第54話 籠城

「あれ?」


アリエナ城を囲う城壁を飛び越えていたエストは、ミューレルたちは無事中に入れた事を喜び合っているだろうと思っていた・・・・が、城内に着地して目に飛び込んできたのは慌ただしく動き回るバガン達の姿だった。


「・・・・。」


「お!!戻って来たか!!お前ホントすっげぇのな!!!」


どこから見つけてきたのか分からないが、数台並んだ馬車の荷台に縄で縛った騎士たちをせっせと積み込んでいる中の一人が、ポカンと口を開いて突っ立っているエストに気づいて声を掛けた。


「おおお!!よく無事で!!」


「ああ!お前のお陰で助かったぞ!」


「あ・・いえ・・。」


「お前背中に羽根でも生えてるのか??」


「ははは!言えてる!あの壁を跳び越えるなんてよぉ!」


「ああ!!目が飛び出るかと思うくらい驚いたぞぉ!」


一人の声掛けによってエストが戻って来たことに気づいた男たちが次々と声を上げるが、男達のその手は止まる事無く騎士たちを荷台に積みこんでいる。


「あの、何をしているんですか?」


「見りゃ分かるだろ?」


「え?」


せっせと動く男たちに視線を振り回されながら問い掛けたエストの後ろに、騎士を担いだバガンが呆れた顔をして立っていた。


「・・・はい、騎士を荷台に積んでるのは分かるんですが・・・。」


「中に入って驚いたぞ。何せ、凄ぇ数の騎士たちがぶっ倒れていやがるんだからな!お前がやったんだろ?」


エストが突然のバガンの問い掛けに歯切れの悪い返答をしていると、バガンの脇から同じく騎士を担いだアルガスが姿を現わしてそう言ってニィッ!と笑いながら目配せをした。


「あ・・・ははは。」


確かにやりました・・・と、エストが頭を掻きながら苦笑いを浮かべたのを見てバガンがため息を吐いた。


「はぁ・・・やっぱりか、なら手伝え!!こんなに捕虜はいらないんだよ。」


「ああ!なるほど!確かにそうですね。分かりました。」


「おい、バガン!なに手を止めてんだよ!」


「っせぇな!!分かってるよ!!ってかアルガスにも言えよ・・・って、てめら!!」


不意に仲間から注意を受けたバガンがムキになって振り返ると、ニヤニヤと笑っている男達に揶揄われたのだと気づいたバガンは声を荒げた。


「後で覚えてろよ!!!」


「「「ハハハハハ!!」」」   


「相変わらずお前の台詞は三流だな。」


「っせぇよ!」


さらにバガンはフッと笑ったアルガスにも揶揄され、拗ねたように口を尖らせたのだが、エストはそんな彼らの雰囲気に唖然としていた。


「・・・・。」


まるで友人の引越しを手伝っているような・・・そんな和やかな空気感に、エストは彼らが先程まで勇猛にアリエナの騎士たちと戦っていた事が嘘のように感じてしまっていた。


『楽しそうだな・・・また、みんなで集まりたいな・・。』と、じゃれ合う彼らを眺めながらそんな事を考えていると、突如背後から声をかけられた。


「あ!?ちょうど良かった!!」


「!?」


エストはその声にピクッ!と体を震わせ振り返ると、そこには黒頭巾を被ったリュナが腕を組み、首を傾げて立っていた。


「あ・・・母さん。」


「ん?どうしたの?ボーっとして。」


「あ、いや・・あんまりにも和やかで驚いちゃって。」


「あはは!そうね。アタシもビックリしたわ。」


「うん・・そうだよね・・・・って、あ!!ごめん。それでどうしたの?」


「ああ、そうそう!これからグルッと北門を周って残っている騎士たちを一掃しながら西門に向かうわよ!セレニーさん達はもう南門経由で西門に向かったわ!」


「え!?あ!?」


そう言っていきなりリュナに手を引かれたエストは、手伝うと言ってしまったバガンに視線を向け戸惑うと、その様子を目にしたバガンが慌てて口を開いた・・・・・が、


「あ!ちょっとコイツは「は??なに????」う・・・・・・お、おい!さっさと運べ!!」


「はぁ?何だよ、急に!!」


リュナに凄まれ一瞬固まったバガンは、誤魔化すようにそっぽを向いて仲間に声を上げると、逃げ・・・仕事に戻るのだった。


「はは・・・・。」


「ほら行くよ!」


「ああ、うん!!分かったから引っ張らないでよ!」


何も無かったように淡々と騎士を運び続けるバガンに乾いた笑顔を浮かべていると、グイッとリュナに引っ張られたエストはそのままアリエナ城の本壁の外周に沿ってリュナと共に西門に向かって走りだした。



その後・・・・



「ん!!」


「や、やめ・・・うぎゃっ!!」


既に逃げ出していた騎士たちや北門の前で構えていた騎士たちを倒し、無事に北門(東門の扉よりふたまわり小さい)の鉄製の扉を閉じたエストたちは途中・・・


「アンタ!峰打ちの決め台詞言ってないでしょ!!」


「い、言ってるよ!!」


「嘘!!聞こえなかったわよ!」


「ちゃんと言ってたって!」


「はぁ?さっきのあのブツブツ言ってたのがそうだっていうの??恥ずかしがらずにもっと大きな声で言いなさいよ!!!」


「五月蠅いなぁ・・・。」


「あー!!親に向かって・・・あ!それ反抗期??もしかして反抗期なの??」


「ちょ、だから五月蠅いって!!ほら騎士いたよ!!」


「大丈夫。反抗したいなら正直に言いなさいって。こう見えてもアタシは寛容なんだから!」


「もぉ・・・しつこいなぁ。」


という、どうでもいい会話を交わしながら西門前に立っていたミューレルやセスたちと合流した。しかし、無事合流出来たというのにミューレルたちは西門の向こう側を見つめながら何とも言えない表情を浮かべていた。


「どうしたんですか?」


「あ、ああ・・・エスト君。いえね・・・ここに来たのは良いのですが、騎士たちの様子に面食らっていたところなんですよ。」


「え?」


門の向こう側を指差したミューレルの指の先に視線を向けたエストは目を大きく開いて驚いた。門から100m程先のところで、大勢の騎士たちが剣を抜かずにただこちらを睨んで立っているのだ。憎々し気に悔しそうに、言葉一つ発せず立っている騎士たちの中には、唇を強く噛み噛んで血を滲ませながら涙をツゥーッと零している騎士もいた。


「え?あれってどういうことですか?」


「そういう命令なんだろ。」


そんな騎士たちを目にして戸惑うエストにセスが簡潔に答えるとミューレルが深く息を吐いた。


「はぁーー・・・・・そうですね。ここまでとは・・・・・騎士たちは悔しいでしょうね・・・。」


「え・・・っ・・。」


エストはミューレルのため息交じりの発言にさらに戸惑いを見せたが、ミューレルの騎士たちを憐れんでいるような・・・それでいておもんばかっているような目を見たエストはその言葉の意味を聞いてはいけないように感じて開きかけた口を閉じた。


「私も昔・・彼らと同じ様な思いをしましたのでね。」


そんなエストの気遣いに気づいたミューレルは、少し俯いたエストにフッと微笑みそう口にすると、パッ!と顔を上げたエストが「あの・・。」と再び口を開いたのだが、それ以上の会話を遮るように後方からパカパカ、ガラガラと大きな音を鳴らしながら幾つもの馬車が騎士たちを乗せた荷台を引いて近づいてきた。


「あ・・・。」


「やっと来たか、遅いぞ。」


「っせぇ!!!何人積んで来たと思ってんだよ!・・・ったくよ。」


西門に着いた馬車を見上げたセスの言葉に怒声で返した馬上のバガンは、ブツブツ文句を言いながら馬から下りると、気だるそうに腰を掻きながら周囲を見渡した。


「あ?門開いてるじゃねぇか・・・って、なんだありゃあ??」


「そうなんです。バガン、ちょっと皆を集めてもらっていいですか?」


ボリボリと腰を搔いていた手を止め、門の向こう側にいる騎士たちの異様な様子に気づいたバガンにいつの間にか近づいていたミューレルが声を掛けた。


「あ??あ、ああ。」




さらにその後・・・




ミューレルの下に集合した馬車を引いてきた者たちは、最初、ミューレルからの現状報告に驚きはしたが、


「・・・・・・ここにセスが城内の倉庫から調達してきた信号弾や銃がありますので、それぞれ好きな物を持って行ってください。それと見張りは交代制でお願いしますね。」


「分かった。」


「ま、いいけどよ。」


「オレも異論は無いぜ。じゃあ、オレは先に見張りに着くぞ。」


「ああ。任せた。時間になったら声を掛けるからな。」


「無暗に発砲するなよ?」


「分かってるよ!」


「よし!なら俺らはまず馬車を出すか!」


と、切り替えの早い彼らはミューレルの指示に淡々と頷き声を掛け合っていた。


そんな彼らに満足気に目を細めたミューレルは、表情を引き締め踵を返すと変わらず騎士たちに視線を向けているエストとリュナに足を向けた。


「見ていても状況は変わりませんよ?」


「あ・・はい。」


「そうね。」


「エスト君、お母様、ここは彼らに任せて城内に入りましょう。」


「え?いいんですか?でも・・。」


「エスト、ここはセレニーさんに従いましょう。」


「はい。この籠城は長く続かないと思いますが、それでもある程度時間は稼げるでしょう。その間に話したい事もありますし、これからの事を一緒に考えて欲しいんですよ。お願いします。」


「わ・・・分かりました。」


何か彼らを手伝いたかったエストだったが、ミューレルとリュナに促されては返す言葉が見つからず城内に向かって歩き始めた・・・・しかし・・・


「よし!!そのまま進め!!!」


「いいぞ!閉めろぉおおおお!!!!」


「回せ回せーーー!!!」


叫び合う男たちの声が耳に届き思わず振り返ったエストの目に飛び込んできたのは、無人の馬車が真っ直ぐ門の外に出ていく光景であった。


「く・・・・。」


そして、閉まっていく扉のその先で立ち尽くしている騎士たちに視線を向けたエストは、一人の騎士の口が『すいません・・イヴァ様・・。』と動いたのを目にすると・・・


『分かり合えないかもしれない・・・だけど・・・。』


涙を流し、無念の表情を浮かべているその騎士の洗脳を解きたいと・・・必ず女神の心魔力晶石を破壊する・・・・と、再びそう強く胸に誓うのだった。




ギィイィイイイ・・・・・



その後、鈍い音を上げながら西門の重い両開きの扉は



ガァアアアアアン!!!!!!!



完全に閉じられた。

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