力を抜き、天を仰ぐ。


「えぇ?何かおっしゃいましたかぁ~?」


 ジャックのあおりを無視し、右目の眼帯に手をかける。


 この絶望的な状況を打破するためなら、どんなに苦しくても構わない。どれだけ壊れようと構わない。


 守りたい奴が居るんだ。


 大切だと思えた、失いたくないと思った女が居るんだ。


 だから……俺は……。


『さぁ、外せ。おまえの中にあるかせを‼』


「うるぅぉおおおおおおお‼‼」


 その声に誘導されるように、アイスクイーンはその眼帯を鎖を千切ちぎるかのように外す。


 そして、その右目をゆっくりと開く。


 青空のように透き通る蒼い瞳をしていて、左目の紅の瞳と対照的になっている。


 そして、全身の傷口が治る前に血が氷っていき、それが全身に広がっていく。


 紅の氷は俺の身体をおおい、その形を獣のものへと形成していくと共に漆黒へと変わって行く。


 そして、氷の獣へと変貌した時、空に浮かぶ月を見てえた。


『ワォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼‼』


 遠吠えはその周囲に響き渡り、最上とジャックは耳を両手で塞ぐ。


 獣を見て、最上は目を見開いて驚愕の表情を浮かべ、目の前に映るものをこう呼んだ。


「…人狼…」


 その姿は人型の狼のようであり、毛並みのように鋭い外皮をまとい、右腕と白華が一体化している。


 蒼紅そうぐの瞳をした人狼が目の前に居るジャックに右腕の刃を向ければ、その次の瞬間には既に相手の背後に回っていた。


「なっ!?し、しかし‼」


 ジャックは状況の変化について行けてなかったが、すぐに頭を切り替えて戦闘に集中しようとする。


 そして、獣は今目の前に居るジャックとは別の方向に白華を振るい、それが襲いかかろうとしたジャック本人を吹き飛ばす。


「がふぇあ!!……何だ、今のはまぐれか!?」


 ジャックの驚きの声が聞こえてきた。


 だけど、それを気にしている余裕はなかった。


 今、最上恵美は視界に映っている氷の人狼が円華だとは信じられなかったから。


『ぁああああ‼最っっ高だぁ…‼久っしぶりに、血がたぎるぜ‼』


 そういう『椿円華』に、前の彼の面影は無かった。



 ー----

 恵美side



 目の前に広がる光景を、私はすぐには受け入れられなかった。


 円華が、円華で無くなってしまっている。


 その姿は変わり果て、人のものから氷の身体をした漆黒の人狼へと変わる。


 人狼は々として人を痛め付ける、傷つけることを楽しんでいるように見える。


 とても、以前の何事にも冷静でいて、衝動で動くことが無かった円華の面影は無かった。


 じゃあ、あの……今戦っている円華は何なの?あれが、本当の円華だって言うの?


 そんな……そんなのって……!!


 私が混乱しているのを他所に、円華とジャックの戦闘は続いている。


 実力の差は、圧倒的。


 ジャックが霧の中から三日月の斧で攻撃しようとするが、それを円華は見えていないはずなのに、全方向、どこからでも迫るものを全て切り払う。


 そして、カウンターとして肘打ひじうち、膝蹴ひざげり、裏拳うらけん、回し蹴りで圧倒する。


『この程度なわけねぇだろ!?もっと、もっと、俺を楽しませろぉ‼』


 霧の効果が無いのか、円華の動きは鋭敏えいびんで動きに無駄が一切ない。


 言葉は戦いを楽しむ獣の様だけれど、動きはその衝動を管理している。


 矛盾しているのに、それが成立している。


 まさに、混沌カオス


 形勢が逆転し、ジャックにも焦りが見えてきている。


「ありえない……ありえないありえない、ありえない!!何故、どうして!!私がおとるなど、ありえない‼」


『ありえない?それは、てめぇはもう限界だって言ってるようなもんだぜ。こんなもんじゃねぇだろ!?もっと、おまえの絶望を喰わせろ‼』


 両手を広げ、高らかに挑発するような態度を取る円華。ううん、ただ純粋に、力を誇示こじしたいだけにも見える。


 ジャックは息を切らしながら、攻撃を仕掛けずに立ち止まる。


「ありえない。この力はまるで……このままでは…‼」


 何か小声でぶつぶつと呟いているように聞こえるが、詳しくは聞こえない。


 しかし、次の瞬間、ジャックの姿が一瞬で消え、円華の横に移動する。そして、円華がそれに反応した時には、もうすでにその姿は無かった。


 先程のように、殺気を操る類いのものではない。


 本当に、瞬間移動しているようだ。


 そして、その移動は段々と速くなり、次に円華の前に姿を現した時、斧を振るい、ついに彼の頬を切った。


 しかし、切られた部分はすぐに氷が修復していく。


『良いなぁ……少しは面白くなってきたじゃねぇか』


「常人を越えた化け物が相手ならば、こちらも常人を越えた力を使うほかにありませんからねぇ。こちらも、今の切り札である『能力』を使わせていただきます」


『それで対等になれたとでも思ってんのか?』


「対等?自惚うぬぼれるな、この雑種ミックス風情が。希望と絶望の2つの力を持った所で、使いこなせなければ意味がない。それを理解する間もなく、今からあなたを排除しましょう」

 

 可能性は考えていたけれど、これは最悪だ。


 ポーカーズも『能力』を持っている。


 それも、過去の薬の力を改良している。


 『希望の血』の力が強化されている上に、異能具を使用されれば、ジャックは強力な敵になる。


 だけど、状況は理解しているはずなのに円華は落ち着いている。


 落ち着いていて、衝動に身を任せる準備をしているように見える。


「私の能力は『加速』でしてね。ミストカーテンの効果もあって、あなたには瞬間移動をしているように見えるかもしれませんね。あなたたちは私に、無抵抗にならざるをえない。そして、死んでいくのですよ。無様にね!!」


 ジャックは霧の中に身を隠し、円華を奇襲する機会をうかがっている。


 円華はその場を動かず、『もう手遅れだ』と言って静かに立ち尽くす。


 ジャックは円華の前に瞬間移動して姿を表し、そのまま斧を勢いよく横に振るった。


「これで終わり……!!」


 円華はその場を動かない。やはり、霧の効果は彼の身体をむしばんでいたんだ。


 しかし、彼の余裕と狂気きょうきは変わらなかった。


『ああ……おまえがなぁ!!』


 円華は左手を前にかざせば、斧の刃を掴んで受け止める。


 そして、その氷は斧を通じてジャックの身体に広がっていった。


「なっ!?なんだ……何なんだ、これはぁああ!?」


 ジャックは驚愕の声を発して離れようとするが、氷が砕けることはない。


 漆黒の氷は、ジャックの身体を侵食していく。


 それが目に映った時、父が私に昔言ったことが理解できた。


『力は、それ事態には何の意味もないんだ。ただ、存在しているだけ。そこに人のいろいろな努力や工夫、意志や感情が伴い、初めて力は発揮はっきされる。それが、力を使うってこと。そして、力は……人間によって進化する』


 これが……進化なの?


 人間によって進化するってこういうことなの?


 円華は斧を、そしてジャックの手を氷で固定する。


 そして、右手の刃を手に変えて拳を握り、ジャックの顔面を殴り始める。


『さぁ、これでてめぇはどこにも逃れられない!!終わりだ……無抵抗に絶望しろぉお!!』


 ジャックの顔を、何回、何十回と殴り続ける円華。


 仮面がズレて鼻から下が露わになり、口から吐き出される血が漆黒の拳や狼のマスクに付着する。


 ジャックはされるがままになっており、抵抗する気力すらない。


 このままでは、ジャックは死んでしまう。


 そして、円華はもう戻ってこない気がした。


「やめて……円華ぁああ!!!」


 今の私には、叫ぶことしかできなかった。


 でも、叫ばずにはいられなかった。


 言葉にも『力』はある。想いが強ければ、届かせる力がある。


 だから、私はただ1つの想いを伝えるんだ。


「お願いだから……戻ってきて!!」


 届いて……お願い!!


 精一杯の声で叫んだ。円華を、円華の心を守りたいと思ったから。


『っ!?』


 円華の拳はジャックのマスクの前で止まった。


『「……これは……俺……は……?」』


 正気に戻り、身体が震えて動揺しているのがわかる。


 そして、円華が自分を取り戻すと、人狼の形をした氷の鎧が砕け散った。


 状況を理解すれば、すぐに地面に落ちている氷刀を拾い、ジャックの頭に上段から振り下ろして刃を打ち付け、横に薙ぎ払って強い衝撃を与えた。


「がっ‼ぐぶへぁああああ‼」


「……椿流剣術 十紋刃じゅうもんじん…‼」


 その時には、右目は蒼から紫に戻っており、氷も溶けていた。


 ジャックが気を失ったのを確認し、白華を手放して両手を地面に着いた。


「俺……一体……何が……どうして…!?」


 円華が下をうつむいてそう呟くのが聞こえれば、私は何とか身体を動かして近づき、後ろから抱き締める。


「円華……。もう……どうなるかと思ったんだから……!!」


 涙を流しながら抱き締める力を強くすると、円華は私の腕を握ってくる。


「そうか…。俺、おまえに……また、助けられた…んだな」


 そう言う彼の声はとても弱々しかった。それでも、戻ってきてくれたことが、何よりも嬉しかった。

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