第40話

「――――」

 自動操縦の小型輸送機が墜とされたタイミングで、敵前線基地に侵入したシオンは、銃撃音の広がりを感じていた。

 ……敵の数が、こちらの想定よりも多い……?

 基地の正面入り口付近で戦っているサンが苦戦していると感じたシオンは、バルと連絡を取り、サンの援護に行くように指示を出すべきかと一瞬、考えてしまったが。

 ……ダーティネイキッド以外の敵の有無を確認するまでは、私達が援軍に向かうわけにはいきません。サンもきっとそれを望んでいない。……そして。

 サンならば、やってくれます。と、シオンはサンを信じる言葉を呟き、基地内部を凄まじい速度で走り続けた。

 今、敵基地内にいる味方は、シオン、バル、サンの三名で、サンが基地内のダーティネイキッドの相手をしてくれている間に、シオンとバルが敵基地内を探索。自爆用の爆発物や、基地を守るエースクラスのJD、もしくはネイティブといった危険物の有無を確認することになっている。

 そして、それらの危険物が存在しないということが判明したら、すぐにサンの援護に向かうということになっていた。

 現在、シオンは自分の担当箇所を三分の二ほど調べ終わり、今のところ危険物は発見されていない。

「……」

 バルよりも自分が先に担当箇所を調べ終わったら、バルの調査を手伝うべきか、サンの援護に向かうべきかとシオンが考えながら走っていると。

 シオンの身体は、広い空間へと入っていった。

「……」 

 この場所は、小型輸送機用の格納庫なのだろうかとシオンは一瞬考えたが、その空間には整備用の機材などが殆ど見受けられなかったため、その可能性は低いと判断し。

 此処には、ただただ、を収容していたとシオンは考えた。 

 ……ここには一体。

「――――」

 何があったのか。と、そこまでシオンが思考することはなかった。

「    」

 そんな余裕はもう何処にもないと、ソレを目にした瞬間から、シオンは自分の思考能力を、ただ一点に集中させた。

 ――――それは黄金の獣だった。

 金色の四肢を持ち、燃えるような赤い髪を逆立たせている女性型JD。

 シオンは、その姿を一目見た瞬間に感覚で理解した。

 それは自分とは似て非なる、未来永劫分かり合えない存在であると。

 そして、その獣がまるで眠っているかのように目を瞑っている今こそが、最大の好機であると、シオンは無音で必殺の武装を展開した。

 その武装の名は、プロキシランス・アルター。数ヶ月前に既存の武装をレタが改良し、シオンが使いやすいようにとトキヤが調整した、シオン専用の武装である。

 それは指の間に挟めるような小さな黒い球で、空中に投げると一定時間後に動きを止め、その直後に可燃性ガスが着火し爆発した時のような音を出しながら、紫に発光するエネルギーを発生させる。

 そして、槍に似た形状になったそれは稲妻のような速度で発射され、その尋常ならざる速度故、回避を許すことなく敵を容赦なく貫く。という非常に強力な武装なのだが、予め決めた位置にしか飛んでいかないため、敵の動きを予測ないし敵を誘導してこそ、その力が発揮されるかなりの技量を必要とされる武装なのである。

 そんな扱いの難しい武装をシオンは難なく使いこなし。

「――――」

 今日、この瞬間も、いつも通りの力を発揮させる。

 シオンが六つの黒い球を空中に浮かすと、それらはすぐに光を纏い、紫に輝く槍へと変わった。

 そして、その次の瞬間には、紫の槍が稲妻を超えるような速度で、目を瞑ったままの金色のJDに向けて発射された。

「――――」

 これが今まで数多のJDを屠ってきたシオンの、必殺の攻撃である。

 その攻撃を放った瞬間には、もう敵に当たることが確定しているため、いつもシオンは紫の槍を放った後は、攻撃が敵に当たってから、どう行動するかということを思考する。

「……」

 だが、どういうわけか今日のシオンは、少し前にしたバルとの会話を思い出していた。

 シオンはバルにこの戦い方を『初手に必殺技とか、侘び寂びがありませんねー』と、言われたことがあり、その事を少し気にしていた。

 バルとは違い、戦闘以外碌に経験を積んでいない自分に美意識がないという事をシオンは重々承知していたが、敵が迎撃態勢を取る前に撃つことができ、更にリスクもない最大の攻撃を出し惜しみすることに何のメリットがあるのか。シオンはそのバルの発言の意味を、ずっとわからずにいたのだが……。

 シオンは、その言葉の意味をこの瞬間に理解した。

「――――」

 金色のJDは回避行動を一切しないどころか、そこから一歩も動いていないというのに、シオンの攻撃は一発も当たらなかったのだ。

 その理由は金色のJDの背後から湧くように現れた、丸まったアルマジロのような形をしたディフューザーが攻撃を防いだからであったのだが、基地からの脱出時にシオンが同じ攻撃をした際には、そのディフューザーを貫けていたというのに、今は、貫くどころか傷一つ付けられなかったのだ。

 トキヤから貰い、誇りに思っていた自身の最大の武装が、通じなかったという事実を前に、シオンは愕然とし。

 ……これは、なかなかに堪えます。

 自分が、信じられないほどのショックを受けているということを自覚した。

 バルは私がこういう状態に陥る可能性を考え、警告してくれていたのですね。と、シオンは実際に経験するまで、そのバルの発言の意味に気づけなかった己の浅慮を恥じた。

「……」

 だが、この精神状態のままではいけないとシオンは、人がパニック状態に陥ったとき深呼吸をして落ち着くように、自身が守りたいと思った人の顔を思い浮かべ、思考をクリアにした。

 そして、攻撃行動をやめたシオンは、金色のJDに向かってゆっくりと歩き出し、金色のJDに後、十メートルの距離というところまで近づき、足を止めた。それ以上先に進めば、その瞬間に戦いになるとシオンは判断したのだ。 

「……そこで止まるか。面倒な輸送を終え、気まぐれで戻ってきたら、面白いモノに出会えたな」

 そして、そのシオンの判断を評価するような言葉が辺りに響き、その言葉を発した金色のJDは、燃えるように赤い髪よりも更に赤い瞳をシオンに向け、心底愉快そうに嗤った。

「無骨な鎧を着込んではいるが、貴様は、パートナーが見ていた映像に映っていたJDだな。――――自分の名はジャスパーという。貴様の名は?」

 そして、金色のJDは武士もののふのように戦場で名乗りを上げたが、対するシオンは、自分の名を語るつもりはなかった。

「私は貴方と戦うために、ここにいます。故に貴方と語る舌は持ち合わせていません」

 ですが、と、シオンが自分の右肩に触れると、シュラウドの装甲の一部が剥がれ、その装甲だったものが、超小型のドローンとなり、空中に浮いた。

 そして。

『――――そちらが会話を望むというのなら、俺として欲しいものだな。少しばかり、ネイティブに興味があるんでな』

 そのドローンから男性の声が聞こえてきたことに、金色のJD、ジャスパーは少しだけ眉を動かした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る