英雄の娘

 恵美side



 まるでゾンビゲームをしているような気分。


 洗脳されたクラスメイトがどこに逃げても追いかけてきて、それをレールガンで感電させて気絶させるを繰り返すけど、すぐに意識を取り戻して起き上がってくる。


 図書館に入って2階に上り、少しだけ時間ができると、手すりの下にあるガラス張りに身体を預け、息切れした息を整える。


 レールガンにはめているスマホのバッテリーを見ると、残り27%。酷使こくししすぎたみたい。


 異能具はスマホのバッテリーで動いてるから、スマホのバッテリーが切れたら使えない。


「……円華、大丈夫かな。普通ならもう着いても良いんだけど……急いでたから、合流する方法も言ってないし……。困ったなぁ……」


 小さな溜め息をつき、どうにかして状況を打破しようと考える。


 異能具を無効化する方法は2つ。


 1つは、異能具にはめ込んであるスマホを壊すこと。だけど、これは言うは簡単だけど実行することが難しい。


 もう1つは、地味だけど確実な方法でバッテリーが0になるまで使わせ続けること。


 これは異能具の力を永遠と使わせれば可能だけど、その分こっちが不利ふりになる。


 こっちのバッテリーは4分の1を切りそうだけど、住良木の方はどれだけかはわからない。


 普通なら操作系の異能具は操作する対象の数が多いほど、その対象と距離が離れているほどにバッテリーの消費が早くなる。


 だけど、そう簡単に事が運ぶとは思えない。


 最悪の場合、刺し違えてでも異能具だけは破壊しなきゃいけないかもしれない。


 そんなことを考えていると、ヘッドフォンをしていたがために勝手に近くに居る誰かの心の声が聞こえてきた。


『中庭に向かえ』


「……え?」


『最上恵美、椿円華と合流したいのならば中庭に向かえ。彼にも、そうするように伝えてある。早くした方が良い。敵はもう、君の近くに来ている。アイスクイーンが復活した。これで状況は変えられる』


 この心の声……聞き覚えがある。


 だけど、どうして私に語り掛けるように言っているの?


 それに、アイスクイーンが復活したって……もしかして、私と円華のことを本当の意味で知っている者が居るってこと?


 頭を激しく横に振って頭をリセットすると、誰も居ない内に図書館を出る。


 声を信じたわけではないが、何もしないでいるよりは行動した方が良いということから中庭に向かう。


 壁や自動販売機、木陰を利用しながら校舎に囲まれている中庭に向かえば、そこには誰も居なかった。


 そして、パンパンパンッと手を叩く音が聞こえ、校舎の影から人が現れる。


「鬼ごっこはもう終わりかなぁ、最上さん?1人で頑張っていたようだけど、あんた1人だけであたしをどうにかできると思ってたのぉ?」


 住良木麗音。まさか、自分から迫ってくるなんて思いもしなかった。


 左手にはスタンガンを持っており、その側面にスマホが見えた。でも、レールガンで撃てる角度じゃない。


「あんたなんて、私1人で十分。人を操ることは武器に頼ってできたとしても、自分のことは自分で操らないといけない。それが、あんたにできているとは私には思えない」


「その無表情を装ったたん々とした言い方がムカつく。何を考えているのかがまったくわからないから」


「そんなの当たり前じゃん。他人が何を考えてるのかなんて、その人にしかわからないんだから。人の思考は十人十色。小学校に戻って道徳の勉強を重点的やり直してこれば?」


 見下ろすように少し顔を上に向けて言えば、住良木がパチンっと指を鳴らし、隠れていたのか洗脳されているクラスメイトたちが壁の陰や草村から出てくる。


 レールガンを使っても一時しのぎにしかならないことはさっきわかった。決定的な瞬間になるまで、バッテリーは温存しておく。


 私はレールガンを腰に巻いていたホルスターに収納し、右手で拳を握って左手にパンっと当てる。


 本当は避けたかったけど、ここから先は素手すででの戦いだ。


「1人1つずつ、腕か足の骨を折ることになるかもしれないけど……しょうがないよね」


 2人の男子、名前は覚えてないから、とにかく男子が発情はつじょうした猿のように襲い掛かってくると、私は右足を高く上げて、1人の顔面をためらいなく蹴った。


 そして、次に目前の女の背中を蹴って高く跳び、もう1人の男の腹部を飛び蹴りし、ゾンビ?の群れに衝突させて全体のバランスを崩させる。


 住良木が今の私の動きを見て、戸惑いを感じているのが表情から見て取れる。


「言っておくけど、敵に情けをかけるとか私にはできない。そう言う優しい戦い方は教わってないから」


「あんた、それでもクラスメイトなの!?よくもまぁ、そんなに無感情で……!!」


「そのクラスメイトを操って襲ってくる女には絶対に言われたくないね。私はここに居る人と関わったことはないし、関わる気も無かった。唯一優しくできるとしたら、それは円華以外には考えられないから」


「ちょっと、円華くんはあたしの物なんだけど!!」


「その考えがすでに間違ってる!!円華は物じゃない、あんたの人形じゃないんだよ!!」


 私は感情が高ぶり、新たに4人の女子が4方向から迫ってきたのを、首への手刀で一瞬にして静止させる。


 その時の私の左目を見て、住良木は目を見開いて舌打ちをする。


「その透き通るような深い蒼い瞳……まさか、遺伝したのは『絶望』の方だったっていうの!?」


「私たちにとっては『希望』の力。あんたたちにとっての『希望』が、私たちにとっての脅威きょういであるのと同じだよ」


「……どうやら、あんたのことも回収しなきゃいけないみたいね。最重要は円華くんだけど、あんたのことも生け捕りにする」


「円華は誰にも渡さない、絶対に」


 住良木は一指し指を私に向ける。すると、総攻撃だと言う様に全員が私に向かって急に迫ってくる。


「もらう!!」


「渡さない!!」


 構えて人数の少ない方から蹴散らそうとすれば、私とゾンビの群れの距離が縮まり、上からドーナツ状に見えるようになった瞬間、上から何かの影が私に重なった。


 空中に浮いているようで、おそらく2階から飛び降りてきたのだろう、その右目に黒い眼帯をした男は、目の前に宙で一回転して着地した。


 無意識に、安堵あんどの笑みを浮かべてしまった。


 敵が迫ってる中だと言うのに、彼も私の顔を見て同じように薄く微笑んでくれて、そのまま手に持っていた白い刀を振るってゾンビを薙ぎ払う。


 すると、ゾンビどもの動きが急に止まった。


「悪い、最上。遅くなった」


「大丈夫。本当は私1人でも良かったんだからね」


「強がり言うなよ、多勢に無勢だぜ?俺ぐらいしか、対処できないっての」


「うるさい、自惚うぬぼれないでよ。円華のくせに、生意気なまいき


「ったく、おまえって奴は…」


 円華は左手に持っている白い刀を麗音にゾンビの群れの向こうに立っている女王気取りの女に向ける。


「ここからの俺は、冷酷無慈悲れいこくむじひだ。覚悟しろ」


 そう言って、隻眼の復讐者は住良木を睨みつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る