第12話 エクルベージュの実

 その夜、夢を見た。


 わたしはひとりぼっちでエルディグタールのどこかにいた。

 知らない人たちが沢山行き交っている。


 心細くてまわりを見渡すが、お母さんやユーリが見当たらない。どうやら知らない場所で迷子になってしまったようだ。

 わたしは自力で孤児院に帰ろうと人に聞いたが、みんな口を揃えて「孤児院なんて知らない」「そんなものは存在しない」と言う。


 聞いても聞いても、帰ってくるのは同じ答えだった。


 そんなはずはない、と、わたしは闇雲に歩き始めた。

 しかし、いつまで経っても孤児院らしきものは見当たらない。そんなわたしを見て、街の人はヒソヒソ噂話をしていた。


「あの子は見た目が不気味で捨てられた」

「青白いのに魔力の無い出来損ない」

「使い道のない中途半端ないらない子」


 針のような人々の視線が、後ずさるわたしの皮膚を突き破る。


 ……胸が痛い。


 わたしは視線を避けるように体を小さくし、自分の腕を抱いて走り出した。


 わたしはなんの力もない。

 どこにも居場所がない。

 誰にも必要とされていない中途半端な命。

 

 ユーリ、お母さん、どこにいるの?

 もう、わたしのこと、いらなくなったの?




「ぅあぁっ! ……はぁ、はぁ、はぁ」


 わたしは息苦しさを感じて、ガバッと身をおこした。

 心臓がバクバク暴れ、髪の毛が汗で顔にへばりついている。


 月明りがうっすらと差し込む見慣れない部屋、いつもの使い古したボロボロの布団じゃなく、フワフワした柔らかい毛布。隣を見ると、ユーリが床の上で毛布にくるまって寝息を立てていた。

 そうだ、わたしたち、サミュエルの小屋にいるんだった。


 ……夢か。もうずっと何年も見ていなかったのに。

 

 いつもなら、嫌な夢を見た時はお母さんの布団に潜り込んで気持ちを落ち着かせていた。でも今日はいない。わたしは暴れる心臓の動きを止めるように、胸元をギュッと握った。

 

 ……お母さん、今頃どうしてるだろう。子どもたち、ちゃんと寝れたかな。


 みんなのことを思うと胸が騒いで居ても立っても居られなくなり、外の空気を吸いに出ることにした。

 ユーリを起こさないよう、そっと横を通り抜ける。


 一歩外に出ると、夜風が吹き抜け髪の毛がなびいた。ちょっとひんやりするけど、このくらいの刺激があったほうが気がまぎれるのでちょうど良い。


 上を見上げると、満点の星空が広がっていた。


 濃紺の空に瞬く星、かすかな風に芝生がそよぐ音、小さな虫の声。

 冷静になりたくて外に出たのに、わたしを包む闇と静寂が、今日の出来事を思い出させた。


 村の男に乱暴され、盗賊に足を切られ……。

 最悪なのは、この世で唯一大切なわたしの家族、お母さんと子どもたちがさらわれたことだ。

 わたしは、現実から目をそらすようにギュッと目をつぶった。


「なんだ、眠れないのか」

「えっ⁉ 誰⁉︎」


 警戒して声の方を見ると、暗闇の森から黒いシルエットが見えてきた。

 その腕にはキラキラ光るものを抱えている。


「わ! びっくりした。サミュエルいたの⁉」

「ここは俺の家だぞ。いて悪いか」


 出てきたのはサミュエルだった。

 サミュエルが夕食の時のように向かいに座り、手に持ってる物を一つ投げる。


「わ、なにこれ?」


 キャッチしたものを見ると、ボールの表面がザラザラしており、ザラザラの一つ一つが鏡のように光を反射していた。


「うわぁ、きれい」

「エクルベージュの実だ。夜に採ると美味い」


 言葉少なげにそう言って、サミュエルがシャクッと一口かじった。それを見てわたしも真似して食べてみる。

 皮の下は、歯ざわりの良い甘い果肉が詰まっていて、咀嚼するたびにシャリシャリ爽快な音を立てた。


「本当だ、美味しい」

「甘いものほど光るから、多分それが一番美味いはずだ」

「……そうなんだ」


 サミュエルは、わたしに一番美味しい実をくれたらしい。もしかして、気を使ってくれてるのだろうか。

 わたしは、エクルベージュの実を黙々とかじっているサミュエルを見た。


「ありがとう……その……親切にしてくれて」

「俺は親切なんかじゃない。お前らには早く出てって欲しいと思ってる」

「そう……」


 サミュエルは相変わらず不愛想だった。しかし、なぜかあまり嫌な感じはしない。

 わたしはそれ以上何も言わずに、エクルベージュの実を食べた。

 すると、サミュエルがぽつりとつぶやく。


「まだ死んだわけじゃないんだから、何とかなるだろ」

 

 わたしはその意図が読み取れず、顔を上げて聞き返した。


「え?」

「……生きていれば、どうにでもなる」


 独り言のようにささやくと、サミュエルがゆっくり立ち上がった。


「家の周りは結界が張ってある。それより外には出るな。一旦外に出ると入ってこれなくなるぞ。それに、次は襲われても助けに行かないからな」


 ぶっきらぼうにそれだけ言うと、サミュエルは小屋へと戻って行った。

 サミュエルが言いたい意図はわからなかったが、そのまま立ち去るサミュエルを呼び止めることもできず、わたしは黙って背中を見送った。


「どういう意味だったんだろう」


 わたしの横を、夜風が吹き抜けた。

 ひとりぼっちになると、さっきより冷たく感じる。


「よく分からない人だな」


 感情の見えない表情、素っ気ない言動、嫌なやつかと思ったら助けてくれたり、ご飯を食べさせてくれたり。


「生きていれば、どうにでもなる、か」


 エクルベージュの実を食べ終えると、いつのまにかわたしの心が落ち着いていることに気が付いた。


 ……もしかしてさっきのは、わたしを元気づけようとして言ったのかな。


 少し冷えてきたので、小屋に戻って布団にもぐった。隣では、ユーリがまだ気持ちよさそうに寝ている。わたしは母の代わりに自分を包んでくれる毛布を握りしめ、目を閉じた。


 エクルベージュの甘い実が美味しかったから、今度は朝までぐっすり眠れた。

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