第52話

 ヴィオラは部屋で一人考え込んだけれど、結局答えなんて出てこなかった。確かにイベントは起きたけれど、内容はもはやヴィオラの知らないことになっていた。大筋の流れはあっている。けれど、登場人物が違う。


「カッコよすぎるじゃない」


 さっそうと現れて、ヒロインを助けて名前も告げずに去っていく。やってる事がもはやヒーローではないか。これは本当に、もはやヴィオラが攻略されてしまう。


 こんなのは反則だ。


 トーマスからダンスの時に簡単な説明をされたけれど、もちろん、こちらに来てから本人からも聞かされてはいたけれど、カッコよくなりすぎだ。


「ヴィオラ様、夕食のお時間にございます」


 アレコレと一人で考え込んでいたヴィオラは、うっかり時間の経過を忘れていた。もちろん、自分の周りに常に人がいることさえも。


「あ、そうなのね。わかったわ」


 本当にめんどくさいことに、自宅だと言うのに夕食の前に着替えをするのだ。一応義理の兄弟という設定なのだから着替えなんてしなくてもいいとは思うのだけれど、この邸の使用人たちはヴィオラをきせかえ人形の如く着替えさせ、飾り立てる。もちろん、全ては主であるアルベルトのためであることぐらい知っている。


「お待たせしました。お義兄様」


 ヴィオラが食堂に着いたときには、すでにアルベルトは席に着いていた。本来なら、主であるアルベルトよりも遅い着席はしてはならない。けれど、ヴィオラは義理の妹であり、その扱いは毎日がお客様のようなものなのだ。


「大して待ってはいないよ、ヴィオラ」


 そう言って微笑むアルベルトは落ち着いた微笑みを浮かべていた。

 そうして食事をしながら、たわいのない会話をするのだけれど、ヴィオラはどうしても聞きたいことがあった。けれどそれを自分から口にしてもいいものか悩んでしまう。


「今日は大変だったね」


 アルベルトの方から口にしてくれて、ヴィオラは内心ほっとした。


「ええ、でも・・・怪我もしませんでしたわ」

「そうだね。まさか騎士団が居合わせるとは驚いたよ」

「騎士団?」


 ヴィオラは思わず手を止めた。確かダニエルは騎士学校に入ったのではなかっただろうか?騎士学校は一年間だと聞いていたけれど?違ったのだろうか?


「ああ、あの制服は見慣れなかっただろう?あれはこの国の騎士団のなんだよ」

「と、言うことは騎士様が?」


 ヴィオラは一応探るように聞いてみた。さすがにストレートに『ダニエルでしたよ』なんて言えるわけが無い。


「ん、ああ。騎士学校の生徒を連れて演習に来ていたそうだ」


 何となく、アルベルトの口調が滑らかでないのは、あの場にダニエルがいた事を耳にしたからだろうか?


「まぁ、そうでしたの。私、とても運が良かったのですね」


 ヴィオラは普通に喜んでみた。普通の貴族令嬢ならば、騎士様は憧れの対象だろう。そんな人に颯爽と助けられたのだから、ちょっと恋する乙女になってもいいだろう。ただ相手がダニエルなのだが、名乗ってもらっていないから、正体を知らない騎士様だ。

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