第64話 希望の光
すぐそこにシルビアがいる。
そう思っただけで、心臓が早鐘のように鳴りだした。
全身に走る緊張感。
期待なのか不安なのか、もはや自分にも分からない。
ただ分かっているのは、小さい頃からあこがれた、血のつながった家族に会えるということ。
シルビアに会ったら、私は何を思うのだろうか。
私が心を落ち着けるために目をつぶると、龍人の曇った声が聞こえてきた。
「ただ、ちょっと具合が悪いみたいなんだ」
「具合が悪い? どういうことだ、シルビアは大丈夫なのか?」
アイザックが心配そうな顔で龍人に詰め寄った。
「どうやら彼女は、一人でここの住人の病気を治癒していたみたいなんだ。年齢的なものもあると思うけど、多分慢性的な魔力の枯渇と、この環境のせいだと思う。ガーネットは、もともと体が強くないからね。命に別状はないけど、しばらく寝込んでいるんだ」
「そうか……自分より他人のために動くなんて、シルビアらしいな」
「だいぶ回復してきたはずだから、少し面会に行ってみようか」
私は決意を固めるように、大きく頷いた。
龍人がそれを笑顔で受け止め、白衣を翻して歩き出す。
「さあ、こっちだよ!」
体調の思わしくないシルビアを心配しつつ、龍人の案内で地下の一番奥の部屋にたどり着いた。
龍人がコンコンとノックし、そっと扉を開ける。
「お邪魔しまーす。お客さんが来たんだけど、今いいかな?」
「ああ、龍人先生。どうぞお入りください。シルビアもちょうど今起きたところです」
部屋の中から男の人の声がして、私たちを招き入れてくれた。緊張で震える足をぐっとこらえて私も部屋に入っていく。
顔を上げればシルビアが目の前にいる。
私は胸のネックレスをギュッと握り、ゆっくり顔を上げて前を見た。
部屋の隅にある小さなベッドの上に、純白の髪の優しそうな女性が座っている。ややウェーブがかかった髪に光っているのは、私のネックレスと同じアイビーの髪飾り。
間違いない。
この人が、お母さんだ。
龍人の背後にいる私に気づいた女性が、ハッとして固まった。
「シルビア。この子が話していたシエラちゃんだよ」
「シエラ……」
龍人の言葉を聞くと、シルビアの顔がクシャッと歪んだ。そして目にいっぱい涙をためて、震える手を私に向かって伸ばした。
「シエラ……!」
「お母さん……」
気が付いたら、私はシルビアの腕の中にいた。考えるより先に体が動いた。
シルビアのか細い腕が、しっかりと私の背中と頭を抱きしめてくれたので、頭の中にくすぶっていた不安はいつの間にかどこかに行ってしまったらしい。私は空気すら邪魔できないくらい、きつくシルビアを抱きしめた。
「シエラ、一人にしてしまって本当にごめんなさい。あなたを想わなかった日は今日まで一度もありません。あなたの無事だけを祈っていたのに、まさかこうして会える日が来るなんて」
「お母さん……お母さん……」
何かを伝えたいのに、何を言っていいか分からない。口から出てくるのは、ただ「お母さん」という言葉。ありあまる想いをお母さんという言葉に乗せて、何度も呼んだ。
そして、白い息を吐きながら、人目もはばからず感情に任せて十三年分の涙を流した。
少しだけ呼吸が落ち着くと、シルビアは私の顔が見える程度に離れて、頬を撫でながら私にあることを伝えた。
「シエラ。あなたのことを大切に思ってきたのは私だけではありません。ここにいるエーファンは、あなたの父親です」
シルビアの言葉に驚いた私は、パッと横にいる黒髪の男性に視線を移した。
私たちが部屋に入るときに、返事をした人が父親だったらしい。
私と目が合うと、優しそうな黒い瞳を潤ませたエーファンが柔らかく微笑んだ。
「お父さん……?」
「……ああ、そうだ。自分の子どもに何もしてやれないなんて、本当に情けない父親だけどな。俺のせいでシエラを辛い目に合わせてしまって、本当に……本当にごめん。俺がライオットじゃなければこんなことには」
申し訳なさそうにエーファンがうつむき、肩をふるわせた。
それを見たシルビアが首を横に振る。
「いいえ、違います。あなたがライオットであることが問題ならば、私がガーネットであることも問題です。シエラは私とエーファンの愛の証です。私はあなたを愛していることを少しも後悔していません。なぜ人が人を愛するだけで咎められなければならないのでしょうか。私たちが出会わなければ、シエラもこの世にいなかったのですよ」
シルビアの必死の訴えを、龍人が支援した。
「そうだよ。人種差別なんて今更ばっかばかしいじゃないか。魔力の量や髪の色なんて、僕に言わせればただのチャームポイント、ほくろと同じ程度だよ。父親がそんな弱気でどうするの。シエラちゃんだってきっとエーファンの髪の色はチャームポイントくらいにしか感じてないと思うよ。そうでしょ?」
龍人がひらりと振り返った。
もちろん、私だって……
「私は、ライオットのユーリも、レムナントのサミュエルも、シルバーのアイザックとイーヴォも、みんな同じように大好きだよ。人種がなんの意味を持つのか、私にはわからない。そんなことより、私は……」
再び涙があふれてきて、息がうまくできず言葉が詰まった。
シルビアが優しく頭を撫でてくれるのを感じながら、頑張って言葉を絞り出す。
「お父さんとお母さんに……会いたかった!」
私が大声で泣き始めると、エーファンが
私にもお父さんとお母さんがいる。
しかも、私のことをずっと大切に思ってくれていた。
そう思うだけで、今まで経験したどんな嫌がらせや辛いことも、どうで良いくらい些細なことになっていく。
両親の匂いと温もりを感じて幸せに包まれると、私の中から今まで支えてきてくれた育ての母ユリミエラやユーリ、孤児たちへの感謝の気持ちが溢れてきた。
彼らがいなかったら、今の私はない。
こうして両親に会えたのも、みんなが私を支えてくれたおかげだ。
「ユ、ユーリ! 今まで、ど……もありがど……」
「なんだよ……今は俺のことなんてどうでもいいだろ」
ユーリの涙声が聞こえてきた。
きっと、ユーリも私が両親と出会えて喜んでくれているのだろう。
私の中で感謝と幸せな気持ちがあふれ、体がポワッと温かくなった。
全身を暖かい波が巡っていく。
もしかしてこれは、あの時の感覚……?
「シエラ……⁉」
驚いたユーリの声に目を開けると、私の体が眩しいくらいの光を放ち、黄金の光の粒が吹き出して薄暗い部屋全体を明るく照らしていた。
「うわ……なにこれ」
「この間より光ってるな」
サミュエルは表情を変えず、ただ腕を組んで見ている。
初めて光を見た龍人が、がに股で興奮しながら歓喜の声を上げた。
「おぉぉぉぉ、これはすごい! 太陽のように光があふれてくる。まるで
「天照大御神?」
「僕の故郷で伝わる一番偉い神様さ! 太陽を
「へっ⁉ 一番偉い神様⁉」
「プッ……シエラが神様かよ」
こらえきれず、ユーリが「あはは」と楽しそうに笑いだした。
「ちょっとユーリ、何がそんなにおかしいの? 私が神様って……プッ」
「なんだよ、シエラも笑ってるじゃないか」
ケラケラ笑う私とユーリにつられ、シルビアとエーファン、アイザックも笑いだした。ニヤニヤするトワが、「サミュエルも声を出して笑えばいいのに」と言って肘でつついている。
ゴーン
ゴーン
ゴーン
私たちが家族の再会を喜んでいると、外から大きな鐘の音が聞こえてきた。
一体何の鐘だろう。
キョトンとしながら鐘の音を聞いていると、血相を変えたアイザックとイーヴォが目を合わせて口を開く。
「まずい。ジュダムーアが帰ってきた」
「へっ? もう⁉︎ さっき出て行ったばっかりじゃん!」
「……何か嫌な予感がするな」
サミュエルが警戒する様にあたりを見回した。
「見つかる前に早くここを出よう」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕の幼馴染のノラがまだ見つかってないよ」
焦ったイーヴォが必死で訴える。
今回の目的は、龍人とシルビア、そしてノラを救出することだった。しかし、ノラだけどこにいるのか分からない。
「残念だが、今回は無しだ。ジュダムーアがいる中で嗅ぎ回るのは危険すぎる。もう一度策を練り直してこよう。龍人もここに残る様だし」
サミュエルがイーヴォを説得していると、なぜかエーファンの顔が曇った。
「お父さん、どうしたの?」
「今、ノラ……と言ったな」
エーファンの暗い表情に、イーヴォが心配そうな顔をして次の言葉を待つ。
そして、言いづらそうにエーファンが重たい口を開いた。
「ノラは今日、生前贈与の準備で別室に連れて行かれたんだ」
「なんだって⁉︎」
イーヴォが悲痛な叫び声をあげた。
※お時間がある方は、シエラの出生にまつわる作品「シルビアの逃亡」も合わせてお楽しみください。
サミュエルのスピンオフ、「6年の時を経て、俺は今両親の仇を討つ」とセットでライオットオブゲノムのエピソードゼロになります。
【シルビアの逃亡】
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