狭間の子と姉の仇

 事件の次の日、休日。早朝から、住良木麗音の部屋に入った。


 最上が同行すると言っていたが、これは俺の個人的な問題だから断った。と言っても、またまた近くに居るんだろうな。


 前もって友達登録しておいた麗音の部屋に入れば、ベッドの上に手と足が手錠で捕えられている麗音を見下した。


 念のため、白華は鞘に収めたまま左手に持っている。


「住良木麗音、もう起きる時間だぜ?」


 声をかければ、麗音はやつれたような顔をして目を開けて俺を見上げてきた。


「……おはよう、椿円華くん。これ、どういう状況?」


「昨日の有言実行ということでおまえを捕えさせてもらい、抵抗されると面倒だから拘束させてもらった。今のところ、緋色の幻影の手がかりはおまえしかないからな」


 近くにあった椅子に座れば、人差し指と中指の付け根を親指で押してポキッポキッと鳴らし、目の下が前髪の影で黒くなる。


「さて……これから、大事な大事な話をしようか?」


 俺の顔を見ると、麗音の表情は急に強張った。


 アイスクイーンの時の俺は、自分でも何をするかわからない。制御せいぎょが効かない。


 だから、最上にだけは見られたくなかったんだ。 


「緋色の幻影のこと……だよね?残念だけど、あたしもそんなに多くのことは知らないよ?」


「安心しろ。俺の場合は何も知らないから、おまえでも調度良い。言っておくが、緋色の幻影がどういう組織かとか、何が目的なのかとかは2の次なんだよ。知りたいことはたった1つ。俺の姉さん、椿涼華を殺したのは誰だ?」


「あぁ、やっぱりね。ぶれないね、あんた。復讐と世界平和の天秤をかけても、復讐を取りそうだもんね」


「世界なんて大スケールを俺1人で救うことなんて不可能だ。だから、俺の手の届く範囲で大切な人を守ると決めた。救うと決めた。それが姉さんとの約束だから。俺はこれまでの人生で最も大切だと思っていた女を奪われたんだ。なら、世界なんて愛と勇気だけが友達でワンパンチで何でも倒せるヒーローに任せて、俺は復讐に専念する」


 決意を込めた目で麗音の目を見ながら言えば、彼女はフッと意地悪な笑みを浮かべる。


「カッコつけてるつもり?残念だけどカッコ悪いよ。……でも、嫌いじゃないよ、そう言うの。だから、イジメめたくなっちゃうなぁ~」


 麗音は舌を出して自身の唇をペロッと舐めれば、ニヤッと悪い笑みを浮かべる。


「良いことを教えてあげる。円華くんと緋色の幻影は、絶対に向き合わなければならない運命さだめにあるんだよ」


「……どういう意味だ?」


 俺と緋色の幻影が、向き合わなきゃいけない運命?


 意味がわからない。


 いや、何かが俺の理解を邪魔しようとしている。


 手や足が震える。


 身体がこれ以上聞いてはいけないと言っているんだ。これまでの俺が、また崩れていくような予知が起こった。


 今までとは違う意味で、本質的に壊れて行くのがわかった。


 だけど、口が開き、のど声帯せいたいが働いてしまった。


「円華くんの持っている『能力』。それは緋色の幻影の生み出した薬、『希望の血』と、組織に反旗はんきひるがえした者たちが生み出したもう1つの薬が関わっている。あんたのその身体には、最低最悪な死神と呼ばれた男の『希望』と、英雄と呼ばれている男の『絶望』が流れてるんだよ!!あんたは言わば、混沌こんとんとした存在。組織の研究者たちは、あんたのことを知った時にコードネームでこう名付けたわ、混沌の子『カオス』ってね!!」


「希望……絶望……カオス?なんだよっ……それ……!!」


 麗音のカオスと言う言葉を聞いた瞬間、頭が急に痛くなりはじめる。


 あの時以来、十何年ぶりに俺の頭にまた、あの『声』が流れ込んできた。


『俺の大切な女に手を出すな……!!』『最上は俺の獲物だ!!』『狩原ぁああ!!』『最高だぜ、最上!!おまえは、俺を楽しませてくれる!!』『3人まとめてかかって来いよ……誰1人逃がさない。優理花をこんな目に合わせたおまえらを、俺は絶対に許さない!!ここで、確実に殺す……!!』


 2人の男の声が頭の中に流れだてくるのが、止まらない。


 知らない人の名前が聞こえる。


 最上って名前は……これが、高太さんなのか!?狩原……?優理花……?誰だ?でも……誰かの感情が伝わってくる。


 どれだけ優理花って人を愛しているのか、狩原と言う男への憤怒の感情……そして、そのほかの誰かに対する信頼と敵意……。


 それらが頭の中で混じり許容量を越えてしまい、発狂しそうになる。

 

「俺はっ……俺は…‼うわぁあああああああああ‼‼」


 前屈まえかがみに身体を丸めて殻に籠るようにうずくまった。


 わからない、俺は本当に俺なのか?


 椿円華って誰だ?最上高太って一体……。


 元々、誰からも必要とされなかった。


 そして、その原因である俺の中に在る力。


 すべてが、何かに飲み込まれていくような感覚。


 積み木が崩れるとかいうレベルじゃない。黒い穴の中に、物体ごとすべてが吸い込まれていく。


 その中で、俺の周りに白い霧が広がっていく。


「何だ……これ…!?」


 霧の中から緑色に発光する何かが近づいてくる。


 そのシルエットがはっきりと視界に入った瞬間、身体が震えた。


「何で……おまえが…‼」


 見間違えるはずがない。


 去年から、何度も写真を見て目に焼き付けてきた存在。


 かんむりを模したような5本の角がある兜が特徴的な、蒼いマントに身を包んだ純白の騎士の鎧。


 その顔は、フルフェイスのマスクで隠している。


 ずっと、捜していた姉さんのかたき


 騎士が麗音にマスクを向ける。


『しゃべり過ぎだ、住良木麗音。そこまで許した覚えはない』


「あ、あなたは……まさか―――!?」


 彼女が何かを言葉を口に出そうとした瞬間、水下みぞおちに強烈な一撃を食らわせて気絶させる。


「おまえが……おまえのことを……ずっと……ずっと、捜していた‼」


 身体を無理矢理起こし、鞘から白華を抜刀して刃を向ける。


『……カオス』


「そんな名前は知らない‼俺はおまえが殺した、椿涼華の弟‼椿円華だぁ‼」


 柄を両手で握り、騎士に向かって走りだし、下段から上段に上げ、勢いに任せて振り下ろす。


 騎士はそれをマントをひるがえしながら一歩下がって避ける。


 それだけじゃ終わらない。


 縦に振り下ろした体制から、下から振り上げる。


 斜めに斬りこむ。


 横に薙ぎ払う。


 しかし、その全てが容易に回避される。


 すれ違い様に頭を掴まれ、壁に押し付けられた。


「んぐっ‼」


『生温い太刀筋たちすじだ。そのような剣を避けるのは容易たやすい。椿涼華の剣は、もっと力強く、素早いものだった』


「っ!?…おまえがぁ……姉さんをぉ……語るなぁああああ‼‼」


 左目だけでなく、右目もうずく。


 身体から凍気が放出され、その空間を凍らせる。


 騎士の鎧も凍っていく中、奴は俺を手放す。


『これが混沌の力の片鱗……。しかし、俺にはおよばない』


 奴の鎧から緑のオーラが放たれ、熱気を帯び、炎と化す。


「な、何だよ……それは…!?」


『自分たちだけが特別だとでも思っていたのか?おまえの凍気など、俺の炎で容易に溶かせると知れ』


 そう言って、俺に燃えている籠手こてを近づけてくる。


『憎しみに囚われた力では、何も成し遂げることなどできはしない。おまえの刃は、俺には届かない』


「うるせぇえええ‼」


 右手に持った白華を振るえば、その刃を掴んで止められる。


『怒りに飲まれて暴れ回るような戦い方を、あの人はおまえに教えたのか?』


「っ!?」


『俺に刃を届かせたいのなら、自分に還れ』


 その言葉が胸に刺さり、騎士は氷の刃から手を離して背中を向け、気絶した麗音を両手で持ち上げる。


「待てっ…‼俺は、まだぁ…‼」


 騎士に向かって手を伸ばせど、その手は奴の放つ緑炎に阻まれ、壁まで吹き飛ばされる。


「ぐはぁあ‼」


 床に倒れ、あまりの衝撃に起きることができない。


 痛覚はなくても、身体が言うことをきかない。


 圧倒的な実力の差。


 騎士は俺を見下ろす。


『カオス……椿円華。椿涼華の仇を討ちたければ、この学園で生き残り、幻影に隠れた5本の柱を断罪してみせろ。その1柱として、俺は待っている』


 その言葉を最後に、白騎士は緑炎と共に姿を消した。


「……姉……さん…‼」


 身体を起こすことができず、視界が黒に染まっていく。


 その中で突然、部屋のドアが開く音が聞こえた。


 そして、誰かが自分の名前を呼ぶ声が耳に届く。


「円華……円華ぁ…‼」


 今にも泣きそうな声で俺の名前を呼ぶ声を聴きながら、俺の意識は漆黒の闇に飲まれて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る