弱肉強食の学園

 そういう日は、普通は雨とか曇りとかで天気が悪いと言うイメージがあると思う。


 だけど、世界に人間の数なんて推定でも数百億は超えているのだから、誰かがそうなった日はいつも天気が悪いと言う想像があるのであれば、世界や日本で雨や曇りのエリアは、誰かがそうなったと言うことを暗示あんじしていることになる。


 馬鹿らしい、そんなことがありえるかよ。その理論が正しいのなら、そんなことが毎日起きている戦場は毎日が大洪水だいこうずいだ。


 つまり、何が言いたいかと言うと……ダメだ、頭が混乱していて上手くまとまらねぇわ。


 目の前で、こんな晴天せいてんで真夏の猛暑もうしょで苦しんでいる中でも、それを見た瞬間に背筋は文字通り凍りつき、一瞬で暑さなど消えていった。


「嘘……だろ……!?」


 目の前にある『それ』は、俺がこれまでの人生のいろんな場面で何度も見てきたものだった。見慣れていたと思っていたものだった。


 だけど、そうじゃなかった。何度見ても、胸が締め付けられるような感覚は変わらない。


 美しい朝日あさひが窓から差し込む教室の中央に、左胸の少し右寄り…つまり心臓部に、ナイフが刺さった菊池由香きくち ゆかがクラスメイトが円になって囲んでいる中で倒れていたんだ。


 誰かが俺に歩みよって近づいてくる。


「椿くん、菊池さんが……!!」


 この声は、多分、麗音だな。


「遠くからでも見ればわかるさ。ちょっと荷物持っててくれ」


 あくまでも冷静を装ってから菊池の遺体いたいに近づくと、顔が白くなっている菊池を見て、本当に死んでいるのだと確信する。


 クラス全員で俺を驚かせようとか、この場に居ない最上へのドッキリと言う可能性もない。


 自殺なら、自分の心臓にナイフを刺すなんてことをせずに、飛び降りるか絞首こうしゅを選ぶ可能性が高い。


 なら、ルートは1つにしぼられてくる。


 菊池は、この学園の誰かに殺されたんだ。


 菊池の身体に触れると冷たさを感じる。死んでから時間は相当経っていると言うことだ。


 時間まではわからないが……。


「おい、勝手に死体に触るな。余計な指紋しもんが付くだろうが」


 後ろから声が聴こえれば、そこには岸野先生が居て、俺の肩を掴んで退かし、菊池に手を合わせて白い手袋をして触れる。


「まさか……このクラスで殺し合いが起こるなんてな」


 その呟きは俺にしか聞こえていなかったようで、周りのクラスメイトの反応はない。


 殺し合い……やっぱり、緋色の幻影が関わっているのか?それとも、ただの菊池と誰かの人間関係のトラブルが原因か?


 人間関係のトラブルなら、友人がクラス外にも居るのなら容疑者は学園全体に広がる。不味いぞ……絞り込むのなんて不可能だ。


 考え込んでいると、後ろからバシッと岸野先生に頭を叩かれてしまい、そのまま先生はみんなを見る。


「んじゃ、教室を変更して普通に授業を始めるか。教室は第3選択教室な。異臭が酷いから、誰か換気かんきしておいてくれ。1限目までに移動しとけよー」


 そう言って、岸野先生は教室を出ようとする。


 みんなも先生の言葉に従い、荷物をまとめて教室を出る準備をする。


 え?何だよ、これ……。


 俺が菊池の前に呆然ぼうぜんと立ち尽くす中で、教室の中から岸野先生も含めて何事も無かったかのように、菊池の死体を見ていたあの時間が嘘みたいに……平常運転で行動するクラスメイトたち。


 違和感を感じない方が……どうかしている。


「おい!みんな待てよ‼」


 大声をあげると、教室の中に居る奴らの視線が全部俺に集中する。まるで、俺が何か変だと言うような目線を送ってくる。


 俺の方が異常なのか?これがこの学園の中での普通なのか?そんなはずないだろ!?


 少し不思議そうな表情をして、パーカーを着た金髪野郎が近づいてきて、肩に手を置いてくる。


「どしたの?大丈夫?円華、腹でも痛いのか?」


「はぁ?こんな時に何を冗談言ってんだよ、おまえ!!」


「はぁ?っはこっちのセリフだって。何をそんな興奮してんだよ?」


「おまえは!何も感じないのか、あの菊池の死体を見て!!人が殺されてんだぞ!?なのに、どうしてそんなに平然としていられるんだよ!?」


 俺が言わんとしていることが伝わっていないのか、基樹が首をかしげる。


 そして、新森もピョンッと跳ねて現れて、額に手を当てる。


「熱でもあるんじゃないの?円華っち~。保健室に行って来た方が良いんじゃない?」


「俺はどこも悪くねぇよ!!なぁ、気づいけ!!どうして、考えないんだよ、おまえら!?」


「……何が言いたいのかわからないぞ~?」


 俺は心の底から焦りを覚え、常識を持っているはずの成瀬を捜すと、あいつは周りの声が聴こえていないのか本を読んでいる。


 麗音に至っては、他の女子としゃべりながら教室を今出て行った。


 残されたのは、俺と残り数名と先生だけ。


 岸野先生は俺の髪を掴んで後ろに引っ張っていく。


「成瀬、1限目担当の先生に椿は1限目、少し遅れると言っておいてくれ。ついでに、最上は遅刻だとな」


「……わかりました」


 成瀬が本を閉じて返事をすると、岸野先生はそのまま俺を引っ張って教室を出た。


「痛い痛い痛いって!!先生!!」


「……少し黙ってろ。着く場所に着いたら、いくらでも不満は聞いてやる」


「はぁ!?」


 保健室に着いて手を離すと、椅子に座って棒付きキャンディーを口に入れる岸野先生。


 部屋の中は俺と先生だけで、何だか異質な空間になっている。


 前に屋上で2人で話した時とは、雰囲気が全然違う。


 岸野先生は両腕を組み、サングラス越しに見据える。


「おまえの意見は大体わかる。菊池が死んだ、あれはおそらく他殺だろうな。それで、どうして犯人捜しをしないのか、どうして平然と普通でいられるのか……だろ?」


「ああ、そうだよ。人が死んでるんだぞ!?それもクラスメイトが死んでいる。なのに…!!」


「なら、犯人捜しをしてメリットがあるのか?」


「……は?いや、メリットとかそう言う問題じゃ……」


「そう言う問題だ。おまえ……この学園がどういう所かを忘れたのか?力がすべての弱肉強食の世界だ」


 岸野は机に置いてあるペンを取っては指で回し始める。


「自然界を想像してみろ、群れの中の草食動物が肉食動物に食い殺された。そしたら、奴らはその肉食動物に復讐すると思うか?違うだろ。ひたすら逃げて、次のターゲットが自分にならない様に隠れるだろ」


「俺たちは……人間だ」


 拳を握って睨みながら言うが、先生はフッと笑うだけだった。


「それでも同じだよ。犯人捜しなんてしたって、能力点が上がるわけじゃねぇ。プラスになることが無いのに、何故動こうとすることがある?」


 目付きが涼しくなり、年長者の雰囲気を漂わせる。


「行動を起こすなら、それに合った見返りが必要なんだよ。そうだなぁ、例えば、おまえの所にこういう通知が着たことはないか?人を殺せたら、もらえる能力点アビリティポイントが100倍になるって書いてあるメールが」


 確かに、転入当初にそう言うメールが着たことはある。だけど、あれはただのジョークだと思っていた。


 それを実行しようとする者が居るなんて……。

 

「今回の犯人は、ただ『実力』を振りかざして殺しただけだ。能力点は跳ね上がっているだろうな」


 どうして、そうも他人事みたいに言えるんだよ。


 自分の生徒が殺されたのに。


「そんなことのために人を殺すのか?異常過ぎる、命は大事にするべきだ。自分のも、他人のも」


「そうだな、おまえの言っていることは正しい。だが、それはこの学校の外の社会での話だ。この学園は外とは違う。外で許されないことも許される、法律の適用外の領域。人が人を守るために存在する倫理観も道徳観も、通用しないんだよ。……おまえなら、すぐに理解できると思っていたんだけどなぁ」


 正論なんて通用しない。


 改めて、ここが外の世界とは隔絶されていることを痛感する。


「……犯人は必ず、俺が見つけ出す」


「それで、おまえに何の得がある?弱者がただ、強者の生贄になっただけのことだぞ?おまえは、それを何度も経験してきたはずだ」


「得とか関係ない。俺が気に入らないから、そうするんだ!!」


「……勝手にしろ」


 俺は保健室を出て勢いよくドアを閉めれば、そのまま選択教室に向かう。


 その時だった。スマホにメールが届いたんだ。


 最上からのメールかと思ったが、『UNKNOWN』と出ている。


 そのメールを開いて見れば、そこに書いてある内容を見て、一瞬……身体が硬直した。


『これで1人目。

 緋色の幻影に敵対する気なら、2人目の犠牲者が出ることになる。

 よく考えることですね』


 そのメールを見て、口の端がつり上がった。 

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