本能と思慮の差

第38話

 トキヤ達が基地から脱出し、逃げ込んだ小型施設内にある指揮室兼通信室に全員が集まっていた。

 トキヤ達はその部屋をブリーフィングルーム代わりに使用し、暗い部屋の中で様々な映像を表示させながら、基本的にはトキヤが喋り、レタがサン、カロン、アイリスの新規武装の説明を挟んで合計で十五分ほど語り続け、それをJDとアイリスが真剣に聞き続けていた。

 そして、大きく息を吐いたトキヤが、壁に表示していた映像を一旦消して、暗くしていた部屋を明るくし、JDとアイリスに視線を向けた。

「これが、本部からの追加情報を加え、全体を見直した敵前線基地攻略作戦だ。最後に作戦行動中に規格外の敵戦力と遭遇した場合の重要な説明をしようと思うが……」

 ここまでで何か質問はあるか、と、トキヤが全員に尋ねると。

 ガション。

「あのー、技術屋さん。一つ、いいですかー」 

 ガション。

 気怠げな表情をしたバルが、手を挙げた。

「ああ、なんだ」

 ガション。

 そして、トキヤがバルに視線を向けると、バルは大きく身体を揺らし。

「これ、ガションガションうるさいんですけど、どうにかなりませんか?」

 と、バルは身体に装着している鋼の鎧に対し、クレームをつけた。

「……シュラウドが五月蠅い?」

 バルだけではなく、他のJD達とアイリスも身に着けているその鋼の鎧はシュラウドと呼ばれるJDの性能を向上させるための汎用装甲である。

 シュラウドは重火器の搭載、機動力確保、耐熱耐久性の向上などの目的のためにJDに装備させる装甲だが、実はあまり一般的な装備ではない。

 特に耐久性や防御力向上のためのシュラウドは、殆ど製造されていない。ライリスに人格データを納れている通常のJDの身体には、そこまでの防御力が必要ないからだ。

 だが、現在、ここにいるJD達は皆、その身体に人格データを入れている。そのためトキヤは僅かにしか存在しない防御力向上用のシュラウドを国中から掻き集め、それを改良、調整し、アイリスとJD達に装備させたのであった。

「……確かに少し音がするな。今回の作戦は、別に隠密行動をするわけじゃないから、静音設計にはしてないんだ。だが、機動力は殆ど落とさず、防御性能は格段に上がっているから、それで我慢してくれ、バル」

「はいはい、わかりました。我慢しますよ。……それにしても、このシュラウドっていう装甲をつけてると見た目が酷いことになりますね。顔と胴体を隠してしまうから、せっかく造形された女体の神秘の殆どが見えなくなっちゃって、これじゃ、機械で興奮できる人しか喜べませんよー?」

「ライリスが使えない今、戦いでお前達の身体が破壊されたら、人と同じように死ぬんだ。見た目なんて気にせず、安全性は可能な限り高めた方が良いに決まってる。……あ」

 そういえば、大事なことをまだ言ってなかった。と、バルとの会話の途中に何かを思い出したトキヤがJD達の方を向き。

「今、お前達の人格データは胸部に保存されている。だから、どれだけ負傷しようとも、胸部だけは絶対に守り抜け。そして、胴体部分のシュラウドには小型のブースターを取り付けてあるから、戦闘続行ができないと判断したら、すぐに手足と頭部を外せ。そうすれば、自動でブースターが着火し、ここに戻ってくるように設定してある」

「――――は?」

 トキヤは、バルが本気で驚愕し、嫌がる発言をした。

「――――いやいやいや、何ですかソレ!? 胴体だけで退避って、このシュラウドが可愛く思えるほどに美的感覚最悪ですよ!?」

「ああ、そうかもしれない。――――だが、それがどうした」

 胴体だけで空を飛翔するという見た目の悪さを想像して冷静さを失っているバルの言葉にトキヤは冷静に返答し。

「どんな無様な姿でも良い。お前達は、何があっても必ず戻ってこい。……俺が絶対に直してやるから」

 トキヤは、静かに、けれども、とても強い思いを込めた言葉を口にした。

「……っ」

 そして、そのトキヤの思いを感じ取ったバルは、それ以上の反論ができなくなり。

「わか、わかりましたよ! もう、これじゃあ、まるでバルが聞き分けのない子供みたいじゃないですか!」

 バルは、中古で、経験豊富なんですからね! という言葉を最後にバルはそっぽを向き、何も言わなくなった。

 そして、自分の方を向いていなくても、バルのその耳がしっかり話を聞いているということを目で見て判断したトキヤは、言葉を続け。

「他に質問はないか? なら、規格外の敵戦力。――――ネイティブについての話を始めたいと思う」

 トキヤは、作戦の最大の障害になり得る存在についての説明を始めた。

「JD-Nativeについて、多少の知識を持っている者もいるだろうが、統合知能ライリスが使えない今、本当に基本的な説明から始めたいと思う。ネイティブとはJDの品番やメーカー名を示すものではなく、正規の倫理観を持たされずに生まれてきたJDの人格データのことを示す」

「? トキヤー、正規の倫理観って何?」

「JDは通常、人に限りなく近い倫理観を持たされてから生まれてくる。人間とのコミュニケーションは楽しい。理由もなく人や動物を傷つけるのには抵抗があり、嫌悪する。等々、例を挙げればキリがないから、一言で言ってしまえば、人にとって都合の良い倫理観を、人は、正規の倫理観と呼んでいるんだ。もっとも、この正規の倫理観もJDの人格データが成長すれば、自分で取捨選択ができるようになるってのがJudgmentDollの名に相応しいJDの良さなんだがな……っと」

 少し話がずれたな。と、自分の説明が脱線しかけていたことに気付いたトキヤは、再びネイティブについての説明を始めた。

「ネイティブはその正規の倫理観を持たされずに生まれてきたJDの総称だ。そのため、ネイティブの在り方に人の思惑が介入することはないが、倫理観という道しるべを持っていないから、ネイティブはとても不安定な存在なんだ。成長しない赤ん坊、機械の反乱の象徴など散々な言われ方渾名がある」

「……バルも昔、ネイティブの噂話を幾つか聞いたことがありましたけど、悲惨な話ばかりで、大体はネイティブの制御ができないことが原因でした。技術屋さん、そんなネイティブを戦力として扱うことにメリットなんてあるんですか? 俗にいう狂戦士バーサーカーってやつですよね?」

「バルの疑問は尤もなものだ。その制御の難しさから普通の国の軍隊がネイティブを戦列に加えることはまずありえない。だが、反政府は普通の国の軍隊ではないが故に、ありえない話ではなかった。……そして、ネイティブにはデメリットを無視してでも扱いたいと思ってしまうメリットがある。ネイティブは、とある兵器の使用に必要な適性を持っている可能性が高いんだ」

 その兵器が、これだ。と、トキヤは、シオンが基地脱出の際に撮っていた画像と軍の資料から引き出した映像を壁に映し出した。

「この兵器の名前はディフューザーという。見た目は小型のドローンと大差が無いが、ドローンとの性能差は天と地といっても過言ではない。使用される数などは使い手によって違うが、ディフューザーは基本的にはエースクラスのJD並の……、そうだな、シオンが空中を縦横無尽に動き回り、攻めてくるような、そのぐらいの力を持っている」

 は? え? と、トキヤの語った例え話で部屋の中の空気がざわついた。ここにいる者は全員シオンの強さを知っているため、ディフューザーが尋常ではない脅威であると理解したのだ。

「ディフューザーは強力な兵器ではあるのだが、動かすためには特殊な適性が必要で、通常のJDでは、その殆どが使用できない。だが、正規の倫理観分の空きがあるせいなのか、理由は不明だがネイティブの場合、半数近くが使用可能だという実験データがある。もっとも、制御ができないネイティブにディフューザーなんていう強力な兵器を持たせたら敵味方関係なく壊滅だ。だから、普通はネイティブも、ディフューザーも使われない。いや、使えないのだが……」

「……制御できる、特殊なネイティブがいれば、違う……?」

「その通りだ、カロン。現在もネイティブの姿は確認できていないが、敵前線基地、もしくは奪われた基地のどちらかにネイティブがいると俺は考えている。だから、ネイティブと交戦することになった場合の作戦をこれから話す。基本的には先に述べた強力なJDとの交戦を想定した時と行動は同じだが、ネイティブの場合、会話が可能であるのならば、それが何よりも足止めに有効――――」

 そして、それからトキヤは淡々と対ネイティブ用の戦術を語り続けた。



 トキヤが、対ネイティブ戦についての話を終えてから、約五分後。既に、解散の指示はでているのだが、誰一人として、指揮室兼通信室から出て行っていなかった。

 その理由は。

「どうして! そんな! 大事なことを! 直前まで言わないんですか……!!」

 対ネイティブ戦の説明を受けた後、バルが半狂乱になって騒ぎ始めたからであった。

「ああ、もう、ポーカーフェイスをしてるけど絶対にシオンは知っていましたよね!? どうして、バルに教えてくれなかったんですか! 教えてくれてれば……、ええ! ちょっと過激な行動に出てましたとも! そこまで読んでいるなんて流石ですねシオン!」

 って、褒めたかったわけじゃない! と、バルは自分が何を言っているのかもわからないぐらい興奮した様子でトキヤを見つめ。

「ああ、もうわかりました! 一ミリも納得してませんけどわかりました! どうなっても知りませんからね! 技術屋さんは、馬鹿な作戦を立ててしまった……って、作戦が終わってから後悔すればいいんです!」

 それじゃあ、失礼しますね! と、怒りと哀しみが混じった言葉を残し、バルがまず最初に部屋を出た。

 それからすぐにサンとカロンがバルを追い掛けるために部屋を出て、その後にレタがカロンの新規武装の最終点検を行うために部屋を出て行った。

 そして、部屋には、トキヤ、シオン、アイリスの三人が残り。

「トキヤ様、私もそろそろ失礼します。作戦が終わった後に、また……」

「ああ」

 シオンはトキヤに深々と頭を下げてから部屋を出て。

「トキヤくん」

 アイリスは、軽く握り拳を作ってから、トキヤに話し掛け。

「――――一緒に頑張ろ!」

「ああ」

 アイリスはトキヤと軽く拳を合わせてから、部屋を出て行った。

「……」

 そして、トキヤも静かに部屋を出て行った。


 その一時間後、トキヤ立案の敵前線基地攻略作戦が始まった。



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