悲恋記~Sickly Juliet.
原田むつ
悲恋記 上巻
暇潰しの材料が、また増えた。
短い間だけど、拙い文字と文章で、私の悲恋の話を書き記そうと思う。
***
神楽町 神楽病院 金曜日 午後二時三十三分
白い壁、白い天井、白い電球、白衣。
色の着いてるものと言えば、茶色の手すりくらいだ。
病院は落ち着かないなと思いながら、一人の若者が近くので買ったルービックキューブを弄り回していた。
「はぁ……謝礼金十万円に釣られたのは早まったかな」
名前:
年齢:十四歳
性別:男
一人称:俺
以上が彼のプロフィールである。名前が判明したため、ここからは仁と呼称する。
仁は中学三年になって早々、一ヶ月を病院で過ごしていた。
身体が弱かった訳ではないが、突然現れた見知らぬ集団に、突然入院しろと言われただけなのだ。
一ヶ月間入院してくれるのであれば、謝礼として十万円を払うと言われ、仁は仕方無く従った。
しかし入院したからといえ身体に異状がない以上、仁は退屈な日々を過ごしていた。
すると言えば、毎日不思議な機械を頭に繋げて、理解のできないデータを取られることくらい。本当に暇だった。
そして入院生活の最終日、仁は適当に、近くにあった店からルービックキューブを買って遊んでいた。
これも別に好きだったわけではないが、暇潰しには丁度良かった。
「お?こういう頭使うゲームも、やってみれば中々……なんだこれ?」
仁は足で蹴った何かに気が付いた。
それは折り紙。
しかも鶴やかぶとのようなメジャーなものではなく、ユニコーン。
折り紙をしたことがない仁にも、その作品のレベルの高さはよくわかった。
(どこからこんな――)
ふと見た、右横の病室。
心地の良い風に揺らされるカーテンを背景に、一人黙々と折り紙を続ける病床の少女。
俺は、
「……そんなにじっと見て、どうしたの?新手のナンパ?」
「ち、違う!!」
「何てね。それ、届けに来てくれたんでしょ?ありがと」
きっと風で飛んじゃったんだね、と少女は言った。
名前:
年齢:十八歳
性別:女
一人称:私
以上が彼女のプロフィールである。名前が判明したため、ここからは愛と呼称する。
仁は折り紙で作られたユニコーンを届けに近づくと、ベッドの横にある山盛りの折り紙作品に気付いた。
「え……なんだこの量?バスタブに入れたらお風呂になりそうな位あるぞ!」
しかも同じ作品ばかりではなく、鶴やかぶと、翼を生やしたバージョンのユニコーンやゴジラのような恐竜も折られていた。
難易度の高く、そして一つ一つ精巧に作られたその作品たちは、仁を圧倒させる。
「お風呂に……面白い表現だね!」
「なんでこんなに折り紙やってんだ?そんなに好きなのか?」
「んー、大して好きでもないかな」
「好きでもないのにやってるのか!?」
仁は素直に驚きの表情を見せた。
それに対し、愛は不満気な表情を見せる。
「あ、さてはつまんなそうって思ったでしょ!でも残念でしたぁ、これがそうでもないんだな」
愛は病室のカーテンを、シャッという気持ちの良い音と共に思いっきり開けた。
「なんだこれ……家?動物?武将?」
折り鶴を繋げて作られたクマ、折りハートで作られた可愛らしい家、かぶとと鎧をまた折り紙で作った人に着せた武将。
仁はまた圧倒された。
「折り紙繋げて……こんなの出来るのか?」
「それだけじゃないよ、ちゃんとストーリーも作ってる」
「ストーリー?」
「その甲冑を着た武将の鷹丸座衛門は、突然やって来たクマから、ハート柄の家を守ってるの」
「何だそれ!!キャラクターの名前のクセが凄いし、ストーリーめっちゃ面白い!!」
「ちなみに鷹丸座衛門の最終形態が、そこのやっこさん。新聞紙で作ったんだ」
愛が指した先には、仁ほどの身長もある、立体のやっこさんが立っていた。
思わず、「カッコいい……」と口に出してしまうほどの出来だ。
「ちなみにそれ、着ることも出来るよ」
「本当か!?うわぁこれは着てみたい!!」
「……ふふっ」
何故か愛は笑っていた。
「なに笑ってんだ?」
「いやだって、さっきまで私が折り紙してることにうわぁって思ってたのに、私より楽しんでるからさ」
しまった。仁は頭に手を当てた。
それを見て、更に愛はクスクスと笑う。
「ほら、退屈そうなことに見えて、やり方によってはとっても楽しくなるんだよ。暇を過ごさせて、私の右に出るものはいないのだ」
「……悪かったよ」
「ところで、君の持ってるそれ、何?」
「これか?ルービックキューブって奴。やってみるか?同じ色を揃えれば良いんだ」
そう言って、仁は5×5×5の立方体のルービックキューブを愛に手渡した。
まだ仁は途中だったので、ほとんど完成していない状態だ。
「出来た!!」
「うっそぉ!?俺まだ一回も完成してないんだけど!」
ちなみに仁がこれに取り掛かり始めたのは三十分前、愛が完成までに掛かった時間は五秒足らずである。
その間仁は一度も完成させていない。
(こいつ、もしかして天才ってやつか?)
「凄く綺麗にまとまる!楽しい!!」
「そ、そんなに?」
凄く綺麗にまとまるのが楽しいなら、折り紙で綺麗に作られたその作品はもっと楽しいのではないだろうか。
愛は、また完成させたルービックキューブの色をバラバラにし、また完成させ、またバラバラにし、完成させを繰り返した。
楽しそうに、苛つくこともなく、本当に楽しそうだった。
それを見て仁は、何故か嬉しかった。
「なぁ、もっと持ってこようか?一ヶ月間暇で、そういうおもちゃ、いっぱい持ってるんだよ」
「えっ!?本当に良いの?」
「もちろん」
「ありがとう!」
ありがとう、その言葉自体は何度も聞いた事があるが、彼女ほど真っ直ぐな感情で言われたことはなかった。
この時から高原仁は、比良坂愛に恋をしていたのだろう。
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