Case.23 知られてすらいなかった場合


「おー、あれが全国一位かー」


 日向からどうにかして制服を取り返した初月と火炎寺。

 三人はとある教室を後ろの扉から覗いて見ていた。

 一番左前の席に座り、一人残って自習している男子生徒がいる。

 黒髪で男子としては長く、モブのような顔立ちはしつつも目鼻が整った隠れ美青年であった。

 御手本のような姿勢で勉強に打ち込んでいる彼はイヤホンはしていなさそうだが、三人の会話に反応しないほどには集中しているようだ。

 そう、彼こそが全国模試一位である雪浦一真である。


「補習も終わったのに、勉強してるだなんてガリ勉君だな〜」

「そういえばひなたちゃん、補習は?」

「さ、早速話しかけてきて!」

「ひなたちゃん……⁉︎」


 もちろん、日向はのちに教師に怒られることとなる。


「……あれ、あゆゆ?」

「ぁ…………」


 熱に浮かされている火炎寺には日向の言葉が届いていなかったようだ。どうやら雪浦の勉強姿に見惚れているらしい。

 ここ最近、告白させようとして雪浦のことを考え続けていたのだ。本人を前にして、緊張で体が固まっている。


「おーい、あゆゆー?」

「……あ、あぁボーッとしてた。んで、何?」

「いやだから話しかけてきて」

「話しかけ、って……師匠、な、何を話せば……?」

「えぇ……⁉︎ えっと、天気の話とか……?」


 初月もいまいちよく分かっていない様子。

 見かねた日向が「そんなの考えなくていいから行くんだよ!」と火炎寺の背中を強く押し込んだ。

 教室に入ってしまった火炎寺は何度も振り返りながらも、恐る恐る雪浦に近付く。


「──お、おう……雪浦、元気か……! あ、アタシは元気だぞ! 健康に気を遣っているからな。なにせ医者の娘だからな!」

「………………誰?」

「……は?」


 多分、好きな人から世界で一番言われたくない言葉。心がへし折られそうだが、火炎寺は苛立ちを覚えた。

 初月と日向は各々、スケッチブックに「笑顔で続けて!」「自己紹介して」と書き、引き続き話しかけるように伝える。

 話したことがないのだ。まずは自己紹介から始めねばなるまい。


「あー、おほん。そうだな、初めてか、話すのは。アタシは火炎寺歩美。えっと、一応、成績が学年二位なんだよ。名前とか張り出されてるだろ?」

「他人の成績に興味はない」

「……あ? 眼中にないってか」

「回収ー‼︎」


 雪浦の発言に、火炎寺が轟々と怒りを燃やす。

 それを見た日向は連れ帰ることを即座に判断する。


「し、失礼しましたぁ……」


 二人は火炎寺の両脇を掴み引っ張る。低身長の二人が高身長の火炎寺を連れて行くので足は引きずられていた。



   **



「二位以下は興味ないってことかよ⁉︎ 指で心臓を打ち抜いてやろうかっ! ムカつくなぁ……‼︎ けど、緊張で他に何も考えられなかった!」

「あ、緊張はしていたんですね……」


 一位にこだわる火炎寺にとって、どうやら地雷だったようだが、可愛らしい照れ隠しも混じり、自分自身でも何が何だか分からなくなってきていた。


「さてさてあゆゆ。こんなことでパニくるのはまだ早いよ! これから毎日しつこいほど話しかけるんだよ‼︎」

「えぇっ⁉︎」

「ふっふっふっ、男という生き物はバカなものなのだよー。話しかけられるだけで嬉しくなるもんだし、何度も話しかけられる内に『こいつ……俺のこと好きなんじゃね?』って勘違いしちゃうのだ‼︎」


 自信満々に語る日向。


「ちなみにこれ七海くんの実体験‼︎」


 と、さらっと暴露する。


「な、なるほど……確かに一理あるな……よし」


 納得した火炎寺はそれから毎日、臆することなく何度も話しかけるようにした。

 天気の話、勉強の話、趣味の話──最初よりは緊張せずに話せるようにはなったが、いつまで経っても一方通行の会話は火炎寺の心を消耗させるだけだった。


「……もうダメだ。心が折れた……」

「か、火炎寺さん……」


 打ちひしがれている火炎寺を見て、初月は何とかしてあげたい気持ちになった。

 けど、自分に何ができるだろうか。師匠と頼られているのに結局何もできていない自分がとても歯痒い。


「うむー、なら作戦を変えよう‼︎ 名付けて『外堀埋めちゃお作戦』‼︎」

「外堀埋めちゃお作戦?」


 日向は説明した。

 本人がダメなら友達から埋めようというもの。

 以上。


「だから学年一位の友達にまずあゆゆといい感じなのを噂するのだ!」

「アイツに友達いるように見えないと思うんだけど……」

「じゃ、じゃあ、火炎寺さんのお友達からとかはどうでしょう?」

「アタシは、ほら、女番長なんて言われてるからさ。友達どころか話せるような人すら、師匠たち以外いないな」

「あ、すみません……」


 初月も友達はいるにはいるが、そんなことを頼めるくらいに深い関係性の人はいない。


「うーん、ワタシもいないっちゃいないんだよねー」


 日向の性格上、たくさんいそうなのに意外だなと初月は思った。


「んー、困ったなー」


 ポンポンとアイディアを出してきた日向もさすがに悩んでいた。


「あ、そうだ! 七海くんに相談してみよーっと!」


 日向はすぐに七海に電話をかけるが、出ない。


「実行委員で忙しいんですかね……?」

「じゃあ直接聞きに行こう!」


 と、七組へと行くが誰もいない。

 既に帰ったようだ。


「いないや。もう七海くんったら、せっかく聞こうと思ったのに〜!」


 プクーッと頬を膨らませて、日向は拗ねる。


「もう今日は帰ろっか。明日のワタシがきっといい案考えてくれるよ!」


 ただ、三人寄れば文殊の知恵とはいかず、その後も数々のアプローチや作戦を練ってみるも上手くはいかなかった。

 初月は少しばかり焦りを感じていた。

 火炎寺のために何かをしてあげたい気持ちはあるが、自分は役に立っていないのではないか、と。


(……わたしって、必要ないのかな)


 自分を卑下するような考えが頭を覆うようになり、いつしかその不安は表情や態度にも出るようになってしまった。

 やがて、感情に敏感な日向もそれに気付いてしまい……三人の間に流れる空気が少し重くなった。

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