第35話

「……」

 サン、バル、カロンの三人と別れたトキヤは、その後すぐに輸送機から投下された物資のチェックをし、仕事の割り当てをレタと話し合って決めた。

 そして、トキヤは本格的な作業に入る前に軽く水分補給をしようとしたのだが。

 ……水、持ってくるのを忘れてた。

 トキヤは自分が水を携帯していないことに気付き、今日は比較的涼しいとはいえ、砂漠で水を持たないのは自殺行為だと考え、トキヤは水を手に入れるため、小型施設に戻ることにした。

そして、その道中に。

 ……なんだ、この匂い……?

郷愁にかられる匂いがどこからともなく漂ってきて、トキヤは歩きながら首を傾げ。

 ……ん、んん?

 更に、トントントン、という刃物と木の板がぶつかる、砂漠で聞こえるはずのない規則正しい音が耳に届き、トキヤは疲労で自分がおかしくなってしまったのかとも考えたが。

「――――なっ……」

 小さな砂丘を越え、小型施設を目にした時、トキヤは自分がおかしくなったわけではないということを理解した。

「……どういうことだ、これ」 

 小型施設の入り口の前には簡易キッチンが組み立てられており、いくつかの鍋に火が掛けられ、調理台の上には色とりどりの野菜が置かれていた。

 そして、そのキッチンの中心で銀髪のJDが真剣な眼差しをまな板の上に置かれた長ネギに向け、ネギを包丁で丁寧に小口切りにしていた。

「……」

 その幻覚かと疑ってしまうような光景を前にしたトキヤは、おそるおそる銀髪のJDに近づき。

「シオン、……料理をしているのか?」

 と、見ればわかる馬鹿みたいな疑問を口にした。

「はい、トキヤ様。食料品などは輸送機ではなく、物資搬送用ドローンで先に届けられていましたので、早い段階から調理することができました」

 もうすぐ完成します。と、銀髪のJD、シオンは調理する手は休めずにトキヤの疑問に答えた。

「ああ、あの食料品、シオンが頼んだやつだったのか。レタさんが頼んだ物だと思ってた」

 そして、調理中の食材を眺めていたトキヤは空腹を感じ、ここに来てから水は何度か口に含んだが、食事はまだ一度も取っていないということを思い出した。

「それで、何を作っているんだ?」

「レタ様には好物のマトンカレー、アイリス様には手軽に食べられて栄養価の高い野菜たっぷりのサンドウィッチとミネストローネ。そして、トキヤ様には……ご出身の国の食べ物を、と思いまして、丁度、今、最後の仕上げに入りました。ですので、そちらにお座りになってお待ちください。できあがり次第すぐにお持ちします」

「あ、ああ。わかった」

 そして、トキヤはシオンが手で示した場所にあった椅子に座り、既にテーブルの上に置かれていた冷たい緑茶を一口飲んでから、シオンに感謝の気持ちを伝えるために、口を開いた。

「ありがとな、シオン。食事を作ってくれて。けど、手間だったろ? 今は非常時なんだから、俺達人間は倉庫にあった栄養補給用の――――」

「それは駄目です」

 感謝の言葉を述べた後、トキヤはシオンを気遣う言葉を口にしようとしたが、その言葉はシオンの発言によって遮られた。

「トキヤ様、食事は栄養を取るためだけのものではありません。味覚はもちろん、視覚や嗅覚などもしっかり使えば、それぞれの機能に異常が無いかの確認も出来ますし、よく噛むことで筋肉の緊張が解され、更に唾液が大量に分泌され、免疫力の向上にも繋がります。ですので、食事は可能な限り、行動食ではなく、一日、数十品目の食材を適量取るようにしてください」

「お、おう……」

 そして、シオンの力説を受けたトキヤは、それは正論なんだが、非常時まで調理を頑張らなくていいだろ。という反論の言葉を呑み込み、ついでに冷たい緑茶も飲んだ。

「……」

 ……けど、なんだろうな。何か、懐かしい感じがする。

 昔、誰かに似たようなことを言われたような気がする。と、シオンのその説教に近い言葉に温かさを感じ、トキヤが少し、ぼうっとしていると。

「お待たせしました。トキヤ様」

 シオンがテーブルの上に出来上がった料理を並べ。

「調理特化のJDが提供していた基地での食事ほどの完成度はありませんが、どうぞ、召し上がってください」

 と、食事を取るように促されたため、トキヤは懐かしさに浸っていた頭を目の前の料理に切り替え。

「おお、うまそうだな」

 並んだ料理の主食を目にして、本心を口にしたトキヤは箸を手にし、料理に箸を伸ばしそうとした、その時に初めて副食に視線を向け。

「――――」

 ……な、なんだと……?

 トキヤは驚きのあまり、思わず手を止めてしまった。

 シオンがトキヤのために用意した食事、それは、冷たいそうめんにそうめん用のつゆ、それに卵焼きと、――――豚汁だった。

 それらは全てトキヤの出身国でよく食べられている料理であったが。

 ……これは、組み合わせが、少し、独特だな。

 トキヤは冷たいそうめんと一緒に豚汁を食べるということを経験したことがなかったため、僅かに困惑してしまい。

「……トキヤ様?」

 トキヤの箸の動きが止まったことに気がついたシオンが、不安を滲ませた声を発した。

「申し訳ありません、今の私はライリスに繋がっていないため、情報更新ができず、何かおかしなところが……」

「ん? いや、何の問題もない。ただ、砂漠の真ん中で冷たいそうめんを啜る経験ができるとは夢にも思ってなくてな。ちょっと感動してたんだ」

 それじゃあ、ありがたくいただく。と、トキヤは箸を動かし、そうめんをつゆにつけ、勢いよく啜った。

「うん、うまい」

 そして、その後、卵焼きに箸を伸ばし、その甘めの味わいを楽しんだ後、トキヤは豚汁を飲んでみたが。

 ……ああ、うん。本当に何の問題もないな、これ。

 全部、普通にうまい。と、この組み合わせでも全然イケると理解したトキヤは、空腹だったこともあり、基地で食事を取るときよりもかなり速いスピードで箸を進めた。

「……トキヤ様、おいしく、感じていただいてますでしょうか?」

「ああ、うまい。今日は少し涼しいとはいえ、知らない間に汗を掻いて、塩分が失われていたからか、特に豚汁がおいしく感じる」

「それは……、それなら……」

 とても、よかったです。と、シオンは嬉しそうに微笑んだ。

 そして、それからトキヤの正面に座ったシオンは、トキヤの食事の邪魔にならないような、雑談を切り出し、トキヤも最初は普通に受け答えていたが。

「……」

 雑談をしている最中にトキヤは、この食事中の時間を有効活用し、新規装備のテスト、進行ルートの確認、攻め込む基地にネイティブ強敵がいると仮定した場合の戦闘方法などの、重要な話をした方がいいのではないだろうか? と、悩んだ。

 その瞬間。


『――――トキヤさん。食事中は楽しい話をしましょう。……ね?』 


「――――」

 懐かしい声が、トキヤの頭の中に響き渡った。

 そして、トキヤは気付く。シオンはトキヤのことを考えて、今はあえて気楽な話をしているということを。

「……」

 更に、トキヤは気付く。自分が誰よりもシオンの事を信頼している、その理由を。

 ……そうか。顔はもちろんアイリスがそっくりだが……。その在り方が、その心があいつに似ているのは……。

 そして、その自分が気付いた自分自身の思いを決して表には出さず、トキヤは静かにそうめんを啜った。

「……うまいな」

 懐かしい匂いが、トキヤの心をくすぐった。


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