第353話メシwithタバコ

「ふん。またお前か」


「狭山のおじき。自分ですいません。でもここのコーヒーは美味いんで。他の店で飲むよりはどうしても足がこっちに来てしまうんです」


「ふん。上手ばっか言いおって。極道もんにコーヒーの味が分かるんか。その辺の自販の缶コーヒーをコップに入れて出しても美味いと言うて飲みよる」


「かもしれませんね」


「いらっしゃいませー。あ、住友さん」


「こんにちは」


「ふん。愛子ちゃんもそいつは客じゃない。挨拶もいらんぞ」


「でも…」


「狭山のおじきの言う通りですよ。自分には気を使わないでください」


「で。お前のことじゃ。コーヒー以外の目的があるんじゃろう。さっさと言わんか」


「ま、ま。とりあえず一番の目的であるコーヒーを先にいただきます」


「ふん」


 そして愛子が運んできたカップに淹れられたブラックコーヒーに口をつけ、同じくテーブルに運ばれてきた灰皿を手前に置き、胸ポケットからタバコを取り出し口に咥えて火を点ける。そして煙を吐き出す。一口コーヒーを味わってはタバコを吸う住友。


「ふん。お前はメシ食いながらタバコ吸いそうじゃ」


「ぷっ。なんですか。でもあながち間違ってないと言いますか。面白い表現ですね」


「そうなんですよ。住友さん。狭山さんって表現がすごく面白いんです」


「なにを言っとるか。こいつんところの親分に比べたらわしゃ全然普通じゃわい」


「それで愛子ちゃん。悪いんだけどタバコ買ってきてくれませんか。銘柄はこれです。釣りはいいです」


 そう言って一万円札を一枚、愛子に差し出す住友。


「ふん。貧乏ヤクザが見栄張りおって。それに愛子ちゃんはウチの従業員じゃ。それを勝手に。まあええ。愛子ちゃんよ。買って来てやってくれんか。カートンではなく一箱でええぞ」


「でも…」


「ええんじゃ。こいつらは見栄ばっか張りたい生きもんじゃから。近くでタバコを売ってるコンビニは分かるな」


「はい」


 そして一万円札を握り締めて店を出ていく愛子。


「で。あの子をところ払いしてまで聞きたいことはなんじゃ」


「さすが狭山のおじき。話が早いです。渡りをつけて欲しい人物がいます」


「誰じゃ」


「『身二舞鵜須組』組長の関谷さんです」


「『身二舞鵜須組』の関谷じゃと」


「はい。関谷さんは『血湯血湯』の直参である『土名琉度組』の人間でもあります」


「まあ、『血湯血湯会』系にも何人かは話が出来る人間はおるからそれはなんとかなるが…。お前、なにを考えとる?」


「あの世良さんがこの辺を荒らしてる例の半グレの頭にやられたのは聞いてるかと」


「おう。世良は年こそ若いがそれなりと聞いとった。前にウチの店に来た時も堅気とはいえ雰囲気を持っとった。まあそれでもそうなったということはそういうことなんじゃろう」


「ええ。そういうことです。ウチの補佐である裕木に続いてウチの客分である世良さんまでです。二ノ宮のおじきもイケイケですから」


「ふん。あいつは変わらんのお」


「おやじも考えあってのことです。『蜜気魔薄組』の伊勢を叩いても意味がないのも分かります」


「それで伊勢の上の関谷か」


「はい。半グレの頭の間宮ってのはあそこのかしら、小泉と接触してると聞いてます」


「関谷は伊勢や小泉以上に暴れん坊やぞ。武闘派『身二舞鵜須組』は関谷がいてこそ。お前がいくんか」


「別にただ話をするだけです。問題ないでしょう」


「ふん。それにしてもお前らにしては随分遠回りなやり方をするのお。その間宮って小僧を叩けば終わる話じゃないんか」


「今は時代がなにかとうるさいですからね。例え被害者であろうと極道には人権はありませんから。それに半グレは厄介です。法律勉強してどうすればいいかを知ってます。あいつらにとってヤクザは恐がる理由もないでしょう。暴力を使うが暴力を想像出来ない。だから質が悪い」


「ふん。お前にしてはよう喋る」


「すいません。ちょっと感情的でしたね」


「まあええ。すぐに段取り組んじゃる」


「ありがとうございます」


 その時、タバコを買いに行っていた愛子が店に戻る。


「住友さん。これがタバコです。あとレシートとお釣りです」


「おいおい」


 馬鹿正直にお釣りを渡されそうになった住友が困った声を出す。


「愛子ちゃん。こいつらは一度出した金を受け取るのが『恥』なんじゃ。それに愛子ちゃんを使うとそれだけの価値がある。遠慮せんで貰っときなさい」


「え、でも…」


「愛子ちゃん。狭山のおじきも同じことを言わせると機嫌が悪くなりますよ」


「あ、はい…」


 世良兄が倒れた今、『肉球会』若頭・住友が独断で一気に間宮を潰しにかかる。

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