Case.21 クラスを一つにする場合


 次の金曜六限もまた文化祭の準備に充てられた。

 水曜日に諸々、生徒会主催の会議に再び参加して(もちろん帰りにまた氷水を励ました)、それらを踏まえた上での準備となる。

 俺たちのクラスの出し物は『お化け屋敷』。テーマはすぐに『夜の学校』に決まった。

 お化け屋敷は制作に時間がかかるので、もう今日から取り掛かりたいが……。


「だーかーらー、迷路の方がいいって!」

「どこにそんなスペースあんのよ! それにお化け屋敷なんて人気で混むんだから。客が迷ってたら回転率悪いでしょ! ここは今流行りのASMRお化け屋敷がいい! そしたら客の回転率もいいし!」

「んなの面白くねぇだろ! 音流すだけかよ!」

「最後に後ろから驚かせばいいじゃない!」

「文化祭は準備するのが楽しいんだって、面白さ半減するだろ? それにそんな数のヘッドホン準備できるお金ないだろ! 段ボールだよ、時代はいつでも段ボールだ!」

「ダッサ」

「はぁ⁉︎」


 このように、クラスの二人がお化け屋敷の方針について争っている。男女が争ってるものだから味方もそれぞれ同性がついて真っ向に対立している。

 先週あんなにやる気なかったくせに、第二希望でやる気出ねーとかさっきまで言ってたくせに。いざ進めるとなると自分の意見を持ってきやがる。

 つーか、お前ら部活で忙しいんじゃないの⁉︎


「あー、いったんみんな落ち着こ! ね! みんな話聞いてー!」


 場を仕切るはずの雲名もこの事態に混乱し、困り果てていた。

 担任も汗を拭くだけで口を出そうとしない。


「はいはい、実行委員もそう言ってることだし、そろそろ決めないとじゃねーの?」

「奏音はうちらの案に賛成だよね?」

「あー、えーっと……」


 きっと普段であれば、雲名はASMRの案を出した女子チームの味方だろう。

 だが、彼女は実行委員。そうだと決めてしまえば、女子からの信用は厚くなるが、男子からはそれを失くすことになる。

 雲名はそのような責任を負いたくなかった。よって決断ができないままでいた。

 だが時間は限られている……。お互い譲らないのであれば、納得できるような折衷案を提示しなければならない。

 一応、俺にも色々聞いてて案はあるのだが、聞いてくれるかどうか………………いや、まずは口出ししてみるしかないよな。……ふぅ。


「あ、あのさ。二つの案を混ぜたらいいんじゃないか?」

「混ぜるってどういう風に」


 迷路案の男子生徒が強めに出る。


「最初はASMRの部屋にして、二つ目を迷路にしたらいいんじゃないかな。一昨日の会議で部屋割りが決まったけどさ。隣のクラスが外で屋台するかもって、部屋が空くかもしれないんだよ。だからそこと交渉して二部屋でできるようにしよう。教室の後ろと前のドアを段ボールで隠すようにして繋げば」

「あー、最初は雰囲気作りの部屋にするってこと?」

「そう。もしくは教室内に待ち列を作って、そこから演出を始めるとか」

「ユニバみたいな感じでってことか」

「そうだな。それに近い感じに──」


 二つを取り入れた方向性を見せることで、どうすればそれが実現できるか。

 イメージに近いものを出してみると、後はクラスの人間がアイディアを出していく。

 元々二人のアイディアは良かった。争うことはなくなりクラスはまとまりだしていく。


「でも、結局は一部屋まるごと段ボールで迷路作るんだよね。部活あるけどできるかな……」

「放課後が忙しい人には家でもできそうな小道具や衣装を作ったりとか、怪談の音源を集めるように俺が仕事を振り分けるよ。逆に来れる人は大きめの装飾品や、段ボールの壁や仕掛けを作ろう」


 一人一人に負担がかからないレベルに参加できるよう、また各々の特技や好みを汲んで、仕事を振り分ける。

 元々はクラスみんなと仲良くなれるように、最初の一週間は全員のことについて知ろうと必死だったから、何となくだが性格や特技が分かるんだ。

 すると、自分の具体的な仕事が分かった人からは、「家にこんなのがあるから持ってくるよ」だとか「部活の大会が終わったら、何日か休めるよう聞いてみる」などみんな積極的に参加してくれようとする。

 意外とみんな俺の話に耳を傾けてくれた。それとも有効だと感じて反応してくれただけ? 

 いや、そもそもハブられてると強く思い込みしていたのは俺だけだったんじゃないか?


「まだこの考えは穴があるけどさ、みんなが意見を出して、参加してくれれば面白いものになるかもしれない。だから改めて、協力よろしくお願いします……!」


 必死な気持ちで、俺は頭を下げた。

 ──すると、クラスからは好意的な反応が返ってくる。


「よし! みんなで頑張って最優秀クラスをとろうね!」


「おー!」「いぇーい!」と雲名が最後にまとめ、みんなの士気を高めてくれた。

 まとめることができたとはいえ、率いていくことは流石にまだできないからな。

 文化祭最後に投票で選ばれたクラスを表彰する最優秀クラス。毎年結構豪華な賞品も出るから学内全体が本気で取り組んでいく。


 ──ちょっと俺も頑張らないといけないよな。



「ありがと」

「え?」


 突然小声で言われた雲名からの感謝。

 思ってもいなかったから自分でもビックリするほど声が裏返る。


「私、全然まとめられなかったからさ。あぁもう無理じゃんって諦めてた。けど、七海のおかげで助かった。七海って案外こういうの得意だったんだね」

「いや、別に得意ではないけど」

「そっか」


 告白前によく見た、俺が好きだった笑顔を久しぶりに見た。


「なんかごめん。最近、あんま態度よくなかったよね」

「いや、原因は俺にあったし……」

「……グループ、抜けてたよね。招待しとく。グループRINE。まとめる人がいないと話進まないでしょ」


 雲名がスマホを取り出して、俺を招待、おそらく手順が多かったからブロック解除もしたんだろう。

 ちょっと悲しい気持ちにもなったが、付きまとわれるかもと思えば、その判断は必ずしも間違いではないか。


「七海、迷路の図面作るからさ、ちょっと手伝ってくれよ」

「あ、おう」

「じゃあ、私は衣装のデザイン見てくる。実行委員頑張ろうね。頼りにしてるよ」


 雲名は手を振って、数人の女子グループに混ざっていった。


 完全に俺はクラスで空気扱いとなっていた。

 けど、ほんの少しのきっかけで流れは変わり、少しずつ前の居場所に戻りつつあった。


「──あー、そういや生徒会にも二部屋借りれるか確認しないとだよな。放課後、聞いてみるわ」

「おお、ありがとう。じゃあその後にさ、スーパー行って段ボール貰えるか聞きに行こうぜ」


 こいつと会話したのはいつぶりだろう。

 ったく、手のひらを返しやがって。けど、久々なこの感じ、嬉しいな。

 俺は再び関係を構築していけるような気がする。


「ああ、いいね。行こうぜ」


 だから、今日は初めて、失恋更生委員会を休むことにした。



   ◇ ◇ ◇



「えー、七海くん休みなんだー。そっかー、男の子目線で見てもらいたかったけどなー、まぁたまにはいっか!」


 日向は不満そうに唇を尖らせたが、すぐに切り替えた。

 けれども初月としては七海が休みでよかったとホッとしていた。

 なぜなら──


「いいねいいねー! ういちゃんもあゆゆも超似合ってる!」


 二人は今、だから。


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