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 菊池が殺された日から1日が経った日の朝。


 心の中の第一声が、現実で声に出てしまった。


「……これ、どういう状況?」


 寝袋の中で寝ていた俺は今、ベッドで爆睡していたはずの銀髪女に抱き締められています。


 他人が見たら『おまえ、そこ変われ』と言うような状況に直面している。


 変われるものなら、すぐに変わってくれ。


「く、苦しい……」


 両腕を頭の後ろに回されていて、顔をその大きな胸に押し付けられており、足も絡まれている。


 最上の抱き枕になっているこの状況、寝袋のせいで身動きがとれません。


 胸から顔をずらして深呼吸をすれば、彼女の寝言が聞こえてくる。


「むぅぅ……動いちゃ……ダメぇ」


 何、その寝言?まるで、俺がいけないことをしているようじゃないですか!?


 いやいやいや、誤解を生まないように言っておく。


 俺、性欲とかほぼほぼ皆無な男ですから。


 つか、この状況は俺が最上に手を出しているんじゃなくて、その真逆だろ。


「一体……どういう寝相してんだよ、こいつ……」


 寝袋の中で身体をモゾモゾと動かして後ろを向き、何とかファスナーを開けて出る。


 少しの間、解放感があった。


 しかし、背中にムニュッとまた柔らかい感触を感じ、最上にまた両手と足でホールドされてしまった。


「こいつ……本当に寝てるんだろうなぁ……!!」


 後ろを見て最上の顔を見ると、あの生意気な減らず口しか吐かない女とは思えないほどに可愛い寝顔をしていました。


 今ので一瞬だけ心が浄化されてしまった。


 起こせません、この寝顔は反則です。


 仕方なくされるがままになっていると、不意に最上の声が聞こえた。


「んぅ…会いた…かった…よぉ……アラタぁ」


「……え?」


 起きたのかと思って聞き返すが反応はなく、寝言ねごとだったのだとわかった。


 アラタ……?男の名前か?


 おそらく、これを最上に聞いても『答える気はない』と言われるだけだ。


「今日のランニングは中止だな……」


 考えるの止め、溜め息をつきながらそのままの体制で二度寝を試みる。


 アラタと言う名前が、頭の中にみょうに残りながら。


 そして、数十分後に目覚めた最上の俺を見ての第一声は、無表情で『変態』だった。


 世の中、本当に理不尽だわ。 



 ーーーーー



 最上と時間差で登校し、ホームルーム前にギリギリで教室に到着すれば、その瞬間にクラス内の空気が変わったのを肌で感じた。


 それはそうだ。昨日あんな言い方をすれば、孤立こりつするのはわかっていた。


 てつくような周りからの冷たい視線は、常に冷たい俺の身体には何の効果もなく、机に着いて教科書などを入れようとすれば、机の中にあるルーズリーフを見て溜め息をつく。


 大きな黒い字で『犯人を捜すのを止めろ』と書いてあったのだ。


「this is silly (ばかげてる)」


 呆れて日本語ではなく英語で呟けば、それを丸めてゴミ箱に捨てる。


 周りからの敵視する目は、収まることを知らない。


 そんな中、席に戻ると前の席の基樹は変わらずに話しかけてきた。


「円華も大変だなぁ。聞いたぜ?昨日は菊池のことをずっと調べてたんだろ?」


「ああ、最上にも協力してもらってな。……それより、最上にあの一言は言ったのか?近づくなら効果的な一言だぞ」


「それがさぁ……。恵美ちゃんってナポリパンの話になると15分くらい饒舌じょうぜつになってさぁ……もう、俺の頭の中でナポリパンって言葉がずっとリピートしてるんだけど、どうしてくれるの?これ」


「それで、お近づきにはなれたのか?」


「なれるわけないだろ!?俺にはレベルが高すぎるんですけど!!つか、どうして円華は普通に恵美ちゃんと一緒に居ることができるんだよ!?」


「さぁなぁ。まぁ、お互いにそんなに話すことも無いんだけど。何故か落ち着く」


「何、その独特な空間!!羨ましいんですけど!!」


 いつもと変わらない基樹に感謝と疑惑の気持ちを向けながらも、周りへの注意も忘れない。


 この数ある敵視の中に、俺の捜している敵の目もあるかもしれないのだから。



 ーーーーー



 放課後になり、俺と最上は生徒会室に向かう。


 最上はどこか気が進まないような表情をしていたが、一緒に来ると言うことは自身の身の危険は感じているってことだろう。


 目的の部屋の前に来ると、久しぶりにあの男の顔を見た。


 あちらも俺に気づいたようで、前の作り笑顔ではなく自然な笑顔を向けてくるのがわかった。


「……久しぶりだな、真央」


「ええ、お久しぶりですね、椿さん」


 石上真央。俺がクラス対抗人狼ゲームで戦った相手であり、あの後は精神的にダメージを喰らったようで精神科の病院に入院していたらしい。


 最上は咄嗟に俺の後ろに隠れるように回り、顔だけを横から出す。


「体調、大丈夫か?復帰ふっきできたんだな、良かった。心配はしてたんだぜ?」


「はい、ご心配をおかけしました。この通り元気ですので、安心してください。……それで、椿さんの後ろに居るのはもしかして……」


「ああ、こいつは最上恵美。今の俺のクラスメイトだ」


 真央は最上の顔を見ると、一瞬目を見開いた。


「やっぱり、最上さんでしたか!僕とSクラスで同じだったんです。…と言っても、入学式以来登校していなかったようですが…」


「らしいな、それは俺でも知ってるさ」


 横目で後ろに居る最上を見ると、どこか不機嫌に見え、Y-シャツを少しまんでいる。


「おまえ、人見知り過ぎだろ。ちょっとは克服しろ」


「うるさい、円華には関係ない」


「はぁ…そうかよ。悪いな、真央。こんなので」


「いいえ、気にしてませんよ。それだけ、椿さんが最上さんに信頼されてるってことですもんね。そう言えば、生徒会室に何かご用ですか?」


「ああ、B……生徒会長に会いに来たんだけど、居るかなって」


生憎あいにくと、会長は今日は学園長と供に外出しています。何でも、桜田家の本家に話があると言うことですけど……」


「……そうか、わかった。じゃあ、出直すわ」


 桜田家の本家と聞いただけで、背筋が凍りつくほどの怒りを覚える。俺はまだ、当主に言い表せない怒りをまだ抱えているんだ。


 生徒会室を離れようとすると、真央が「あっ、待ってください」と呼び止めてきた。


「僕で良ければ、力をお貸しできます。協力させていただけませんか?」


「……何で?」


「聞いたんです、Eクラスで殺人事件が起きたんですよね。椿さんは今、その犯人を捜そうとしているんじゃありませんか?ならば、学園の平和のために生徒会役員として、早急な解決をしたいと思っていたんです」


 前に校舎の中を変装して潜入した時も思ったが、石上真央と言う人間はるがない正義感を持っている。だからこそとは言わないが、その正義感を利用することは有効的か。


 俺は真央に近づき、手を差しだす。


「ありがとう、真央。ぜひ、おまえの力を貸してくれ。学園の平和を取り戻すために」


「ええ、喜んで」


 2人で満面の笑みをして握手し、そのまま無人の生徒会室に入る。


「それで、会長に何を頼もうとしていたんですか?」


「内海景虎のここ3日間の監視映像かんしえいぞうを見たいんだ。俺は、内海が犯人じゃないかと思ってる」


「内海景虎……椿さん以上の危険人物ですね。ですが、彼は今、生徒会と教師で厳重な監視状態にあるんですよ?それに、あの部屋から出るのは不可能です」


「だけど、出る手段があるとしたら?例えば、誰かに窓を開けてもらうとか」


「それも不可能ですよ、ドアが閉まればセンサーが作動するし、窓にも赤外線センサーがあるんですから」


「じゃあ、外部から誰かが入ることは可能か?」


「はい、それはもう。だって、戦闘力の高い先生たちがカウンセリングに行く時がありますからね」


「その時、センサーはどうなっている?」


「確かオフになってるはずです。ですから、内海景虎の部屋には、普通は教師しか入らないんですよ」


「そうか……。わかった、じゃあ最後に教師の中で誰が内海の部屋に入ったのかが分かれば、協力者がわかるな……」


 一瞬真央は目を細め、監視カメラを気にして小声で聞いてくる。


「……もしかして、教師の誰かが内海景虎と協力して殺人を犯したとでも言うつもりですか?」


「その可能性があると思っただけだ。調べる方法はあるか?」


「はい、ここに在るパソコンに監視映像の結果が残っていますからね」


 生徒会室の中にあるパソコンを起動すると、すぐに内海の部屋に出入りした教師の名前が出てくる。


 一番最近のものをチェックすれば、俺は思わず「えっ……」と信じられないものを見るような目になってしまった。


 最上は無表情から少し怪訝けげんな表情になり、真央も目を鋭くさせる。


 菊池が殺されたであろう一昨日おとといの夜、1人だけ内海の部屋に入った男の教師が居た。


 その名前は岸野敦きしの あつし。俺たちEクラスの担任だった。

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