5.招かれざる章子



「わたしを邪魔だと思ってる人が半野木くん以外にもいるの?」


 急激に湧き上がった恐怖心に章子が茫然と訊くと、真理は静かに頷く


「少なくとも転星側の人間たちにも歓迎されてはいないですね。半野木昇は歓迎されています。彼は、転星に住む彼らにことができる。それ故に向こうにとっても彼の存在は是が非でも欲しいでしょう。勿論、我々もその状態を歓迎している。彼は実利をあたえてくれるのだから……」


 その実利が何なのか、まったく見当もつかない章子が狼狽えると自然と足を引いてしまう。


「……後退りですか?」


 目ざとく、章子の弱った心を指摘してきた。


「退くのはいい。ですがその後の対処が気にかかる所だ。もしや自分の部屋のベッドに飛び込んで泣きべそ、というのだけは勘弁して頂きたい」

「馬鹿にしないでッ」


 咄嗟に大きな声が出てしまった。まだ親しくも険悪にもなっていない顔見知り同士の関係なのに、すでに昔から知っているような錯覚で態度に出してしまう。


「では、これから一週間のうちにその覚悟はして頂けそうですか?」


 真理が控え目に伺い見ると、章子はその問いに答える事ができない。


「ふむ、即答できないほど心に負担がかかってしまいましたか。しかし、それでも地球転星の中での咲川章子ほどではない。あの物語の中での彼女の慌てっぷりはご存知でしょう? それに比べれば、今のあなたの気落ちなど些細な事でしかない」

「でも、わたしはお呼びじゃないんでしょっ?」

「それは地球転星の章子の立場でも同じだった筈ですが?」


 睨んでくる真理の目が、章子の短絡的な思考を射抜いている。


「あなたは何か勘違いをされているようだが。あなたは最初から必要のない人間だったはずだ。それを今回は半野木昇だけが免れた。というただそれだけの違いでしかないッ」


 しかし、その違いが大きいのだと今の章子は思う。


「わたしはこれから……」

「どうすればいいの?……ですか?」

「……自分で自分の立場を掴まなくちゃいけないのね」


 力なく立っていた足に、力が篭もった。章子はこれから自分の力だけで自分の居場所を勝ち取っていかなければならないのだ。そしてそれは、今までの学校生活と何も一つも変わることではなかった。


「素晴らしい判断力と決断力です。咲川章子。やはりあなたは、私の主に相応しい」

「おだてないで。真理マリ


 遂に章子から念願の呼び捨てで呼ばれた真理が、さらに歓喜の表情を浮かべる。


「これはこれは頼もしい。実を言えば私のほうが弱気になっていた。今のあなたであの半野木昇に立ち向かえるのかと」

「昇くんに……立ち向かう……?」


 章子の意表を突かれた声に真理は空を見上げた。夕焼けと青い惑星の浮かぶ空を。


「あなたはまだ把握できてないのかもしれませんが、あなたの敵は私の敵でもある。つまり、半野木昇があなたの敵ならば当然、私の敵も半野木昇ということになる」

「わ、わたしは別に半野木くんを敵だなんて思ってないっ」

「そんな甘いことでは彼には通用しない」


 断言する真理が己にも言い聞かせるように言う。


「あなたが彼を敵だと思っていなくとも、彼はあなたを敵だと認識している。それなのにあなたは彼と仲良しこよしの間柄を望む? もし仮に彼と良好な関係を築きたいとでも思っているのならね。章子? そんな希望は捨てたほうがいい」

「いやよッ」

「……? 章子?」

「それはイヤです。神真理さんっ。わたしは半野木くんの敵じゃないし半野木くんはわたしの敵でもないっ。わたしはちゃんと半野木くんと話し合って敵じゃないってことを説明してみせるからっ」


 断言して言う章子を、真理は目を丸くして見つめている。


「……は、っはははは、これはスゴことですよ。章子。あなたは初対面でわたしの想像の上を言った。これはやはり期待が持てそうだ。半野木昇と共に転星に行く少女は章子、あなたでなければ務まらない」

「わたしはそんなお世辞で浮かれたりしない」

「……ほう……」


 章子の慎重な視線に、真理も用心深く目を据えて見ている。


「地球転星はわたしだけが知ってる物語じゃない。わたし以外の他にも誰でも知ってる。だっとそうでしょ? 真理さん。わたしが用済みになったらきっとその代わりがいくらでもいる……っ」


 地球転星のあの内容が本当に現実としてあるなら……、章子の代わりなど当然、いくらでも用意されているのだ。


「おやおや素晴らしい……、よくお分かりでいらっしゃる。その通りです、あなた以外にも半野木昇の相手はいくらでもいる」


 真理が主であるはずの章子に敵意のような視線を向ける。


「そして当然、半野木昇に代わる人物はこの地球には誰一人として存在しない」

「そんなに……半野木くんって子はわたしたちよりも……」


 優れているのか……?

 まだ同じ中学二年生である筈なのに、章子よりも遥か先で世界を見つめているこの世で唯一人の唯我独尊の少年。その少年に追いつくためには……いったい自分はこれからどれほどの知識を身に付ければいいのか見当もつかない。


「どうやら……テスト勉強よりも大変なことになりそうですね?」

「でも学校のテスト勉強よりも遥かに学び甲斐があるって自分では思ってる。わたしたち人間は現在これから先の新しい時代に進めるんだっていう実感があるんだから」


 そう。既に虚構は現実となった。転星という巨大惑星が現われたことによって。

 あとは地球ここにいる人間たちが次の舞台ステージに踏み出せばいいだけだった。





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