四章 火炎寺歩美

Case.18 女番長が入会する場合


「あれ、二人してどうしたのー? もしかして知り合い?」

「知り合いもなにも学校の有名人だろ……! 火炎寺歩美……ヤクザと繋がってるとか噂があった先輩を入学して一ヶ月、たった一人で組織ごと壊滅させたってあの……!」

「それは尾ひれがつきすぎだ。ヤクザはただのハッタリだったよ」


 聞こえていましたか、いやそりゃ目の前にいれば聞こえるよな……。

 って、ヤクザ以外の噂は本当かよ。


「へー、あゆゆ強いんだねー! 力とか強そー!」

「まあな。アタシは一番になりたいからな」


 日向は臆することなく、火炎寺の腰あたりをバンバン叩く。

 殺されるんじゃないかと思って、気が気でなかった。

 火炎寺の身長は170cmを超えていて女性の中ではかなり背が高く、俺よりも高い。

 人差し指を立てた彼女の手や腕には無数の傷があった。きっと争いの果てに付いた勲章であろう。

 男性にも負けず劣らずな筋肉があるが、ただガチムチ! ってわけではなく、最近のモデルみたいに引き締まっている。

 同じ学年だがクラスは違うので、こんな間近で見たのは今日が初めてだが、結構いいプロポーションをしている。氷水といい勝負だ。


「一番……ですか?」


 初月は勇気を振り絞り、火炎寺の発言について詳しく聞いた。


「そう。アタシは何でも一番になりたいんだよ。勉強も運動も誰にも負けたくねぇ」


 火炎寺は〝怖い〟というイメージが先行していたけど、案外話してみたら普通だな。


「だから手始めにこの学校で一番喧嘩が強いやつをシメた」


 前言撤回! やっぱ怖いわ‼︎


「そういえば火炎寺さんって頭もいいですよね。テストでいつも上位だったと思います」


 中間や期末テストの結果は後日、上位三十人が貼り出されている。

 俺はいつも平均点なのでわざわざ見ることはないが、成績良い初月が言うならそうなのだろう。


「ふぇー! すごいじゃーん!」

「まぁ、ずっと二位だけどな」

「十分すごいだろ……ん? それじゃあなんで補習に出てたんだ?」

「あ? 出ちゃ悪いのかよ。脊髄引き抜くぞ」


 怖っ⁉ 脅し文句が独特で怖っ⁉

 すると、日向が横で不敵に笑いだした。


「ふっふっふっー、よくぞその頭で気付いたね七海くん」


 赤点取った奴が何言ってんだ。


「それは〜、補習に好きな人がいるからなんだよー」

「ちょ、はぁっ⁉︎ だからそうじゃないって何度も言ってるだろ……‼︎ ああ、もう。ここではなんだから場所を変えよう……」

 


   **



 火炎寺歩美は昔からなんでもできた。氷水沙希が努力型といえば彼女は天才型である。

 かけっこが一位に始まり、部活で助っ人に入ればどの大会でも優勝に導くMVP。書道も芸術も金賞が最低ライン。

 どの道に進もうと火炎寺は名を残せるような存在になっただろうが、彼女にも唯一勝てない相手がいた。


雪浦一真ゆきうらかずま……その人がアタシの、す……じゃなくてちょっと気になってる人だ」


 さっきまで補習が行われていた教室にて、火炎寺は顔を赤くしながらそう話す。まだ部活として承認されていないので本部は返ってきていない。

 高校生になってからずっと学年二位の火炎寺。

 偏差値が60を超えているこの高校ではかなり凄いはずだが、毎回全教科満点、さらには全国模試一位である雪浦に完敗していたことが悔しいらしい。


「最初はただ負けたくなかった。どうしても勝ちたくて、アイツも出ている補習全部に出て、寝首を搔いてやろうと思ったんだけど、なんか時間が経つにつれて、こう、心がふわぁ、ってなってよ……」

「それで好きになっちゃったというわけか〜」

「ちげぇよ! アタシが雪浦に負けたくないだけだ!」

「と、まぁ、こんな感じであゆゆは好きになったことを認めないんだよー」

「はぁ⁉︎ だからお前がそう勝手に言ってるだけだろ!」


 火炎寺の圧は強いが、声は微かに震えている。

 否定しているが、やっぱ気にはなってんだろうな。

 赤点獲得者以外も自由参加できる補習に、雪浦がいるから出席するとは勉強熱心なこった。


「火炎寺さんは、その雪浦くんのことを考えるとどういう気持ちになりますか?」

「えっ、そ、それは、こう、蕁麻疹みたいにむず痒くなるというか、心拍数も上がって、どんどん呼吸も浅くなるというか……あぁ、うまく表現できないな」

「……恋ですね」

「恋だな」

「あゆゆのそれは紛うことなき恋だよ!」


 初月も俺も、日向も続けて確信した。

 その症状は間違いなく恋だ。それも初恋に近しい。

 火炎寺は自覚することはなく、今日までいたみたいだ。病気と疑い、医者に同じことを話しても「初恋ですね」と診断されるだろ。


「うっ……そ、そうじゃなくて、これを治す方法があるって聞いたんだよ」

「それで日向に唆されて失恋更生委員会に入ったってことか」

「そう……ん、失恋更生委員会? いやアタシはこの部活に入ったらスッキリするからって聞いてだな……」


 なにその麻薬勧めるみたいなやり方は。

 俺と初月が目線を向けると、あからさまに目を逸らす日向。


「おい、嘘ついて入部させようとしたのか」

「だ、だって! 新メンバーが欲しかったんだもん‼︎ これも委員会のためだよっ!」


 どんだけ必死だったんだよ。そんなに焦らずとも幽霊部員くらいは入れられただろ。

 とにかく失恋更生委員会について改めてちゃんと火炎寺に説明をした。


「──失恋した人を応援する? 全然そんな話聞いてないし、アタシはもう失恋してんのか?」

「うぅ、ごめん。あゆゆからは焼け焦げたクッキーの匂いがしたから……」


 珍しく反省の色を見せる日向。

 さすがに火炎寺の眼力で見られたら怖気付くかと思ったら、さらっと失礼なことを言っているので、怖がっているわけではなさそう。


「クッキー……は分かんないけどよ、別にいいよ。怒ってはないから」


 の割には顔が不動明王ですが。


「よかった〜。じゃあ怒ってないなら入ってくれるよね! ね!」


 こいつやっぱり反省してねぇ!


「いいよ。入ってやるよ。その委員会」

「ほんとー!」

「えぇ⁉︎ マジかよ⁉︎」

「あぁ。なんか人手足りてないんだろ? アタシも部活とか興味あったし。それともなんだ、アタシがいて不味いことでもあんのか? 味覚破壊すんぞ」

「い、いや別に……」


 意外な返答だ。一匹狼として有名な火炎寺がこうも簡単に入会を承諾するなんて。

 生徒会にはあっさり部活として認められそうだ。

 てか、さっきから俺にだけ当たり強くね⁉

 日向は大喜びで、「あゆゆは太鼓持ちね!」とさっそく役職を決める。


「じゃあ、わたしが書類まとめときますね」

「ありがと〜ういちゃーん!」


 日向は初月に抱きつく。既に見慣れた光景となってしまった。


「よぉし! じゃあカイチョー公認となった失恋更生委員会ワタシたちの初更生は、あゆゆの失恋更生だねー!」

「アタシはいらねぇよ、そんなの。他の奴とかいないのか?」

「えぇー、委員の失恋更生だって立派な活動だよー?」

「いらねぇって言ってるだろ。……アタシにとって無駄でしかないから」


「…………あ、あの……ま、待ってください!」


 空気がヒリつき出した中、初月が振り絞った声で呼び止める。


「あ?」

「ひっ‼︎」


 凄む火炎寺に初月は戦慄する。ハムスターが猫科最強のライオンに挑むようなものだ。

 しかし、彼女は諦めなかった。


「そ、その……無駄じゃないです。その気持ちはすごく、火炎寺さんにとってとても大切なことだと思うんです……! その恋、わたしが手伝ってもいいですか⁉︎」

「こ、恋って……だからそんな大それたもんじゃ……」

「恋、とまではまだ言えないかもですけど、好き、ですよね。雪浦くんのこと」

「す、好き⁉︎ アタシがか?」

「はい。そうだと思います。だって日が経つにつれて、心が苦しくなるんですよね。そ、それは──絶対好きになってますよ!』


 途中から初月は、常に持ち歩いている拡声器を持ち出した。


『想いってどんどん膨らんで、心を圧迫するんです。言葉にするのは早い方がいいんです』


 この言葉は経験した初月じゃないと出ない。

 彼女もまた一人で長い間苦しみ続けていた。

 きっと火炎寺も自分と同じようになってしまうのではないかと、心配しての言葉だろう。


『好きになったら負けなんです。火炎寺さんは雪浦くんにもう負けているんですよ』

「ま、負けだと……。じゃあ、勝つにはどうしたらいいんだよ⁉︎」

『そ、それは……』

「そんなの簡単だよ! その学年一位から逆に告白されればいいんだよ!」


 日向が自信満々に答えた。

 好きになったら負けなのであれば、相手に自分のことを好きになってもらえればいい。

 そして、告白されてからOKと返事。晴れてカップル成立の大勝利となる。

 全国模試一桁台の天才たちが織りなす恋愛頭脳戦ってか。ま、俺らが後ろ盾にいる時点で偏差値低そうだけど。主にそこで「ガハハッ」と笑う委員長が。


『ど、どうですか……?』


 火炎寺は少し悩んでいたが、


「──分かったよ。アタシは、もう負けたくない。恋愛だけでもあいつに勝って告白させてやる! だから頼む、手伝ってくれ!」

『は、はい……!』


 火炎寺は初月の手を取り正式に依頼した。


『ひなたちゃん、七海くんごめんなさい。失恋更生委員会の方針とは少し違うけど、これはわたしが火炎寺さんを手伝いたいと思ったんです。せめて補習が終わるまで許してくれませんか?』

「うん! 許さない!」

『ふぇっ⁉』

「失恋更生委員会としてじゃなくて、ういちゃんがしたいと思ったことをするべきだよ! それならワタシたちも手伝うよ! あゆゆの恋をワタシも応援する! だって、ワタシたちは友達だからね!」

『ひなたちゃん……ありがとうございます』


 初月が感謝を述べると、日向は「ふふーんっ!」と鼻高々に笑った。


『七海くんは、どうかな……?』

「ま、まぁ、俺も可能な限り手伝うよ」

『ありがとう……!』


 ここまで付き合わされたもんだし、今さら何をしようとも手伝おう。

 氷水の一件で初月には申し訳ないことをしたから、その罪滅ぼしともいえるし、なくてもそうさせてほしい。


 初月が火炎寺に色々と質問している間、俺は日向に尋ねた。

 内容は失恋センサーについてだ。


「お前の鼻が反応したけど、告白はまだってことは、既に諦めてるとかそういう感じか?」

「うーん、それとは違うかな。ムズムズっていうより、ムギュって感じだから」

「いや、分からんけど」

「あゆゆは恋したことをまだ認めてないんだよ。だから、アプローチしていく上で、自分の気持ちに気付いて、それから失恋する感じだね!」

「結局フラれんのか……」

「まぁね~、ワタシの失恋センサーは確信したものだけ匂うからね。つまり匂った時点で失恋確定なのだっ!」

「最悪な能力だなそれ!」

「ま、最後までどうなるかは分かんないよ。ワタシはみんながハッピーになってくれるならそれでいいから!」

「ハッピーにって……失恋するのを喜んで待つお前がか?」

「も〜七海くんったらー! ワタシがそんな鬼みたいなことするわけないじゃん!」


 現にしてたろ! しかも俺らにやってたんだよ! 

「滅殺滅殺〜」って物騒な言葉で俺の頬を何度も刺すな!


「ワタシにできることは失恋更生だけじゃない。それを今回証明してみせようじゃないか!」


 すると日向は、行儀の悪いことに、机の上に立って音頭を取る。


「さぁ諸君! あゆゆの恋を頑張って実らせるよー!」

「そうやって言葉にされると恥ずかしいな……」


 照れる火炎寺。こうやって見るとやっぱり女の子らしいところがあるから、案外簡単に落とせたりしそうだけどな。


「あ? 何見てんだ。目ん玉串刺しにしてみたらし団子にしてやろうか?」


 前言撤回! 恐怖の権現でしかねぇ!


「それじゃ明日授業が終わったらすぐに本部で集合ね!」

「お前は補習行けよ」

「……え?」


 日向はゆっくりと机から降りる。


「……何かの冗談かな?」


 不思議そうにこっちを見るな。現実を見ろ。


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