第104話 首桶二つ

天正四年 xxxx xxxx


 「して、どうなさりますので?すべての証拠は揃っておじゃりますが……」

 「そうでおじゃるな……すべての証拠が……あとはあやつ自身が全てを白状したのでおじゃる……はぁ」

 「白状したのでおじゃりますか。ならば、ここはお約束通りに東に御印を持って行かねばならないのでは?」

 「しかし、それではあの方を殺して首を取れと?ひっ!麻呂たちは野蛮な武家ではおじゃらんから……ともあれ、麻呂の息子でなくて良かったでおじゃります……」

 「……そうじゃな、麻呂の息子じゃ」

 「……心中お察ししますが、ここは一刻も早いご決断をしていただかねばなりますまい」

 「そう、急かさないで頂きたいのでおじゃるが……」

 「残念ながら、状況が刻を掛けることを難しくしておりますれば……」

 「はぁ……お主に……万事頼むでおじゃる。麻呂は東下りの準備をしてくるでおじゃる……戻ってきたら、麻呂は関白を降りるので、その後も決めないといけないでおじゃるな」

 「では、その後は麻呂が……」

 「いやいや、そこもとでは流れが!」

 「いやいや、それをいうなれば……!」

 「皆さま!それは殿下が戻られてから決めれば良いのでは?!」

 「「そ、そうでおじゃるな」」「「そうじゃ、そうじゃ、あとで決めるが吉でおじゃる」」

 「忝いの、では卿に頼むとするか……」

 「はっ、確かに……ただ、先年よりお願いしております儀、何卒善き形にてお取り扱い頂きたく……」

 「わかっているでおじゃる。その方の懸念と望みはの。東で打診してくるし、戻ってからは畿内でも上手く取り図ろうぞ」

 「ありがたき幸せ!」


天正四年 秋 古河 伊藤景貞


 今日は秋の評定だ。

 俺が管轄する下野はいたって平穏。

 宇都宮家が健在ではあるのだが、長年に渡って当家に臣従し、今ではほとんど一社家としての存在感しかない。

 神剣授与の神事をはじめとした諸々の儀式を執り行うのが、彼らの主な仕事だな。

 領地も宇都宮周辺の村々だけなので、ある意味、大きな社領と何ら変わりがないな。


 うむ。下野は平和だ。


 「……というわけでして、先月会津にて盛氏殿と話し合ってまいりましたが、やはり、盛氏殿は当家に対して完全なる臣従、これよりはただの臣下として仕えたいとのことでした」

 「会津が降りますか……そうなると、会津の領地、農村もそうですが、鉱山と阿賀野川の交通に関する物が大きいと言えますね」


 内政は俺の専門じゃないからな。

 この辺りの会話は伊織のやつに任せて、俺は聞き手に回るとするかな。


 「軽井沢の銀山と熱海の金山……どちらも亀岡斎の大叔父上に再度調査をしていただいたところ、相当量の物であるとのことです。八溝山地の鉱山群も発掘を開始しておりますが、この二つはその規模、埋蔵量は八溝に引けを取らぬものだと……」

 「そうね、金銀の通貨造幣の為に採掘に力を出し始めた八溝山地でも全体の予想が付かない埋蔵量だというし、秩父、土肥に稲子でも金山が見つかったわけでしょう……渡良瀬川の鉱山は言うに及ばずだし、どうにも鉱山奉行所の仕事量が増え過ぎね……技術者は足りているの?」

 「足りていないよ、姉上。八溝山地では叔父上が、渡良瀬川では真篤が頑張っているけど、どうにも技術者が足りないね。……これまでは、北上の安中からも助力を頼んでいたけれど、彼らは釜石の方で手一杯の状況だし……忠清?なんとか今以上に奥羽の北から鉱山に詳しい者達を連れてこれない?」

 「左様ですな。……伊藤家筆頭家老としてはそうしたいのは山々なんですが……」

 「上様、清様。……残念ながら、北奥羽の安中は釜石と岩崎・和賀の鉱山開発で手一杯でして……一族に打診をしても、当面は関東に人員を割けぬとの返事です。……申し訳ございませぬ」


 ふぅむ。安中の長老となっておる忠宗でも無理か……ならば。


 「それならば、太郎丸ではないが、東国の外から鉱山の村を持ってくるしかないのではないか?」

 「「え??!!」」

 「ほれ、太郎丸が勿来で産物作りやらを始めたころは、日ノ本中や明から人を大量に入れてきてたであろう?あれと同じように、この広い世のどこかで、苛政に辟易しておる山師たちの村があっても良いのではないかと思ってな?」


 まぁ、単なる思い付きだがな。


 「なるほど……兄上が言われることも一理ありますな。当家の領内では人が足りずに手つかずになっているのだから、手を付けるために人を集める。……そうですね。非常に単純なことでしたか。しかし、大規模な鉱山を日ノ本で探すとなると……流石に、連合内の国から引き抜くのは体裁が悪いですから、西の方に目を向けるとなると……やはり、石見銀山ですかな?しかし、尼子家が苛政で云々というのはあまり聞いておりませんね。備中・備後・安芸の豪族を良く束ね、尼子本家は出雲を中心に山陰を抑え、西国では盤石の構えを取っているとか……」

 「では、海外はどうなのでしょうか?明にも鉱山は沢山ありますし、ヨーロッパや、それこそノエバ・エスパーニャでは大銀山がありますし……どうでしょう獅子丸。何か伝手はありそうですか?」


 元清はそのあたりに詳しいのかな?やはり、太郎丸とは似た考えを持っているようだな。


 「ええ。メヒコでは大きな銀山があり、そこでは昔、沢山のインディオが奴隷として働かされておりました。……ですが、今ではインディオ奴隷も禁止され、待遇はカイゼンされたと聞いています。それよりは、帝国……ヨーロッパの帝国内の方がカノウセイがあるかも知れません」

 「む?帝国とは??」

 「Santo Imperio Romano 妻の実家が治める国で、ヨーロッパの中央東寄りにあり、沢山のコウザンが領内にあります。大規模に鉄や金銀が開発されて五百年以上は経っているので、サイキンは採れる量が減ってきたため、労働者への締め付けが厳しいと聞いています。また、サイクツギジュツは日ノ本よりも進んでいるかとオモイマス。エスパーニャの姉上から聞いたところでは、最近では火薬で岩を吹き飛ばし、地下の水を機械で汲み出して地下深くの鉱脈を掘り出すということです」


 ほう、火薬で岩を吹き飛ばすのか!

 南蛮人……いや、ヨーロッパ人はなんとも豪快だな。


 「神聖ローマ帝国ならば、宗教戦争も絡んでくるか」


 宗教戦争?

 そういえば太郎丸もそんなことを言っておったか。

 切支丹の中で神の教えの解釈と俗世の利権が絡み合って、大きくヨーロッパを二分する戦いがどうやらとか言うておったかな?


 「はい。アブスブルゴはカトリコ。……プロテスタンテの地域は色々と不利益を被ってイルハズデス。私もカトリコですし、東国にいる信徒たちもカトリコなので複雑ではアリますが、信仰の自由があるこの国になら移住しても良いと考える人はいるのではないでしょうか?もし、その調査がお望みでしたらエスパーニャの一族に頼んでミマス」

 「そうね、そうして貰えるかしら?獅子丸。……それに、明の方も合わせて調査をお願いできるかしら?信長」

 「承知しました。上様。丁度勿来には阮小六が来ておるはずですからな。駄目元の石見やら西国を含め、博多の商人達の情報に当たってみるとします」

 「私も、安房に戻る前に勿来によってエスパーニャの船に手紙を託すことにします」

 「頼んだわよ。二人とも。……で、話を戻すと会津ね。これは基本的には盛氏殿の話を受け入れる方向ということで構わないかしらね。そうなると……景竜には春日山に戻られた直江殿と、景基には利府城の輝宗殿と話をしてもらわないといけないわね。ある程度の合意が出来たら私が向かいますので、下準備の一切は二人に任せます」

 「「ははっ!」」


 領地も増えるが、異国からの領民に、別系統の伴天連たちも来るのか。

 これはなんとも千客万来というやつか。

 まぁ、古来より東国には至る所から苛政を逃れて民が集まってきたのだ。

 今更、何百人が海を越えてこようとも気にすることは無いか……何千、何万などということは無いであろうからな。


天正四年 秋 古河 伊藤伊織


 「では、次は私の方から……」


 北の会津併合も中々に面倒そうですが、西も中々に面倒ですからね。


 「……なんだ、伊織よ。お主にそう、準備万端の格好で話し始められると怖いのだが……徳川か?畿内か?」


 早速、兄上から嫌そうな顔をされてしまいましたね。

 でも、安心してください。予想をはるかに上回る厄介さですよ?


 「ははは。徳川だったら話は簡単だったのですが……話は甲斐・信濃・飛騨に近江と伊賀ですね」

 「む?長尾家とその配下の諸家に……近江に伊賀というと六角だったか?」

 「はい。そうなりますね。……まぁ、簡単に言うと、甲斐の真田昌輝殿、諏訪家、高遠家、木曽家、三木家、そして六角家が当家に臣従したいと言ってきております。特に昌輝殿と諏訪家、高遠家、木曽家は是非とも伊藤家の一家臣として働きたいとまで言ってきていますね。……盛氏殿と一緒です」

 「「……」」


 おや?だいぶ広間が静かになってしまいましたね。


 「諏訪家、高遠家、木曽家はそもそも当家に臣従したいと最初に願い出てきたのを、遠いからと断って、長尾家に渡りを付けた経緯。彼らが今一度と願うのもわからなくはありませんが……昌輝殿も?」

 「ええ、上様。左様です。どうやら幸隆殿が亡くなって以後の長尾家による甲斐・信濃の扱いはあまりよろしくないようですな。……というよりも、当主の顕景殿、二十三と若い彼がここにきて側近の樋口兼続と共に権力の集中を始めたようですね。今までの長尾家四天王……と呼べばいいですかね、真田幸隆殿は故人となり、直江景綱殿は六十九と高齢で後継者は無し、実子の船は当家に童の頃よりおりますが、どうにも越後に戻る気はないようですね。父娘両方の考えで。……続けましょうか、柿崎景家殿も六十五と高齢で嫡男の晴家殿は父親程に戦の才は無し。最後に斎藤朝信殿は五十一、他の方々に比べれば若いですね、また、四天王では唯一、絶対的な忠誠を顕景殿に向け、ただ一心に北越後を治めているとのこと」


 しかし、四人中の三人と仲が悪いとは……あまり褒められた関係ではありませんね。顕景殿の統治は。


 「そのような情勢下であるので、彼らは我が方に降りたいとのことです……ただ、上田平の真田信綱殿は父祖の地を離れがたいので、できたらこのまま長尾家の旗で千曲川流域を治めることが出来れば幸いと申しておるとか……弟の信尹へ宛てた文にて、そう書いてあったそうです」


 真田の兄弟の中では相当に深いやり取りがなされているようです。

 どうにも源三郎の養子話も含めて、真田一族は当家に丸ごと抱えて欲しいのでしょうね。


 「そうですか……確かに甲斐・信濃より西の斎藤家を臣従させたことで、こうなる気はしていましたがしょうがないですね。我らにしても東山道の安定は大事なことですからね……まぁ、先だって直江殿と話した時には、このような情勢はご理解している様子だったけれど……。もしかしたら、彼らは一足先に直江殿に相談されていたのかも知れないわね」

 「で、しょうな。彼らも長尾家に義理を通さずにいて、その上当家に断られては、目も当てられぬこととなりますからな」

 「では、この点も直江殿と話してきてもらえるかしら?景竜?」

 「はっ。では年が明ける前に春日山に行ってまいります」

 「よろしく頼むわ」


 代が変われば付き合いも変わる物ですが、どうにも長尾家と当家は一筋縄では行かない何かがあるのでしょうか。


 「で、次は六角家だったわね……実は先日見えられた関白殿下からも同様の話があったのよ……」


 そうでしたね、先日……十日程前ですか、関白二条晴良は古河に挨拶に来ました。

 俺はその時は会っていなかったのですが、兄上たちの葬儀以来となるから二年半ぶりの関東であったというところでしょうか?


 その時には首桶を二つ持参していたらしい……。


 関白に対応した元景と元清曰く、その首は前関白の近衛前久と関白の息子の二条昭実ということ。

 ……正直、その二人の首を見せられても俺には実際にその人物なのかの判断は付かないのですが。

 元景も、昭実とは面識はないし、近衛とも年月が空いてしまったので、本人だと断言はできなかったようで。

 ただ、その首を持参してきたという意義、葬儀の時の約束を果たしたということを以て、一応の和解を彼らとしたということですね。


 「名門の佐々木源氏の嫡流の彼らとしては、承久の乱から因縁のある三好の下に付くのが気に入らないということらしいわよ」

 「……それで言ったら、平治の乱の因縁の相手である当家の下に付くのは大丈夫なのでしょうかね?」

 「私も叔父上と同じ感想を抱いたから、その旨を関白に尋ねたわよ」

 「ほう、その答えは?」


 なんとも伊織らしい疑問と、その疑問を直でぶつける元景は流石です。伊藤家の当主とはこうでなくては。

 俺ならば、話自体を聞かなかったことにでもして門前払いにしてしまいそうですな。


 「当家に対しては、後の源平合戦と奥州合戦を経て、痛み分けで水に流しているとのことよ。有難くて涙が出て来るわね」

 「「あははは!」」


 あははは!面白いことを言う。

 ならば、今生でもう一戦してやっても構いませんけれどもね。

 あちらが二勝一敗の気分でいるなら、これから一敗地にまみれさせ、五分の関係としてやるのも吝かではないというところです。


 「景貞叔父上……何を考えているか丸わかりの、物騒な笑顔は止めてよね」

 「おや、これは上様、申し訳ない」


 兄上はおどけて見せていますが、あれは本気ですね?まぁ、俺も同じ意見です。


 「で、まぁ、そういう家、血筋の理由の他には……やはり、距離があるようね。関東の伊藤家が事細かく近江の自分たちにまで口をはさむことはしないだろうと……。実際にその通りだからなんとも言えないけどね、お爺様からの考え通り、当家は東国より西には一切の手を出しませんから」

 「では、六角の臣従というのも?」

 「受けたとしても、何の話もしないわね。当家の政の方針から、行って欲しいことの箇条書きを贈るぐらいね。……あとは、向こうの気が向いたら、正月の古河に機嫌伺に来るぐらいでしょうよ」

 「ならば、向こうが何を対価にするかぐらいですか。こちらとしてはどちらでもいい話ですからね」


 官位やら金銭などというのは別に要らないので、何を公家が提示できることやら。


 「関白が提示してきたのは長尾に越前攻めを認めること、更にはその先、向こうからの要望があれば若狭と北近江までは譲る方針だということよ」

 「む?長尾に融通を聞かせても、当家には……と、まさか甲斐・信濃の話が漏れておるのか?」

 「ええ、景貞叔父上の言われる通りです。この件を引き換えに甲斐・信濃・飛騨の伊藤家への服属を認めるように長尾と話を付けると仰ってたわね」


 しかし、なんとも公家の情報力は侮れませんね。


 ……まぁ、そのあたりはある程度の細作を放てば、大まかにはわかることでしょうか。

 当家にもたらされるのは当事者としての確定情報で、周りの者達はある程度の推測で良いのでしょうし……しかし、今後は他国の草の者自体を追い出す役目も小太郎に始めてもらいましょうか。

 これ迄は直接的な行動に出そうな者だけを除いて貰って、情報を取るだけの者には特別な対応をしていませんでしたが……いや、情報までをも牛耳ることが出来ると思うのは増長というものですね。

 基本的な対応はこれまで通りと行きましょう。


 「で、あるならば、上様。やつらにいいようにやられるのも癪なので、一つ面白い手を打たぬか?日ノ本におらぬ利益の生家がらみで面白い話が舞い込んできてな?」


 ん?信長からの提案ですか、非常に興味がそそられますね。

 しかし、利益の生家……尾張の前田でしょうか?

 それがどう繋がるのでしょう。

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