第56話
ヴィオラが、案内されたのは所謂貴賓席だった。普段は上官が全体の動きを確認するために座っている場所なのだが、騎士団と合同演習中であるから席は空いていた。おかげでヴィオラは一段高い場所から演習を見ることが出来た。もちろん、眼下には黄色い声を上げるご令嬢たちの姿も見える。
(アルベルトお義兄様、様々ね。日傘さしてあんな所に立ってなんていられないわ)
海風が吹いてきて、なかなかに居心地はいいのだが、何しろ見渡しのいい丘の上だ。頭の上からの陽射しを遮るものなんてない。ご令嬢たちは演習を見て、砦の街で休憩をして夕方に街に帰るのだろう。
貴賓席にヴィオラがいることを目敏く見つけた令嬢もいたようだが、セレネル家の家紋の付いた馬車を見て黙ったようだ。
(でも、こんな遠くちゃ顔なんて分からないじゃない)
ヴィオラは内心舌打ちをしたけれど、着いてきたメイドは嬉しそうだ。それはそうだ、ヴィオラは騎士に近づきすぎなくて、メイドの自分は騎士様を近くで見られるのだから。
「騎士様たちが、帰るまで毎日来ましょうね?」
ヴィオラが微笑んでそう告げると、メイドは上擦った声で返事をした。
そうして次の日、ヴィオラが訪問すると貴賓席の前に騎士が二人立っていた。一人はスラリと背の高い、鳶色の髪に鳶色の瞳、騎士服を嫌味なく着こなしているまるで王子様のような人。
そしてもう一人は、ヴィオラが知っている人だった。
「はじめまして。で、よろしいかしら?」
ヴィオラが探るように挨拶をすると、目の前の二人は騎士としての礼をした。
「この度は、お気を遣わせてしまい申し訳ございませんでした」
そんなことを言われてしまえば、ヴィオラは全力で否定するまでだ。
「とんでもございません。私の方こそ、危ないところを助けていただき感謝しております」
そう言って、ちらと視線を動かしてもう一度確認をする。
(うん、やっぱりダニエルよね)
「お嬢様、お探しの騎士なのですが」
鳶色の騎士が口を開いた。
「はい」
「こちらの・・・ダニエルになります」
ダニエルはゆっくりと頭を下げた。
「ダニエルと申します」
(知ってるわよ)
ヴィオラは内心突っ込んだ。やはり以前より三割増はカッコよくなっている。これじゃあ、エリーゼが浮かばれない。裏切り者の婚約者が異国の地でこんな変貌を遂げているだなんて。
「ヴィオラ・セレネルと申します」
ヴィオラも恭しく頭を下げた。そうして、頭をあげると、ヴィオラはよくいるご令嬢のように目を輝かせてダニエルに近づいた。
「あの時は、本当にありがとうございます。私、あまりのことに体が全くうごかなかったんです」
そう言って熱っぽい目でダニエルを見つめた。当然ながらダニエルは驚いて目を見開いた。名前まで名乗ったのだから、分からないはずなどないのに。
「お怪我がなくて何よりです」
ダニエルもいかにも騎士らしい当たり障りのない返事をした。それを聞いて、ヴィオラはにっこりとか微笑んだ。そうして、カバンの中からなにやら取り出すと、ダニエルの前に差し出した。
「これ、騎士団の紋章を、刺繍してみましたの・・・受け取って頂けるかしら?」
熱っぽい目で訴えられれば、断ることは出来やしない。
「有難く存じます」
ダニエルはヴィオラの手からハンカチを受け取った。
「ですが、申し訳ございません、ヴィオラ様。私はまだ見習いなのです」
ダニエルがそう言えば、
「まぁ、そうですの?信じられませんわ」
ヴィオラは大袈裟に驚いて見せた。
もちろん、知っている。
だからこそ、オーバーリアクションをして見せた。こんなこと、以前のヴィオラでは考えつかない反応だ。
「ですから・・・」
「使ってくださいませ、騎士様」
ヴィオラはあえてダニエルを騎士様と呼び、小首を傾げて見せた。
「あ・・・はい。ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
ダニエルは隣に立つ鳶色の騎士をみて、ようやく承諾の返事をした。恐らく、この見目の良い鳶色の騎士が上官なのだろう。平民となったダニエルには自由に発言する権利はないのだ。
「ふふ、演習頑張ってくださいませ」
ヴィオラはにこやかに二人を見送った。ダニエルは随分と背も伸びたようだ。やはり体を鍛えているからなのだろう。
「ちょっとずるいわよね」
ヴィオラはメイドに聞こえないぐらいの小さな声で、そっと呟いた。
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