第78話 4つの選択肢

 生命の樹からトライアングルラボに戻り少し落ち着くと、私は体調がすぐれない母の見舞いに部屋を訪れた。


 もし寝ていたら起こさないように、そっと扉を開けて部屋をのぞいてみる。しかし、わずかな物音に気が付いたシルビアが、私に気を使って起き上がろうとした。その際、十分な力が入らなかったようで、ふらついてベッドの横に座っている父のエーファンにもたれかかった。

 急いで取り繕い笑顔を向けてくれたが、どうやらまだ体を支えられないほど具合が悪いようだ。

 母に無理をさせていることを察した私は、挨拶だけしてエーファンに看病を任せて出てきてしまった。


 ……負担をかけたかった訳じゃないのに、失敗しちゃったかも。今は焦らないで、もう少し体調が良くなってから一緒に過ごそう。

 もう城に幽閉されているわけじゃないんだし、明日で大丈夫。

 

 そう反省して両親の部屋を後にした私は、みんながいる診察室へと戻ってきた。これから龍人との作戦会議が始まるのだ。


 診察室では、ベッドの上に座るサミュエルを中心に、エマ、ユーリ、アイザック、芽衣紗、ガイオン、バーデラックが周りを囲み、その時を待つ。

 

 私が戻ってきたことに気が付いたアイザックが「シルビアの様子はどうだった?」と聞いてきたので、私は小さく首を横に振り肩を落とす。すると、アイザックの大きい手が私の頭をポンポンと優しくなでてくれた。


 ……お父さんのエーファンよりはだいぶ年が上だけど、アイザックってお父さんみたいだな。


 私が感謝の気持ちを込めてアイザックに笑顔を返すと、機嫌が良さそうな龍人の声が聞こえてきた。どうやらホログラム電話がつながったらしい。ホログラムの龍人がパンッと手を打って、こすり合わせながら話し始める。


「さあて、天の岩戸からサミュエルも戻ってきたことだし、これからのことを整理……する前に! 芽衣紗」

「はいはーい」

「前からサミュエルの髪の毛が長くて邪魔そうだなと思ってたんだよね。だから、それで縛ってみない?」


 龍人に促しで、芽衣紗が手首にはめているゴムをサミュエルに差し出す。何を意図しているのかと首をかしげて受け取ったサミュエルだったが、なんの変哲もないただのゴムであることを確認すると、両手で集めた黒髪を低い位置で縛った。少しだけ短い前髪がハラリと落ちて輪郭を覆う。


 いつもは緑色に変色した右目を隠すために、長い髪の毛で顔が隠れている。そのため、私は顔全体を見たことがなかった。


 ……ほんとサミュエルってば余計な肉がついていないな。


 私は初めて見るサミュエルの顔に新鮮さを感じながら言った。


「……サミュエルって、そんな顔だったんだ」

「あ? 俺はいつもこの顔だ」


 何を言ってるんだ? とばかりにサミュエルが眉毛を上げた。

 すると、今度は芽衣紗が言った。


「なかなかイケメンだよねー」

「お前に男の顔の良し悪しがわかるのか?」

「嘘、ごめん、わかんない。でも、シエラちゃんが可愛いのは分かるよー」

「ひゃ!」


 私は芽衣紗に捕まり、いつも通り頬擦りをされる。

 そんなやり取りの最中、龍人は髪の毛を結ったサミュエルを満足気に見て、「もう大丈夫だね」と言って安心したようにニッコリ笑った。


 何が大丈夫なの? 髪の毛のこと?

 それともまだ他の意味が……


 私の疑問は、再び話し始めたホログラムの龍人にかき消された。


「次の話を進める前に、先にみんなに言っておかなくてはいけないことがある。いい知らせと悪い知らせがあるんだけど……いや、見方を変えれば両方いい知らせでもあり、両方悪い知らせでもあるか。とすると、この場合」


 難しい顔でぶつぶつ独り言を言いだした龍人に、サミュエルが呆れて声かける。


「お前のそれが始まると長くなる。もうどっちでもいいから早く言ってくれ」


 サミュエルの一言にハッとした龍人が、ニヤリと口角を上げて「じゃあ」と言って一つ目の知らせを告げた。


「昨日、ジュダムーアに永遠の命を授けた」

「と言うことは……」

「あと120日は時間があるということか」


 腕を組んでそう言ったアイザックに、龍人はチッチッチと人さし指を立てる。


「もしくは、世界の終末までのカウントダウンが始まったと見るか。いずれにせよ、僕たちはジュダムーアという時限爆弾を120日の間に解除しなくてはならない。くっくっく。最高に面白くなってきた」

「時限爆弾を解除って、120日のうちにジュダムーアをぶっ殺すのか?」


 ガイオンの質問に、アイザックが意見を唱える。


「真っ向勝負をすれば、今の俺たちが束になってかかった所で無理だろう。現に、先日のジュダムーアとの一戦では、逃げてくるだけで精いっぱいだった。ガイオンがこちら側にいるから多少は違うだろうが、それでも戦況をくつがえすのは難しいんじゃないか?」

「確かに。久しぶりにガーネットの本気の魔法を見たけど、かなりヤバかったね……。あの最後の攻撃はしびれたなぁ。体の中は一体どうなっているんだろう」


 嬉しそうに話す龍人に、私は抗議するように言った。


「それに、私のステッキも壊れちゃったんだよ。せっかくカッコ良かったのに」


 ユーリが「また芽衣紗に作ってもらえばいいんじゃないのか?」と言ったが、どうやら魔力を増幅させる素材はなかなか手に入らないらしく、同じものを作るのはかなり時間がかかるそうだ。その事実を知った私は、さらに落胆の色を強めた。

 しかし、龍人はこの状況が楽しいのか、顔がずっとにやけている。


「そうだったね。それに、サミュエルも戦えないとなると、かなりシビアな状況だと言える。さあ、どうする……どう動かせばこの持ち札から完封試合ができるかな? ふふふ」


 私の壊れたステッキに加え、サミュエルの欠損した足。そして、みんなはまだ知らないけどガイオンも魔石を失っている。アイザックも元々魔石が無いし、バーデラックも寿命が僅かしか残っていない。もちろん、寝込んでいるシルビアを戦場に連れ出すなんてもっての他だ。

 唯一無事なのは、ユーリだけか……。


 これで、どうやったらジュダムーアを倒すことができるんだろう。


 良い解決策が見いだせず、一同が言葉を失っている時、龍人が再び悪魔のような笑顔になった。

 この表情をする時は、よくも悪くも、何かを確信している時だ。

 それを体感して知っている私とユーリが、「今度は何を言い出すんだ」と息を飲み込む。


「ここで一つ、解決策をサミュエルに授けよう」

「解決策だと?」


 ……まさか、龍人はこの状況でも解決策を見つけているのか?


 私が期待と緊張で次の言葉を待っていると、龍人に名指しされたサミュエルが警戒するように目を細め、龍人がさらに笑みを深めた。

 そして、龍人は親指を折りたたんだ手のひらを私たちに向けて言う。


「サミュエルには今、四つの選択肢が与えられている。さあ、どれを選ぶ?」

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