第60話 壊れていくライト。
―アルストとライトが対峙する10日前 北の砦にて―
コツコツと足音を鳴らしながらライト通路を歩いていた。
北の砦は、2階はエストが訪れた大広間(リビングのようであり会議室でもある)のような部屋があり、その奥には調理場とちょっとした食事場があった。
さらに会議室にはいくつものドアが設けられ、1つは3階への階段につながり、もう1つは1階につながる階段があった。そのドアの1つに
1階では、手先が器用な角族たちがある部屋では服飾を、またある部屋では武具や工具を制作し、またある部屋では木工をする者もいた。
3階と4階はホテルのように通路を挟んで部屋がずらっと並んでいた。(ちなみにバスチェナの部屋は2階にある。)
また砦に入りきれなかった者達など(所帯持ち等)はその周囲に家を構えて暮らしるため、北の砦を中心にそこは一つの集落のようになっていた。
3階の通路を歩いていたライトは階段を下りリビングのドアを開いた。
「!?」
ドアを開けるとバスティナがテーブルに腰かけていた。
「どこに行く気だ?」
「あ?もうここに用は無いから出ていくんだよ。」
「で?」
「それで?どこに行く気だ?」
「どこでもねぇよ。答える義務はねぇよな?」
バスチェナに近づいたライトが睨み上げる。
「無いな。だから個人的に問いている。」
「ハッ!尚更答える理由はねぇな!」
そう言い終えるとライトは出口に繋がるドアの方へ足を向けた。
「アルストの所へ行くのか?」
バスチェナの問いにライトは足を止めると、体はそのままに顔だけバスチェナの方へ向けた。
その目は血走っている。
「あ!?アルストってのはあの女の僕の男の名か?」
「そうだが、ちょっと違うな。」
「あ!?」
「あの男はあの女の僕ではない。」
「はああ!?!?!?どういう事だ!!!!」
唾をまき散らしながらライトが怒声を上げた。
「あんた・・・その、アルストってのに会ったのか!?」
「ああ。思っている以上に話しやすい男だったぞ。」
ギリギリと歯ぎしりの音を立てながらバスチェナの発する言葉を聞いていたライトは、バスチェナに詰め寄ると襟元を掴んだ。
「で!?!?殺したんだろうな!!!!!!」
「いや、軽く会話をしただけだ。」
「ふざけんじゃねぇぇええええええええええええ!!!」
「別にふざけてはいない。」
ライトの熱を余所に冷静なバスチェナは発狂するライトの手をパン!!と払いのけた。
「ぐ!!」
手を弾かれたライトは体勢を崩しテーブルに手を着くが、そのままドンドンドン!!!!と激しく石を加工したテーブルを激しく叩きつけた。
「そいつはルガタの仇だぞ!!!!!・・・・・・・・・・・・・・・あんたと言い、あの気違い野郎といい・・・角族は馬鹿ばっかりだなぁ。」
テーブルに手を付けたままそう言い放ったライトは、眉尻を下げて失望の視線をバスチェナに向けるが、
「はぁ・・自分だけが正しいと思っているのか??」
バスチェナはバスチェナでライトに落胆するように被りを振った。
「だってそうだろう?獣人族を虐殺するアイツらはこの世界のゴミだ!!!それに加担し、ルガタを・・・同族を殺したアルストとかいう男も同じくゴミだ!!!!!!!!」
ライトは自分の正当性を主張するように訴えた。
ルガタとライトは旧知の仲だった。この男になら背中を預けれると思うほど信頼していた。
そして獣人族を狂ったように虐殺する人族を目にしたライトが、その人族を滅しようと思った際に一番に賛同してくれたのもルガタだった。兄弟のように
「いや、あの男とルガタは一対一で戦った。」
「ルガタが人族相手に差しで負けるわけがねぇだろ!!!!!」
「話にならんな・・・付いて来い。」
バスチェナはそう言うとクイッ!と顎で屋上に出る事をライトに示した。
「上等だぁ・・・。」
階段に繋がるドアを開けたバスチェナの背中をライトは血走った赤い目で睨みつけていた。
****
角族は『1対1』で戦う事に誇りを持った種族だった。
『争うならば差しで。』
それが種族では暗黙の了解で『掟』のようなものになっていた。
子供であろうと1対多数の喧嘩など以ての外だった。どんな理由があったとしても、多数にいた方の子供は親にこっぴどく叱られるくらいだった。(喧嘩の理由で否が無くてもその部分は叱られるという意味であり、否がある子はそれはそれで叱られる。)ライトはそんな種族の在り方を『カッコいい』と思っていた。自分がそんな角族である事を誇りに思っていた。
そして、そんな誇り高い種族だからこそ、勝っても負けても勝敗が決まれば互いを認め合う事が出来た。また余程の事で無い限り命を取り合うことは無かった。
たまに自分の力に己惚れる者もいるが、そういう者はだいたいより強い者に叩きのめされる。
それに対して、弱者(獣人族)を大多数で追い詰め殺していく人族たちはとても醜く浅ましく見えた。・・・・ライトがその人族たちの行為を許せるはずがなかった。
人族は人族で必死だった。俗にある『ひゃはー!!』的な要素はない。
イヴァにより『かの者達は人ではなく魔物だ。』と彼女のスキルによりそう刷り込まれた人族の目には、獣人族が化け物のように映っていたのかもしれない・・・しかし、そこは問題では無かった。ライトは行為が許せない。
バスチェナから離れ、単独行動を取るようになったライトは、ある日怒りに満ちた表情で獣人族を襲う人族たちの前に立った。
『多勢に無勢・・・こっちが1人なら問題ないか・・。』
そう自分に言い聞かせ、目をギラつかせたライトは人族たちを切り殺し、燃やし尽くした。
しかし、怒りのままに剣を振るうライトは、獣人族を襲っていた人族を殺すに留まらなかった。
集落に逃げ込む人族を追いかけたライトは、怯え、泣き、恨み、罵声を浴びせる人族たちの自分たちの行為を棚に上げる態度にブチギレた。
「害獣どもがごちゃごちゃうるぇせんだよ!!!!!」
怒声を上げ、剣をブン!と1回転させたライトは、勢いそのままに人族たちに襲い掛かっていくのだった。
・・・・
燃え上がる集落の中に唯一人ライトだけがその場に立っていた。
「ふぅ・・・ふぅ・・・ふぅ・・・ふぅ・・・。」
肩を上下させ、鼻で激しく息をするライトの口は一文字に結ばれていた。
母子と思われる焼死体に目を落としたライトは、
「俺は・・・。」
自分の何かが崩れるような感覚に襲われた。
しかし、ブンブン!!と数度左右に首を振ったライトの目は歪んでいた。
「いや!こいつらは害獣だ・・・いや、それ以下のゴミだ。俺はこの世界のゴミを燃やしただけだ。俺は・・・正しい事をした。」
そうなれば今度はライト自身が自分に洗脳をかけたようなものだ。
人族はこの世界にとって害悪でしかないゴミだ・・・・と。
その後もルガタと共に(互いに単独行動ではあるが)好き放題に人族たちを殲滅せんと躍動していた。そんな折にライトの下にドイルが現れた。
そしてドイルからルガタの死を告げられた。
ルガタの遺体を目にしたライトは発狂した。悲鳴のように泣き叫び、そして今すぐ敵討ちに出ようとするライトをましてもドイルに止められた。
「ルガタを送る・・兄弟のように育ったんだろ??傍にいてやれ・・・。」
そう言われてしまってはそこから足が動かなかった。
ルガタを送り、しばらく呆然とした日々を送っていたライトだったが、スライスタンが同族の仇を目の前にして逃げ帰ったと耳にしてキレた。
「どいつもこいつも・・・・。」
拗れたライトは砦の一室に引きこもった。壁にもたれ座っていたライトの『心』と『誇り』を苛立ち、怨み、怒り、失意、落胆、疑念といった様々な感情が蝕んでいった。
もうアルストが別世界か来てようがどうだろうが関係なかった。
人族と一括りにして『汚いゴミ』だと、滅するべき害悪だと自分に刷り込んだライトはゆらりと立ち上がった。
「可笑しいと思ったんだよ・・・・『差し』でルガタが人族なんかに後れを取るはずはない・・・汚い罠に嵌められたんだ・・・・・許せねぇ・・・ゴミどもめ・・・絶対殺してやる・・・・・。」
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