第26話 ダナン家の出来損ない


アルカスは諦めた。


気絶する事無く、自分の力で『意思の捻じ曲げ』を凌駕出来なければ、常にミューレルかドゥーエを傍に置かなければなくなる・・・それは、彼らの足を引っ張る以外の何ものでもなかった。


また、『女神の心』を破壊する大事なところで意思を取られ、彼らに剣を向けてしまっては本末転倒になってしまう・・・・それを恐れたアルカスは、自らアリエナの『女神の心』が破壊されるまで砦に待機することを決めた。


しかし、そんなアルカスがなぜ集落制圧に参加しているのかと言うと、防衛任務に就いている騎士達の傲慢さを耳にし、腹を立てたからだった。



「セレニーさん・・・お願いです。俺も農村集落の制圧に参加させてくれないでしょうか?」


「え?どうしてですか?騎士と戦う事自体に『意思の捻じ曲げ』が発動するかもしれないと言って事態されたのでは??」


「すいません・・・・ですが、先程の話を聞く限り、集落防衛に就いている者達の態度や行為はとても『騎士』とは言えるものではありません。」


「ああ。なるほど、仰りたい事は分かりました。まぁ・・そこまでであれば、その『魔法水晶』があれば何とかなりそうですし・・・分かりました。良いですよ。」


「ありがとうございます。」


ミューレルの了承を得て、少しでも彼らの役に立てる事に喜びの笑顔を浮かべたアルカスだったが、その後、念のためミューレルの近くにいる事と仮面を着ける事の2つの条件が付けられたのだった。また、念のために自ら『騎士』を殺める事で『捻じ曲げ』が発動しないよう剣の刃を潰したのだった。



****



―イヴァリア歴16年7月14日―


「ちょっと反応が遅れましたね?」


先程アルカスが、腕輪の『魔法水晶』を発動させて『意思の捻じ曲げ』を制御した事に気づいていたミューレルは、厳しい視線をアルカスに向けるとそう問いかけた。


「はい。無事制圧出来た事で気が緩んでいたようです・・・気を付けます。」


悔しそうに声を震わせたアルカスは、自らを戒めるかのように拳を強く握り締めていた。


「はい。そうしてください。」


反省している色が見えるアルカスにそう告げたミューレルは、辿り着いた集落の中央に設けられた駐屯所を見上げると、駐屯所もほぼほぼ制圧状態になっているのが見て取れた。


「制圧完了ですね。」


アルカスの言葉に頷き、『そうですね。』と口にしようと思った途端。



ドォオオオオオオオオオン!!!!


集落の北部から爆発音が鳴り響いた。




「おや!まだのようですね。」



視線を合わせ頷き合った2人は、(アルカスはソーヴェルを担いだまま)火の手が上がった方向に走り出した。



**


「近づくなぁあああ!!!」


燃え盛る家屋の前に立っていた男は、マクナガルと同時に左遷されたドリス・ダナン元少将だった。しかし、そこには見つけたミーナに突如八つ当たりで魔法をぶっ放し、威張り散らしていた以前の彼の姿は無かった。


目に力は無くいつも整えてた髭は垂れ下がり、やつれたドリスはマクナガルに賛同して蛮族に攻め込んだ中の1人であった。罠にかかり無様に逃げ帰ったドリスは、マクナガル同様に階級をかなり下げられ一魔法士の扱いになっていた。


そして、二度の蛮族に対する失態、無様な敵前逃走・・・・そして騎士団から階級を下げられ、


「ダナン家の面汚し」


「ダナン家の出来損ない。」


等と陰でそう呼ばれているドリスの情報がダナン家に届くと、ダナン家はドリスを追放してしまうのだった。



父親からの手紙を受け取ったドリスは人目も憚らず、大声で泣き喚いた。



****



ダナン家はアルスト王国中期から国の発展に貢献した名家だった。特に商工面で名を上げたダナン家であったのだが、近年では剣や魔法に置いても秀でた能力を持つ者がいた。その中の一人にドリスの父親がいた。


ドリスの父親は先の大戦で活躍し、イヴァリアの騎士団中将(アリエナの中将とは位が違い、彼らの感覚的にはアリエナ騎士団上層部の上に、イヴァリア騎士団上層部があるようなものだった。)を勤め上げ、ドリスの先々代もアルスト王国の騎士団の一部隊を率いた男だった。


優秀な面々が揃うダナン家であったが、その一方で、家名を汚すような者は即時に追放、酷い場合は処刑するという非情な一面を持ち合わせていた。


そんなダナン家の現当主であるドリスの父親は、特に規律に厳しい人物であった。それ故に、自身の三男ではあるドリスであろうと『命令違反』や『敵前逃亡』は彼にとって非常に許しがたいものだった。


『家名を汚したお前の名は、既にダナン家には無い。』


一度目の失敗には何とか目を瞑り、集落防衛で己を見直して貰えればという温情を与えたドリスの父親であったが、二度も愚かな行いをした息子に差し伸べる手は持ち合わせていなかった。


****


「くそ・・こんな所で死んでなるものか!」


アルガス達の駐屯所襲撃に泡を食ったドリスは、裏口で蛮族と交戦している騎士もろとも魔法で吹き飛ばすと必死の形相で駐屯所から逃げ出した。


そして、その後一度も蛮族達に立ち向かう事無く逃げ惑っていたドリスは、集落の北へ北へと落ち詰められる。


しかし、逃げながらも周囲の状況にドリスは違和を感じていた。


戦い、逃げ惑っているのは騎士や魔法士がほとんどなのだ。


蛮族はその名の通り野蛮であり、民家を襲っては、老若男女問わず容赦なく殺戮すると聞いていた。しかし、戦闘に巻き込まれた住戸に暮らす村民が数名逃げ惑っているのを見掛けたものの、蛮族達が積極的に民家を襲撃している様子は無く、また逆に周囲で激しく音を上げて戦闘している状況にも関わらず、住人たちが家の外に逃げ出してくる様子も見られない。


「まさか・・・・まさか・・・・・こいつら集落住民たちは蛮族が奇襲を仕掛けてくることを事前に知っていたというのか???」


その事に気づき足を止め、周囲にある一つの住居に顔を向けたドリスの目に窓からチラッと外の様子を伺う住人の姿が飛び込んできた。


その瞬間・・・ドリスの頭の中で何かがブツッ!!と弾けた。



「くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!ふざけやがってぇええええええええええええええ!!!!!!!!!!」



爆破Blast



ドリスと目が合い「しまった!」という表情を見せ、サッと窓から顔を隠した住人に怒り狂ったドリスは鬼のような形相で火の魔法を打ち放った。





ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!




「おい!魔法士がいたぞ!!」


「いやああああああああ!!!」


「あ?」


爆発の衝撃により、破壊され、燃え上げる住居から何とか逃げ出した一人の村娘を見つけたドリスはその女性を捕まえると、爆発音に気づいて集まった蛮族達に右手に持った杖を突き出した。



「こらぁあああああああああ!!!近づくなぁああああああああああああああ!!!」



そして、周りを囲ったアルガス達にそう吠えたドリスは、足に隠し着けていたナイフを左手に持つとその刃先を人質にした女性の首元に当てた。


「おい・・・そんな事をしても逃げられないぜ。無駄な抵抗は止めて諦めろよ。」


「うるさい!!!!!!この娘を殺すぞ!!!!!!!!!!!!!」


仲間の蛮族がドリスにそう呼びかけるも、ドリスは必死の形相で狂い騒ぐ。


その様子に冷たい視線を送っていたアルガスは、


「はぁ・・・これじゃどっちが蛮族か分からんな・・・。」


面倒くさそうにため息を吐いた。事前に、ミューレルから『出来る限り村人たちを傷つけないようにして下さいね。』と余計な事を言われていたアルガスにとって、この状況はかなり面倒くさかった。


「おい・・・お前はどうしたいんだ?」


「許せない・・・許さない!!!お前ら蛮族のせいで・・・・しかもまた嵌めやがって・・・・許さない・・・コロシテヤル。コロシテヤラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


「おい!!(なんだ・・・・正気を失ってんのか・・・?)」


目を血走らせたドリスは、顔を顰めたアルガスの問い掛けにまともな返答をせず、発狂すると村娘の首元に刃先を少し食い込ませた。


「いたい!?あ・・た・・助けて・・・・助けてぇええええええええ!!」


チクッ!!と痛みが走り、首にツゥーーッと血が垂れると、村娘は恐怖のあまりに泣き叫んでしまった。


「うるせぇえええええええええええええ!!!!黙れぇっ!!!!!!」


ガツッ!!!!


「あああ!!」


村娘の悲鳴に苛立ち、怒声を上げたドリスは彼女の頭部をナイフの束で叩くと、自身の前に跪かせ今度は後頭部にナイフを突きつけた。


「お前さ・・人質に取るのはいいが、殺したらお前の命もねーぞ?」


「こいつらもユルサナイ・・・・コケにしやがって・・・・死ねぇえええええええええええ!!!!」


「いやあああああああああああああああああ!!」


「ったく、しょうがねーな!!!!」


狂気に満ちた顔でドリスがナイフを大きく振り上げた瞬間、村娘を助けようと飛び出したアルガスの耳に風を切る音が聞えた。


「!?」


「いがぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


悲鳴を上げたドイルがよろめきながら村娘から後退った。


その隙を逃さず村娘に駆け寄ったアルガスは、ドリスの左腕を見覚えのある一本の矢が貫通している事に気づいた。


「・・・はぁ・・・目立つからその色は止めろと言ったんだがな・・・・。」


綺麗なピンク色の矢の羽に、アルガスは首を左右に振ると軽くため息を吐いた。

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