底辺を抜けた後

 2週間後。期末試験が3日に渡って行われ、結果が1日経っただけで、すぐにスクリーンに映し出された。 


 AクラスやBC(生徒会長)を巻き込んだ勉強会の成果か、期末テストの結果は予想以上だった。


 俺は命令通りに全ての教科を満点取り、命令を出した本人である成瀬と麗音も高得点をたたき出した。


 心配していた基樹や新森、入江、川並も赤点は取らなかったようで安心した。


 岸野先生は教室のスクリーンに映した期末テストのクラスの結果を見て、サングラス越しに目を見開いており、俺たちとスクリーンを交互に見る。


「頑張ったなぁ、おまえら。正直、ここまでするとは思ってなかったわ」


「でしょ~?うちら頑張ったんだから~~」


「おーおー、新森も頑張った頑張った、赤点ギリギリだけどな。今度は平均点くらい越えろよー?」


「うげっふ!」


 持ち上げられて落とされた新森は、オーバーアクションで机に頭をぶつける。


 先生は頬杖をついている俺に白チョークを投げてきて、それを人差し指と中指で挟んで目の前で止める。


「全教科満点、総合1位おめでとう。また伝説を作ったなぁ、椿」


「運命的に珍しい男なんで、驚いてはいないですよ」


「憎ったらしい言い方だなぁ、おい!この、この~!!」


「あ、おい、やめろって基樹!!」


 前に座っている基樹に頭を掴まれ、そのまま耳の横に拳を押し当てられてグリグリされれば、すぐに離して先生を見る。


「それで、ほかのクラスの点数はどうだったんですか?クラスえ、できますよね?」


「ん?ああ、そのことか。期末テストでおまえらが出した能力点アビリティポイントは5637ポイント。ほかのクラスではEクラスが5486ポイントだから…そうだな、クラス替えは可能だ。つっても、今回のクラス替えは地下から地上に移るだけで、俺が担任ってことは変わらないしなぁ。FからEに民族大移動の引っ越しをするだけ。2日後までに全員荷物まとめろよ?…まったく、Fクラス全員が上に上がるなんて、前代未聞だ」


『そう言って、お兄ちゃんは嬉しそうですよ?』


「そう見えるか?まぁ、あながち間違ってはいない」


 スマホから話かけているレスタの言葉で若干口元がゆるむのを見て、生徒全員が目を見開いた。


「「先生って、笑えるんですか!?」」


 俺たちの反応を見て、先生はサングラスの下で目蓋まぶたをピクピクと動かす。


「お、おまえらなぁ、俺だって人間なんだから笑えるに決まってるだろ」


「え?先生ってサイボーグじゃないんすか!?」


「はい、レスタ、狩野の能力点をマイナス100な」


『了解しました!』


「ちょ、ちょ~っと待ってくださいよ~!!」


 アホな発言をしている基樹を見ながら、自然と俺も笑みがこぼれる。


 この校舎から、ついに離れるのか。これで第一関門だいいちかんもん突破とっぱって感じだな。


 次にFクラスになる奴らには悪いが…。


 俺が聞いた話が本当なら、1年の終わりにFクラスは無くなり、Fクラスに居た生徒は全員退学になる。それだけでなく、緋色の幻影に殺される。


 これは、死が隣り合う学校生活だ。


 上に上がると言うことは、それだけ未来のしかばねを踏んでいくと言うこと。


 そのことを知っているのは、俺を含めたごくわずか。


 本当に狂った娯楽ごらくだ。



 ーーーーー



 放課後になり、俺は誰かに話しかけられる前にすぐに寮に帰る。


 多分、またパーティーでもするんだろうが、生憎あいにくと今回は参加している余裕よゆうはない。


 引っ越しの準備が2日間。さて、どれだけ気づかれたくない物を隠せるかなぁ…。


 校舎を出て後ろを振り返れば、今にも潰れそうな木製の校舎が見える。


 ここが、俺のスタートラインだったんだな。


 1ヶ月だけしか居なかったけど、少し名残なごり惜しい。


 寮への帰路きろを歩いていると、Fクラスの寮の前にこの2週間で見慣れた男女が2人、和泉と雨水が立っていた。


「おーい!椿くーん!」


「和泉!…それと雨水」


「おい、その俺は要らないみたいな言い方はやめてもらおうか」


 雨水のことは無視して和泉に軽く手を振って歩み寄ると、彼女は少し心配そうな表情を向けてきた。


「期末テストの結果、どうだった?」


「ああ、おかげさまで俺たちはEクラスに昇格しょうかくだ。和泉のおかげだぜ」


「ううん、みんなが頑張ったからだよ。私も教えながら勉強になったからね」


「それは何よりだな。そっちはどうだったんだ?AクラスからSクラスに上がれることになったのか?」


「いや~、流石にそれは難しかったね。能力点のポイントが全然足りなかったよ。残念残念」


 陽気に言ってはいるが、本当は少しは悔しさを感じているだろう。


 ポイントの差については気になるが、今は聞くのをやめておこう。


 ここは話を逸らすか。


「ところで、俺に何か用だったのか?」


 聞いてみると、首を縦に振る和泉。そして、その隣に立っているパーマのアホは額を押さえて俯く。


 何故だろう、嫌な予感がする。


「AクラスとFクラスでお疲れ様会をしようよ!生徒会長さんも呼んでさ!」


 Oh…ここでもパーティーですか。この学園の生徒はパーティーが好きな奴が多くないか?


「パーティーって言っても、こっちの寮でAクラスの奴らも入れて騒ぎでもしたら、次の奴らが使う前に潰れねぇか?」


「ファミレスを1日貸し切りにしたから、そこで良いかなって思って」


「あ、もう前もってもう予約してあるのね…。悪いけど一緒にやるかどうかは、うちのクラス委員の麗音に聞いてくれ。俺は参加できないからな」


「どうして、椿くんは参加できないの?」


「引っ越しの荷物が多いからさ。今から始めないと終わりそうにねぇ」


 苦笑いしながら言えば、和泉は「手伝う?」と聞いてきたが首を横に振る。


「女子に見られたくない物もあるんで…。また今度、何かあった時に頼む」


「そ、そっか。じゃあ、女子じゃない雨水をお手伝いにあげるよ」


 和泉の一言に、俺と和泉は目を見開いて「はぁ!?」と言ってしまう。


「要様、どうして俺がこんな男の手伝いなど…!!」


「これ、主命令…だからね?」


 ニコッとした無邪気な笑みをして和泉が言うと、雨水は俺を一瞬睨みつけ、溜め息をつき「承知しました」と軽く頭を下げる。


 あれ?今回は何だか聞き分けが良いな。…って、感心している場合じゃない!!


「いやいやいや、勝手に話進めんなよ。俺に手伝いはいらな―――」


「さっさと行くぞ、椿円華!!」


 雨水に首の後ろを引っ張られ、尞の中に一緒に入って行く俺の身体。


 えぇ…何?この状況。


 和泉は笑顔で手を振ってくると、両手を上に伸ばしては脱力して尞から離れていった。


 尞の中の俺の部屋の前に来ると、雨水が勝手にドアを開ける。


「まったく、どうして俺がおまえの手伝いなど…」


「勝手に入ったくせにうるせぇな。おい、何にも触れるなよ?危険な物が多いんだ」


「ナイフか銃とかか?」


「いや……まぁ、何も見ずに目を閉じていてくれ。先にそういうたぐいのを段ボールに詰めるから」


「承知した」


 雨水が目を閉じて後ろを向くのを確認すると、押入れを開けて危険な類の物をすぐに片付ける。


「椿円華、少し聞かせてほしいことがある」


「あ?何だよ」


隻眼せきがん赤雪姫あかゆきひめは死んだと聞いた。何故、死んだ?アメリカ軍の中でも、殺しの腕にけている最強の戦士だったはずだ」


 2人だけだからか、雨水はデリケートな部分に足を踏み込んできた。


「……乱戦状態の中、背後から撃たれて…な」


「そうなのか。要様のお父様は、ずっとアメリカに居てな。その女の噂はアメリカ全土に広まっていて、裏社会でもその名を聞いて震えなかった者は居なかったそうだ」


「あっそ、別に今となっては興味ねぇっての。……どう思われようと、どう見られようと、俺には関係ないからな」


「隻眼の赤雪姫の話になると、途端とたんに声が不機嫌になったな。軍に居た頃、何かあったのか?」


「別に…。おまえに話すようなことじゃないから」


「それもそうだな。勝手な詮索せんさくだった、すまない」


「気にしてねぇよ」


 雨水と話ながらも一部の片づけは終え「もう良いぞー」と言えば、彼はこっちを向いてくる。


「1つ、言っておくことがある」


「何だ?また、文句かよ」


「いや……その、すまなかった」


 軽く頭を下げる雨水に、怪訝な表情を隠せない。


「あ?何のことだ?」


「貴様やクラスの者たちのことをゴミの集まりと言ったことに対してだ。あの言葉は撤回てっかいする。貴様たちのことは、要様もそうだが、この2週間関わって俺も一目置いている」


「あっそーかよ」


 素気なく返せば、少し目尻を釣り上げて俺を見てくる雨水。


「だから、貴様に忠告したいことがある。Eクラスに上がるのならば、Dクラスに気をつけろ」


「…どう言うことだ?」


 漠然とした忠告に目を細めて聞くと、雨水の表情が曇る。


「Dクラスには、危険な男が居るのだ。今は1ヶ月の謹慎中きんしんちゅうでDクラスの尞に居るが、貴様らがEクラスに上がる日に解けてしまう」


「危険な男って、漠然ばくぜんとしてないか?くわしく教えてくれよ」


 雨水は腕を組み、話を始める。


「その男の名は内海景虎うつみ かげとら。知性はともかく、奴の戦闘力は、学年の中でも群を抜いている。内海は素行不良な奴でな、中間テストの結果でと言うことになっているが、危険分子としてFクラスに落とされた。しかし、1週間しない内に次々に相手を選ばずに決闘を仕掛けていった。その時の決闘はひどかった。奴1人に対して多勢たぜい無勢ぶぜいで挑んだにも関わらず、そのすべての者が敗北した。自主退学するほどに追い込まれてな。そして、奴は決闘システムだけで必要な能力点を稼ぎ、FクラスからDクラスに上がった。奴が払った能力点は30万ポイント。前代未聞の2つ飛ばしを行った強者きょうしゃだ」


 信じられない、そんな男が居るなんて。


「どうして、謹慎きんしんになったんだ?その内海って男は」


「地下で秘密裏に入荷した日本刀を使って学生5人、教師1人を殺したんだ。本人いわく、試し切りがやめられなくなった…だそうだ」


「狂った男だな。そんな男、どうして退学にし…」


 いや、組織が退学にさせなかったのか。狂った奴ほど、ゲーム感覚で命をもてあそんでいる者たちには好かれやすい。


「どうして退学にしなかったのかは、俺にもわからん。しかし、確信して言えることがある。椿円華、Fクラスを抜けてからが…本当の地獄の始まりだ」


「…話を聞く限りだと、そうみたいだな」


 俺は、雨水に見られない様に、左目を押さえて頷いた。



 -----



 ある程度の片づけを終えて段ボールの山を積んでいると、我ながら家からの自立をするつもりだったからと言って、荷物を多く持ってき過ぎたと呆れてしまう。


 要らない物ばかりを持ってきて、大事な必需品を忘れる始末。笑えてくるな。


 雨水を見ると、何故かはわからないが身体が固まっている。


「おい、休んでるなら帰れ。あとは1人でできるから」


「あ、ああ、すまない。ただ、この写真が少し気になってな」


「写真?」


 雨水が手に持っている写真を覗き見ると、俺は懐かしさを感じて目を見開く。


 それは、桜田家の宗家と分家の子供をすべて集めて撮った集合写真だ。


「あー、その写真も入ってたのか。確か4歳くらしの時の写真だな」


「ふむ、貴様の幼少ようしょうの頃の写真か。それで、貴様はどこに居るんだ?」


「捜しても見つけられねぇぞ、多分。今の俺とは180度違うから」


「そうなのか?だが、顔などそう変わらんだろう」


 写真の中に映っている子供を順番に見ている雨水を見て、何をそんな真剣になってんだアホらしいと思いながらアルバムも段ボールにしまう。


 そう言えば、4歳って俺が姉さんと初めて会った年…だったな。


 片付けをしながら懐かしさの余韻よいんひたろうとすると、雨水が「これか!」と黒髪の男の子に指をさす。


 それに対して、半目で首を横に振る。


「言っただろ、今の俺とは180度違うって。確か……ああ、これ、これ。この小さい時の生徒会長の隣に居る奴」


 俺が指差した子どもを見ると、雨水は信じられないと言ったような表情で、写真の中の子供と今の俺を何度も交互こうごに見る。


「冗談だろ?だって、これ…どう見ても…」


「完璧に少女に見えるだろ?家の変な家訓で、幼少期は椿家に入るまで、女ものの服着せられていて、女みたいな振る舞いを教え込まれたな。スカートかされたり、内股で歩けとか、言葉遣いも清楚な口調で話すように厳しく言われてたし」


「こ、言葉で表現することが難しいが…凄い過去だな。まさか、今そんなにやさぐれているのは、その反動か?教育した者がいたたまれないな」


「やさぐれてねぇし、一言余計だっての。椿家に入ってからは、姉さんとずっと一緒に居たから、言葉遣いとかいろいろと移ったんだよ。今の俺が清楚系とか、吐き気がする」


「流石にそれは想像したくないな。…ん?待てよ……椿家に入ってからはってことは、本当は椿家の者ではなかったってことではないか?」


 眉をひそめて俺を見てくる雨水に、平然とした表情で頷く。


 そして、首の後ろに右手を回して溜め息をついた。


「ああ、言ってなかったな。俺、元は桜田って名字みょうじなんだわ。だから、桜田奏奈と姉弟って言うのは本当なんだけど、俺の中ではもうえんを切ってるから」


「…どうして、貴様が『椿円華』になったのかは、聞いても良いのか?」


 気に障らないか警戒しているように、雨水が聞いてくる。


 正直、あの時のことは思い出したくない。


 鼻にまだ、錯覚とはわかっていても、鉄と生肉の混ざったような香りが残っている。


 あの時が、人生で初めてくれないを見た瞬間だった。


 すべてが変な方向に向かい始めていたのは、俺自身が、自分が普通の子供じゃないと実感した日からだったんだと思う。いや、普通の人間じゃない…か。


 作り笑いではなく、自然に薄く笑みを浮かべる。


「別に良いけど、面白くもなんともない理由だぜ?それでも聞くのか?」


「貴様の素性すじょうを少しでも知れば、お嬢様の役に立つかもしれないからな」


「俺の過去の情報なんて何に利用するんだよ…まぁ、良いや。そうだな…あれは、その写真を撮った日だったか。宗家である桜田家の屋敷に、分家の者が全員集められた日のことだ…」


 あの時のことは、俺の人生の中で一生忘れられない出来事の1つだ。


 初めて、姉さんと会った時のことだったからな

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