第383話『吊り橋効果』と『急に止まったエレベーターに閉じ込められた二人』

 ポケットの中で四発目を撃つ間宮。


「おい…」


「お前…。マジか…」


「あ、ごめんね。手が滑ったわ。残り二発か。おお。出ないもんだね。この遅漏拳銃君は。なかなかいい仕事するねえ」


「あ、あれだろ!お前!実は弾は入ってない!そうだろ!」


「だったら小泉さんが糸を上ればいい。そうだろ。弾が入ってねえって言うんだろ。当たりだよ。入ってねえよ。だから撃てよ。撃っていい?」


「待てえええええええええええ!」


「んだよー。伊勢さん打つかい?」


「おめえ…。マジか…」


「伊勢さーん。こりゃいい機会なんすよ。『身二舞鵜須組』のナンバーワン、ナンバーツーの両方をさらっちまった時点で前に出るしかねえよ。二分一。50%を潜れねえようならこの先どれを選んでも失敗する。断言する。今後の二択はすべて外す」


 そう言いながら間宮がポケットから拳銃を出す。続ける。


「いやさあ。『吊り橋効果』ってあるじゃないすか。吊り橋の上で男女二人がドッキドキってやつね。あれって同性でもあるんすかね。今二人ともドッキドキでしょ?残念だけど俺は全然ドッキドキになれなかったんで分かんねえんすよ。関谷さんもそうみたいだし。あと、『吊り橋効果』って『急に止まったエレベーターに閉じ込められた二人』でもおんなじ効果があるんすかねえ。急に止まったエレベーターっすよ。そんなの人生でないでしょ。普通に考えたら。その日、そのタイミングで乗り合わせた二人。初めて会った二人がエレベーターに閉じ込められるんすよ。そりゃあドッキドキじゃないすか?エレベーターってだいたいカメラ付いてるでしょ。でもあんなのどうとでもなるし。犯すかい?尿意は急に止まらない。便意はもっと止まらない。閉じ込められた空間で尿意を催したらどうなるんすかねえ?目ぇつぶっててもらいます?臭いますよねえ。どっか違う方向見ててもらいますかね?音が丸聞こえっすよねえ。じょばじょばって。着てるコートを差し出すかい?それが紳士かい?でも臭うっすよ。それがいいって野郎も多いでしょう。クソならもっとっすよ。え?ナイロン製の上着?ビニールのエコバック?いいねえ。そういう奇跡はロマンっすよ。あれ?何の話でしたっけ?そうそう。時間で思い出したんすけどね。時間てのは二種類あるんすよ。知ってます?『ニュートン時間』と『ベルクソン時間』。『ニュートン時間』ってのは時間そのもののこと。絶対的な時間すよ。三時なら三時。三時五分なら三時五分。一秒の狂いもねえ時間。まあ時間ってのはそういうもんでしょ。一秒が六十回で一分。一分が六十回で一時間。一時間が二十四回で一日。一日が三百六十五回で一年。おっと、うるう年とか言うなよな。揚げ足取りだぜ。狂うことがねえ絶対的な時間を『ニュートン時間』と呼ぶ。なら『ベルクソン時間』は。それは体内時計のこと。嫌なことをやってると時間が進むのが遅く感じる。逆に楽しい時間はすぐに終わる。夏休みがあっという間なのは『ベルクソン時間』がはええからだ。でもね。俺いつも考えてたんすけど。だったら『ベルクソン味覚』があってもいいんじゃねえって。思い出の味はうめえっすよね。思い出補正で美味さ百倍っすよね。飯は何を食べるかが大事ではなく誰と食べるか、どこで食べるかが大事ってあながち合ってると思うんすよね。ガキの頃の運動会で食べたおにぎりは美味かったっしょ。あんたらも食ったでしょ?おにぎり。遠足でもいいよ。今、拳銃を突き付けられて生きた心地がしねえ状態でさあ。喉もカラカラ。こんな状態で死線を潜り抜けた後に飲む水はうめえんでしょうねえ。極上だ。炎天下の中走り続けた長距離ランナーが全身カラッカラの状態でゴールインしてから飲む水はあんたらが毎晩女と飲むたけえ酒よりうめえんだろうなあ。おい。いい加減覚悟決めろや」


 間宮の長い演説の後、伊勢が言う。


「俺がやる…。ただてめえのことはてめえでやる。貸せ」


「ちょ!待て!俺が!」

 

伊勢の言葉に送れて小泉も叫ぶ。


「小泉さん。残念。早いもん勝ち」


 そして伊勢に拳銃を渡す間宮。それを受け取り俯きながらぶつぶつと呟く伊勢。


「…ったんぜ…、…ったんぜ…、やったんぜ…、やったんぜ…」


「伊勢さん。50%っすよ」


「やめろ!」


 小泉が叫ぶ。


「まあまあ。フィフティフィフティっすよ。労せずバーンもありますから。残り物には福があるとも言いますからね」


 小泉へと声をかける間宮。


「やったんぜ…、やったんぜ…、おりゃああああああああああ!」


 伊勢が自らのこめかみへ銃口を当てる。そして。


「なーんてな。ばああああああか」


 その瞬間、自らのこめかみに当てていた銃口を小泉の方へと向ける。


 カチッ、パキューン!


 弾は見事に小泉の額を貫く。そのまま空になったはずの拳銃を何度も打つ伊勢。


 カチッ、カチッ、カチッ、カチッ。


「伊勢さん」


「間宮ぁ。これは違反じゃねえよな」


「正解です。百点満点です。糸の上り方はいくらでもあったのに。小泉さんは運が悪いというより頭が悪かったっすね」


 関谷はそれを見ながら黙ってタバコの煙を口から吐き出していた。そして伊勢の目はソロバンヤクザのそれではなくキチガイのそれになっていた。

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