閑話 オセとアルギア④

『運が良い』


『幸運』


『運を味方につけた彼は・・・』


などなど・・『運』という文字が多く登場する物語がある。


それは、この大陸でもっとも有名な物語・・・『勇者アルスト物語』であった。また最近発表された『3人の勇者の物語』にもこの『運』という文字が度々姿を現す。


オセ・ランバルトは物語のこの『運』という文字の多用が気に障っていた。


それは・・あたかも女神イヴァの召喚者である勇者たちが、彼女の御心に寄り添うが故に・・・その女神の愛により『幸運』が巡って来るという印象を読者に植え付けようとしていると感じたからだった。


オセはこの見解を昔、町工場の周囲に暮らす友人たちに話した事があった・・・・しかし、話した結果、友人たちに『おかしい。』『ひねくれてる。』『どうして?オセは、めがみさまが嫌いなの?』と散々責められた。


『そういう事を言いたいわけじゃない。』


そう誤解を解こうとしても幼い友人たちが理解するわけがなく、さらに親に告げ口までされてしまう始末だった。


『物語は女神に傾倒した者が書き上げたのだろう・・・。』


そう胸の内で自らを納得させたオセは、この出来事に懲りてその後一切『女神イヴァ』や物語に関する事を口にしなかった。




『幸運』は女神の微笑みか、はたまた物語の作者の意図か・・・



ホワイトコングの投石を受け、アルギアが崖から落ちた際・・・背中から落下していたアルギアは、運良く崖の中腹に生え伸びていた木の枝に引っ掛かり、川に足から落ちる事が出来た。それにより、頭や背中から川面に強く体を叩きつけずに済みダメージを軽減する事が出来た。


また次に運が良かった事は、川に落下した位置が流れが緩く水深の深い淵であった事だった。5~6m上流の位置から水深が深くなっていたのだが、その数mズレた底の浅い位置に落ちていたならば骨折だけでは済まなかったであろうと思われる。


幼き日から体を鍛え、大人と殴り合いの日々を送り、女神への信仰も信心も持たず、嬉々として戦い続けるアルギアに女神イヴァは微笑んだのだろうか?


その答えは不明であるが、どうあれ強運の持ち主であったアルギアは、ゆっくりと浸みる傷に顔を歪めながらも、そのまま川を下りホロネルの北部にある魔物の森の中心近くまで流れ着く事が出来た。


「うーん・・・一度、戻るか・・・。」


川岸から馴染みのある森に立ったアルギアは、傷だらけの体に目を落としてそう呟くと、失った装備や剣を補填すべくホロネルに足を向けた。


しかし、剣を持たず傷だらけで歩くアルギアを魔物たちが放っておくわけが無かった。


次々と襲い掛かる魔狼やコング、キラーべアに剣を失ったアルギアはさらに肉体に傷を増やしていくのだが・・・・その魔物たちを殴り、蹴り、首を折り、投げ飛ばしながら満面の笑みを浮かべていたアルギアは、武器を持たず己の肉体のみでぶつかり合うあの日々を思い出していた。


「さぁ来い!!もっと・・・もっとだ!!!!!」



****



数日過ぎても未だ謹慎が解けず、相変わらず屋上で寝そべっていたオセに興味を示した男がいた。


先週、会議室にて・・周囲で顔を歪ませている上層部たちに苦笑いを浮かべながら、手にしたオセの提言書に目を通したリドル・オーバス少将は、発する言葉と表情に気をつけながらも心の中ではヒ―ヒーと腹を抱え笑い転げていた。


「ん??」


コツコツと靴音を鳴らして近づいてくるリドルに気づいたオセは、上半身を起こすとニィッ!と笑って近づいてくる眼鏡の男に首を傾げた。男は暑いせいか白シャツの袖を捲り軍服も手にしていなかった。


「君がオセ・ランバルトか?」


「はい。そうですが・・・あなたは?」


「私はリドル・オーバスと言う。」


「え?少将の??」


キラッと反射する長方形で銀縁の眼鏡の奥にある落ち着いた目を細めゆっくり頷いたリドルは、若干くせっ毛の茶色い髪を掻き上げると薄い唇の両端を軽く上げた。


「失礼しました!!」


相手が少将だと知り慌てて立ち上がったオセが敬礼するとリドルは目を丸くした。


「へぇ・・・懲罰を受けたと聞いていたからもっと破天荒なヤツかと思っていたけど、そういうのはちゃんとしているんだね?」


「え?どういう意味ですか?」


「フフ・・君の提言書を読んだよ。面白かった。」


「・・・面白い???」


「ああ。」


真剣に書いた提言書に『面白い』という望んでいない評価を受け、眉をひくつかせたオセにリドルはクスッと爽やかな笑顔を向けた。


「君の言っている事は正しい・・・が、正し過ぎる。」


「正し過ぎる??どういう意味ですか?」


「フフ・・『どういう意味ですか?』が口癖なのかい?」


「う・・・。」


二度繰り返してしまった自分の言葉を指摘され、恥ずかしくなったオセはニッコリ微笑んでいるリドルから思わず視線を逸らした。


「その聞き返し方もあまり良くはないよ。提言書と同じく真っ直ぐ過ぎて上に嫌われる。」


「く・・・俺は別に上に好かれたいわけではないです。」


今度はリドルの言葉に苛立ちを隠さなかったオセだったが、それでもニコニコしているリドルに眉を顰めた。


「私に何のようですか??」


「そう怒るなよ。君は騎士団を変えたいんだろう?」


「!?」


「提言書を読めば分かるよ。でも、騎士団を変えたいなら上に上がるしかないよ?なら上に好かれる方が得策じゃないのかい?」


「それは分かります・・・ですが、私はさほど強くありませんので実力主義のアリエナではそれは難しい事だと理解しております。」


「うん・・・では、どうする?何か考えはあるのかい?」


「はい。まず自分の手足となって戦う・・・いや、表現が良くないですね・・・『相棒』と呼べるべき人物を探そうと思ってました。」


「ほぉ、、どんな人物を望んでいるんだい?」


アリエナ上層部には頑なで融通が利かない人物しかいないと思っていたオセは、自分の言葉にウンウンと頷き興味深そうな目を向けてくる少将に驚くも、その後、キラキラ目を輝かせるドリスが少し可笑しくなったオセは、フゥ・・・と小さく息を吐くと肩の力を抜いた。


「簡潔に言えば、とても強くて賢くないヤツですね。」


「ブフッ!!アハハハハハハ!!それは確かに君にピッタリだ!」


「あはは・・・でも、そんなヤツはいないでしょうから・・。」


自分の回答に吹き出したリドルを目にし、苦笑いを浮かべたオセだったが・・・


「いや、それがいるかもしれないんだよ。」


「え!?いる!?!?」


笑い過ぎて目尻に滲んだ涙をハンカチで拭いながらそう答えるリドルにオセは思わず声を上げてしまった。それがまたツボにハマったらしくリドルは苦しそうにお腹を抱えている。


「あの・・・・・。」


「ごめんごめん!ホロネルに面白い男がいるらしいんだ。」


笑いながら眼鏡をクイッと上げたリドルは、少し不機嫌になっているオセにそう告げると今度は静かに微笑んだ。



****



アルギアがホロネルに戻ってきた時、門番だった男が全身血だらけのアルギアを魔物か魔族と勘違いする程の様相であった。


何しろ右手にはねじ切ったグリズリーの頭部を持ち、左手で大きな魔狼を引きずっていたため、門番の警笛により急遽集められた騎士たちが、それがアルギアだと認識出来たのは目と鼻の先程の近さになってようやくであった。


動揺する騎士たちを余所にニタリと笑ったアルギアは


「土産だ。」


と言って騎士たちに向かって魔狼を放り投げると、魔獣のような男でも地元に戻ってきた安心感からか前のめりに倒れてそのまま意識を手放した。



-イヴァリア歴3年6月某日-



傷痕は残るも治癒魔法士のお陰で傷はすっかり癒えていたアルギアは、装備が整い次第またすぐに森に戻るつもりでいた。


しかし、あまりの様相で戻ってきたアルギアをホロネル上層部は『これ以上放置しておくのはかえって危険だ。』と判断した。そして、魔物の森で自由にさせたことで更に強くなり想像以上に野生化していたアルギアを恐れたのだった。




「お前が噂の異端児か??」




食事に睡眠薬を盛られ、寝ている内に牢獄に閉じ込められていたアルギアにリドルの部下となった事で謹慎処分が解除されたオセがそう問いかけた。


「誰だ??お前は??ん・・見慣れない軍服だな。」


不貞腐れて床に寝転がっていたアルギアは、ゴロッと体をオセの方に向け逆に問い返した。その際にアルギアの両手足を繋ぐ重そうな鎖がガチャガチャと音を鳴らしてた。


「アリエナ騎士団から来たオセ・ランバルトと言う。さっそくだが、ここから出たくないか?」


「ああ、出たいさ・・ん?お前出してくれんのか??出してくれよ!!オレはここに閉じ込めたヤツらぶちのめしに行きてぇ!!!」


ジャラジャラと鎖を鳴らし徐に立ち上がったアルギアが鉄格子を掴みガチャン!ガチャン!と揺さぶり鳴らすと、オセは自ら振っておきながら『アリエナ騎士団』という言葉には一切反応を示さず『出る』という言葉だけに興奮するその男にため息を吐いた。


「はぁ・・・それでは出せない。」


「はぁ?」


「そんな事をしたらお前の望みは叶わなくなるぞ?」


「あ?お前は俺の望みを知ってるってのか?」


「ああ。お前は強いヤツと戦いたいんだろう?」


「あ?そう・・・だが・・・望みを叶えてくれるのはお前では無さそうだ・・・お前は弱そうだ。」


「そりゃあそうさ、俺の武器はここだからな。」


ギロリと威圧を込めて睨むアルギアに、恐れる事無くオセはそう言って人差し指でトントンと自分のこめかみを突っついた。


「はぁ?何だそりゃ?」


『力の事以外興味無い。』と言いたげに、冷めた視線を向けるアルギアだったがオセは『強くて賢くないバカな男だ。』と改めてそう思いニヤッと笑顔を浮かべた。


「まぁいい・・俺の言う事を聞けばお前の望みを叶えてやるが、お前をここに閉じ込めたホロネル騎士団上層部をぶちのめすってのは却下だ。」


「チッ・・・なら「話は最後まで聞け!」


今一番の望みが叶わないと知ったアルギアは、これ以上この男の話を聞く必要はないと思い再び寝転がろうとしたがオセの次の言葉に驚き目を大きく開いた。


「お前はまず、勇者であるユウタ・カザマと戦ってみたいと思っているはずだ。」


「!?」


「だが、勇者は神国イヴァリアの結界の中・・・・お前のように素行の悪い者が中に入れる分けが無い。」


「チッ・・。」


「次に魔族の王であるバスチェナは倒されたと聞くが、それなら他の魔族と戦ってみたいと思っただろう。しかし再び戦争に発展する事を恐れた上層部に止められたはずだ・・・・が、魔物と戦う許可をもらえたのは良かったな・・・ホロネルにいる騎士ではお前には敵わない。訓練も退屈だ。」


「ああ・・・そうだな・・・。」


アルギアは饒舌なオセに何度も瞬きをしながらポカンと口を開いていた。


「分からないのは魔族と戦う事を上層部に止められたとは言え、それにお前が従った理由だ。」


「ああ。それは、戦争になればまたオレの家族や炭鉱に暮らす人たちがたくさん死ぬことになるって言われたからな・・・それにまた炭鉱の闘士たちの力も借りなきゃいけないって・・・・それはもうご免だ。」


「そうか・・・・お前なら相棒になれそうだ。」


「相棒??お前とか???」


「ああ。」


微笑み頷く弱そうなオセを見て、アルギアは幼い頃に父親と一緒に炭鉱で働いた男を思い出した。その男はまだ小さかった自分にも勝てない弱い闘士だったが、それでも父親はその男を嬉しそうに『相棒』と呼んでいた。


そして、楽しそうに笑い合う父親とその男を羨ましく思っていた事も・・・。


「相棒か・・・それも良いかもな・・。」


小さ過ぎたアルギアの呟きを聞き取れなかったオセは言葉を続けた。


「お前は魔物の森からさらに北にある未踏の地に生息している魔物たちと戦いたいんだろう?」


「お??おお!!」


「調べたところ、お前が行った山を越え、また遥か北に向かった先に魔獅子という魔物がいるという伝説があるらしい。」


「おお!?そいつは強ぇのか???」


「伝説だからな・・・行ってみなければ分からないだろう?が、俺の言う通りにすれば未知の魔物とも・・・いずれユウタ・カザマとも戦わせてやる。」


「それは本当か?」


「ああ!!」


「分かった!!!」


ニッ!!と笑ったオセにアルギアはニカッ!!と嬉しそうに顔を綻ばせた。



****


それから数週間後・・・・


「はぁ?勝っただろうが!?」


「確かにそうだが、お前、自分の並外れた身体能力と動体視力が微妙に噛み合わない時がある事に気づいてないだろ?」


「どうたいしりょく??それは強えのか?」


「そこからかよ!」


ホロネルの騎士数名との模擬戦を終えたアルギアにダメ出しをするオセであったが、アルギアは何だかんだ言いながらオセの言葉に耳を傾けていた。


また、何だかんだ言いながらもオセはアルギアに分かりやすく嚙み砕いて説明していた。


全く別のタイプの二人は急速に仲を深めていくのであった。



そして・・・・さらに数か月後・・・・



「よぉ・・・久しぶりだなぁ。」


不敵な笑みを浮かべるアルギアは、真っ白な体毛に覆われた魔物の群れと対峙していた。その背後ではオセが腕を組んで立っている。


「ギィイイイイ!?」


「アギャァアアア!!!」


もう二度と来てほしくない・・・そう望んでいたのに・・・・


ホワイトコングたちは再び訪れた恐ろしい生き物の姿を目にして顔を歪めた。



____________________________



夏季休暇前に仕事が立て込み更新遅れました( ノД`)シクシク…


お読みいただきありがとうございますm(_ _"m)読んでみて面白かったと思っていただけましたら、応援や星、レビューしていただければ嬉しいです(o_ _)o))






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