第30話
「……悪い、信じられない話の連続で少しばかり脳がショートしてた」
グリージョとの通信が切れてから、約三分後。何とか自分を取り戻したトキヤは、部屋の中にいる全員に向けて語りかけた。
「……」
そして、トキヤは最初に、同僚とはいえ自分よりも年上で、国内の事情に精通し、更に首都の地下で極秘の兵器開発にも関わっているスーパーウーマン、レタに視線を向け、助けを求めたが。
「作戦に関しては、羽野君に全部お任せ。そういうのは、あたしの柄じゃないから」
と、ぶん投げられてしまったので、トキヤは溜息を吐いてからJD達に視線を向けた。
「……先の俺とグリージョの話は、全員聞いていたな? 作戦について色々と話し合いたいところだが、まずは最大の問題を解決したい。それは――――俺がお前達の指揮をするという馬鹿げた話についてだ」
そして、トキヤは銀髪のJD、シオンの瞳を真っ直ぐに見つめ。
「上に報告するときは俺がやったということにするが、実際の作戦指揮はシオン、お前がやってくれ」
トキヤは自分が最も信頼するJD、シオンに作戦の指揮を一任した。
「私が、ですか……?」
最初は自分が指名されたことに少し驚いたような表情を見せたシオンだったが、小さく頷き。
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
シオンは、そのトキヤの我が儘を拒絶した。
「ああ、頼――――は?」
シオンならば二つ返事で了承してくれると考えていたトキヤは断られるとは夢にも思っておらず、平時ならばその場に蹲ってしまうようなショックを受けたが、何とか踏み止まり、シオンの紫の瞳を見つめた。
「……何故だ、シオン。お前も知っての通り、人間は皆、JDに対して偉そうにしているが、多くの分野でJDよりも劣っている。JDの苦手分野が一切関わってこない戦略戦術、戦闘指揮なんてその代表例みたいなものだ。JDに勝る戦闘指揮ができる人間なんて、この世にいないぞ」
「……」
そのトキヤの言葉はこの世界での常識といっても過言ではなかった。
例えば、世界最高の数学者と呼ばれるような人間でも、巨大な黒板に書かれた千問の数式を一秒で解くことはできない。だが、JDはその千問の数式を一秒、いや、一瞬で解くことができるのだ。
その千の数式を戦場のデータに置き換えれば、人間の判断よりも素早く正確に戦闘指揮ができることは明らかであり、戦況が変わるというリアルタイムのデータ更新もJDならば何百時間であろうとも不眠不休で対応できる。だから、例え、戦術特化のJDでなくてもシオンならばまず間違いなくトキヤよりも遙かに優れた戦術を立てることが可能だろう。
「……」
そして、シオンもその事を理解していたが、それでも首を横に振り。
「トキヤ様、今回の敵の指揮は、私では打ち破ることができないのです。けれども、トキヤ様ならば――――勝利することができます」
優れたJDではなく、劣る人間だからこそ、勝機があると断言した。
「……それは、どういうことだ?」
「先程、トキヤ様達が通信で話されていた通り、おそらく、今、敵を指揮しているのは戦術特化JDではなく人間です。敵が戦術特化JDであるのならば、私が指揮をしても何の問題もないのですが、人間が相手となるとかなり厳しい戦いになると思われます」
「JDが人間に戦術で負けるっていうのか……?」
「この感覚、うまく言語化できないのですが……、相性が悪い。という言葉がニュアンス的には一番近いと思われます」
「……相性が悪い、か」
「はい。……それに私は既に一度、負けているのです。先の戦いで敵の狙いに気付くのが遅れに遅れた結果、私は、我が身とサン達三人を守るのが精一杯で、基地の殆どのJDを守ることが出来ませんでした」
完全なる敗北でした。と、シオンは申し訳なさそうに目を伏せた。
「……」
……確かに基地を襲った連中の動きは総玉砕前提の特攻にしか見えなかったからな。あんな、いかれた戦法を取られたら、JDの方が余計に混乱してしまうかもしれない。
トキヤはシオンを見つめながら、シオンが語った話について真剣に考え、馬鹿の相手は馬鹿がするのが丁度良いのかもな。と、人間の自分が指揮を執るのが本当に有効なのかも知れないと思い始めた、その時。
「それに、トキヤ様に戦いの指揮して頂きたいと、私が思っているのです」
静かに顔を上げたシオンが、そんな言葉を口にした。
「シオンが、俺に指揮を……?」
「はい。……今の私は、人格データを統合知能という揺り籠の中にではなく、この身に宿しています。身体が壊れればそれで終わり。そんな人と酷似した状態にいるためなのか、私は今、私の運命を人に――――トキヤ様に委ねたいと強く思っているのです」
少し、おかしくなってしまったのかもしれません。と、シオンは珍しく、にが笑いの表情を浮かべた。
そして、そんなシオンの顔を見たトキヤは。
……シオンの理屈と意志が合わさった具申。……無視なんかできるわけがないな。
ふう、と、観念したように大きく息を吐いてから、トキヤは身体を少し動かし、シオン以外のJD達の方を向いた。
「サン、バル、カロン。お前達はどうなんだ? 俺が戦闘指揮をすることに不安はないのか?」
「え? ないよ?」
「んー、そうですねー。バルはサン程、技術屋さんを信頼してませんけど、シオンの意志を尊重したいですから、今回は素直に指示に従ってあげます」
「カ、カロンも、嫌じゃ、ないです……」
「……そうか」
そして、三人の迷いのない肯定の言葉を聞いたトキヤは覚悟を決め。
「わかった。――――敵前線基地の攻略作戦は俺が指揮を執る」
トキヤはこの作戦を誰も死ぬことなく終わらせるために、JD達の長になると宣言した。
「全員、異存は無いな?」
そして、その自分の言葉に頷くJD達を見ながら、トキヤは。
「……」
自分の視界の隅に見える、左手を高く挙げている存在に対して、どう言葉を掛けるべきかと、冷や汗をながしながら、必死に考え続けていたのだが。
「……? トキヤー、アイリスが手を挙げてるよー?」
トキヤが最適解を見つける前に、気付いてないの? と、首を傾げたサンがその人物の名前を呼んでしまったため、トキヤは観念して、手を挙げている人物と視線を合わせ。
「お、おう……、アイリス。どうかしたか……?」
トキヤはその人物、赤い髪と青い瞳が特徴的な自称JD、アイリスの名を呼んだ。
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