第98話知らんけど

「おい小僧。遊びにしちゃあちょいと『おいた』が過ぎるぞ。一ミリでも動くと『弾く』」


 間宮の背後には『肉球会』舎弟頭・二ノ宮が。背中に何かがピッタリと当たっているのが分かる間宮。すぐに裕木の目に無言のメッセージを送る間宮。声は一切出さない。


(てめえ、分かってんだろうな。俺を弾けば他の八人がガキどもも巻き添えにする)


 気合と根性だけで仁王立ちしている裕木も間宮の目でそのメッセージを察する。


「…、に、にの、二ノ宮の…おじき…。ここは…、引いて…ください…」


「ああ?何言うとる。裕木。こいつをさらえばそれで済む話やろうが。それより裕木。いけるか」


「はい…。ただ…、ここは…、引いてください…。おじき…」


 声を出さず視線で裕木に圧をかける間宮。状況はすべて分かっている二ノ宮。実は二重尾行の要領で組長である神内のガードについてある裕木と神内組長を後ろからひっそりとガードとして見守っていた二ノ宮。『肉球会』若頭住友からは『好きに動いていい』と言われている。百戦錬磨である二ノ宮にはすぐにピンときた。


「俺が半グレの頭なら『肉球会』の頭を狙う。すぐにうちの神内を狙ってくる」と。


 子供たちと何か話していた二人を見ていた。いつものように菓子を与えながら何か困ったことがないかなどを話していたのだろう。そして。


「俺が半グレの頭なら『弱者』、『守るべきもの』と一緒にいる時を狙う」と。


 トラップにかかったのは間宮の方である。しかし解せない二ノ宮。大切な子供たちがいるからこの場でこの小僧を始末するのはまずい。それは分かる。なら場所を変えればいい話。さらってしまえば済む話。それは裕木も分かっているはず。それを何故止める?何か理由があるはずと察する二ノ宮。


「兄ちゃん。俺のは『サイレンサー付き』や。『プシュ』で終わりや。誰も気付けへん。兄ちゃんも気付けへん。頭ぶち抜かれたら楽やで。知らんけど」


「…すいません。…ひ、引いてください。ここは…」


「ほら兄ちゃん。兄ちゃんが好き勝手やってくれたうちの大事な家族も『引いてくれ』って言うとるぞ。引き金はすぐや。黙ってついてくるか。ここで『プシュ』か。二択でええぞ」


「おじき…。すいません…。…はあ、ここは…」


 そんな三すくみの状況で神内が後ろを振り返らずに言う。


「おい。兄弟。ここは裕木の言う通りにしたってくれるか。ほらほら順番な。飴玉はまだあるからな」


「何言うとる。兄弟。こいつは」


「最初に決めたやろ。そこは健司にすべて任すと。こらこら男の子は女の子を大切にせんといかんぞ。女の子に先に選ばせてやらなあ。それがかっこいい男やぞ。な」


「ええー。でもおじちゃんが言うなら。ほら、先に選べよ。女子」


「わーい」


 そんなありふれた、平和的な日常風景の中、一触即発の状態は続く。


「分かった。兄弟の言葉は絶対や。小僧。そのまま黙ってこの場から消えろ。ただ、少しでも変なこと考えてみい。その時はためらわず『プシュ』や。ええな」


 そして二ノ宮の言葉を聞き、その場からダッシュで立ち去る間宮。そしてそれを見てその場に崩れ落ちそうになる裕木。それをがっちり両手で支える二ノ宮。


「ほれ。しっかいせえ。補佐ぁ。子供たちの前や。あと少しや。我慢せえ。いけるか?」


「…はい。すいません…。おじき…」


「おう。今、うちのかかりつけの『医者』に電話したるから。すぐに連れてったるから。安心せえ」


 そう言って『肉球会』かかりつけの『医者』に電話をする二ノ宮。


「じゃあねえー。おじちゃん!ありがとう!」


「おお。気いつけて帰りや」


 子供たちを見送った神内がようやく振り返り裕木に声をかける。


「裕木よ。いけるか?」


「…はい。おやじ…」


「よー堪えたな。さすがわしの子や。すぐに『病院』連れてったるからな。あと確認や。飯塚さんから預かってる『あれ』はちゃんと押したか?」


「はい」


「…はい」


 神内の言葉に二ノ宮と裕木が答える。『飯塚さんから預かってるあれ』。三人は隠しカメラでこの一連の騒動をすべて動画に撮っていた。

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