3.始まる出会い



「あなたをペアで、あの惑星にご招待しましょう」


 初めて聞いたはずの言葉なのに、どこか既に聞いた事でもあるかのような錯覚を覚えて章子は何かの映像が重なった気がした。


「……わたしが、そうなの?」

「はい、そうです。あなたです」


 初めて会ったはずの少女。それなのに既に遥か以前からこの少女のことを知っているような気がする。性格も、相性も、話し方も、声も、顔も、表情も、それから繰り出される様々な感情という喜怒哀楽も。章子が何を話せば何が返ってくるのかが手に取るように分かったような気がした。


「あ、あなたは……」

「あなたなどと、そんな余所余所しい関係なのですか? 私とあなたは?」


 思わせぶりに問い詰めてくる目の前の少女。

 章子の制服と同じセーラー服を着て、章子とは違い学校の荷物もカバンもバッグも何も持たずに軽やかな軽装で佇んでいる少女。章子の知っている通りなら、このキレイなオカッパ頭の少女の名は間違いなく……。


しん……真理まりさん……?」


 章子がおずおずと訊ねると、視線を投げかけられた少女もにっこりと微笑んだ。


「その通り。初めまして咲川さきがわ章子あきこ。やっと私の名前を呼んで頂けましたね」


 小説の文で読んで勝手に想像していた以上に綺麗に澄みきって笑う目の前の少女に、章子はこれ以上の言葉をかける事はできなかった。


「えっと。わたし……」


 夕方の交差点の歩道の前で挙動不審になる自分。これから自分はどうすればいいのか。既に文として書かれていた虚構の地球転星の中の咲川章子なら、この場で一体何を行動するのだろう? 様々な疑問と選択肢が浮かんでは消えていく中で、そんなこともお見通しだと云わんばかりに、既に勝手知ったる章子の下僕しもべは、自分の主を優雅に先導エスコートする為に手を横断歩道の先へと差し伸べた。


「信号が青になりましたよ。渡りませんか?」

「……あ……はい」


 思いがけず、なぜか敬語で返してしまった自分を恥じる。既に何度も黙読したことのある地球転星という虚構に則るのならば、章子はこの少女の主人という立場にある筈だ。そして、もしあの地球転星の内容がそっくりそのまま、この現実でも起こったのなら。地球転星という虚構の設定や決まり事……もしくはこれから用意されているのかもしれない、あのたちまでが今も本当に生きていて存在しているという驚愕の現象まで現実として巻き起こっているのなら……。


「もう一人……の?」


 心の中で呟くつもりが声に出してしまっていた。本当にもう一人がいるのだろうか? 章子はその事ばかりで心が占められていく。


「ええ。いますよ。お名前まで私から述べあげたほうがよろしいですか?」


 すでに章子の執事でも気取っているように前を歩ていた綺麗な少女が振り返る。その優雅な動作で章子は思わず見とれてしまっていた。


半野木はんのき……のぼるくん……?」


 章子は歩きながら地面を見つめて言うと、先頭を歩く真理が頷く。


「そうです。彼と一緒にあの惑星へ行ってもらいます。それが何故かはもうお分かりですね?」

「地球転星……?」

「ご存知でしたか。私は嬉しい」

「あなたが書いたの?」

「いいえ。アレを書いたのは私の母です」


 次々に浮かんできた疑問に次々と答えが与えられていく。まるでネタバレなどお構いなしのように章子は自分の知的好奇心が満たされていくのを感じた。


「あなたの……お母さんは……」

「ええ。記念すべき、あなたが私の母と会えるのはこれより一週間後の土曜日。それまではあなたと我が母が出会う事はありません。私はその時が来るまで、あなたの案内サポート役に徹します」

「じゃあ昇くんにも……」

「はい。すでに私の姉がついています」


 姉……。いや、それ以前に、思わず昇と下の名前で読んでしまったのに、それがまったく違和感ではなくなっている。まだ顔も知らない男子の名前を馴れ馴れしく下の名前で呼んだことに微塵の抵抗心すら感じていない自分の心に章子は恐怖を感じた。


「質問には私が答えましょう。何でもいいですよ。お答えします。もしも答えられない問いが出て来たら……、私はあなたの評価を一段階引き上げることと致しましょうか。私に相応しいあるじとしてね……」


 真理の含み笑いが、つい最近も読んだことのある地球転星のそれと徐々に似通ってきている。本当にあの虚構が、今の現実として起こっている。まるで夢の中にでも紛れ込んだように章子は心の奥底で得も知れぬ高揚感を覚えていた。


「あ、あの惑星ほしは本当に転星てんせいなの……?」

「そうです。地球転星のお話と同じ、古代の地球時代を一つに集めて出現させた惑星ものです」

「じゃあ、あの惑星にはも……」

「はい。地球転星で登場した人物たちは、ほとんど同じ条件で存在しています」

「ほ、本当にっ?」

「ただし一部で人物や時代の出来事および物や技術などの名称が異なっているものもあります。もちろん名前以外でもね……」

「あ、ああ。うん」


 そう言って頷いた章子を見ると、真理は一人でクスクスと笑った。


「な、なに?」

「いえ。本当にあの虚構と同じなのだな。と思ってしまったのですよ。私もあなたのことをあの虚構の中でしか知らない」

「それはわたしも同じだし」

「そうですね。私たちはお互い初めて、この場所でお会いしたのにまるで昔から知っているような錯覚に陥ってしまう」

「ま、真理さんでも……?」

「真理さん……ですか、まあそれはいいでしょう。ええ。私でさえもそうですとも。地球転星で登場する真理わたしは確かにこの私にそっくりですが……、それでも私は、地球転星上での私を『文』でしか知らない……」

「……文でしか……」

「不思議ですよね。まるで一度、人生を経験して輪廻転生でもしてきたかのような感覚が今も頭から離れない。私とあなたは一度、違う人生で既に会っていた、というような運命的な既視感」


 それは章子も同様だった。まるで一度、既に真理や他の皆と一緒に集まり長い長い旅でもしてきたかのような感覚。章子は今こそ、そんな寂しさと懐かしさを感じていた。


「これから地球転あれ星と同じ事をしていくのね……」

「……違いますね」

「……え?」


 章子の予感を、しかし真理は否定する。


「同じ事はできません。それをするには既にが違っているので不可能です。虚構でしかないあの地球転星の物語と今のこの現実とでは『世界の位置』が全く食い違っている。申し訳ありませんが咲川章子。我々は地球転星という虚構と全く同じ出来事をこれから体験していくことは完全にできないのですッ。その証拠に……」


 立ち止まった真理は、章子の心を見透かしたかのように言う。


「あなたはこの一週間のうちに半野木昇と会う事ができる」


 新たな現実が虚構を超える。





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