第35話 戦線 〜ホロネル〜

「エルドミル騎士。彼を連れて下がってください。」


スクラーダの足元には焼死体となった魔猿が2匹横たわっていた。


「しかし・・・。」


「では、気絶しているその人は捨て置くしか無いですねぇ?」


「く・・。」


悔しそうに歯を食いしばったエルドミルは、アズールを背負うと後退し始めた。


「それにしても・・・苦戦してますねぇ。」


スクラーダは周囲の状況を見ながらそう口にすると、再び両手に炎を纏って駆け出した。


「うらああ!!!」


身長程ある大剣でジャイアントボアの突撃を受け止めた巨躯な体のパブロ騎士だったが、突き上げられて空中に投げ上げられてしまった。


「ぬぅううう!!」


しかし、突き上げで顔を上げた隙をハワードは逃さずジャイアントボアの首を切り裂いた。


「ピギャアアアアアアア!!!」


ジャイアントボアは悲鳴を上げ、鮮血をまき散らしながらゆっくりとその巨体を横たわらせた。


「ああああああああああああ!!隊長おおおおぉぉぉぉ・・・・。」


「パブロ!!」


ジャイアントボアに止めを刺したハワードがパブロの叫び声に顔を上げると、パブロが飛んでいるエビルイーグルの大きく鋭い鉤爪に捕らわれていた。ジャイアントボアの突き上げで、空中に舞い上げられた際に捕らえられていたようだ。


飛び去って行くエビルイーグルの足から血が噴き出すと、ぐったりとしたパブロが鉤爪から解放されるも、地上に落ちる前に別のエビルイーグルの嘴で啄まれた。


「ぐううううう!!グラント!!!ネイサン!!」


エビルイーグルを睨みつけ、悔しそうに剣を握り締めたハワードは2人の魔法士を呼び寄せた。


「「は!!」」


「俺が前に出る!お前らは脇を固めろ。」


「「は!!」」


ネイサンと呼ばれた近衛魔法士の男は、スクラーダと同じ『火』の魔法士だった。赤い宝石が先端に付いたロッドを携えたネイサンは、つり目にかかるパープルの前髪をかき上げるとハワードの右側の位置についた。グラントは左側に着き、後方を警戒している。


「「「ガアアアアア!!!」」」


「オオ!!!オオオオ!!!」


さっそく魔狼3匹とコングがハワード達に向かってきた。


「火の精霊よ。助力を。」


ネイサンがそう唱えるとロッドの先から炎が噴き出し、その炎に怯んだ魔物達の隙をハワードは逃すことなく斬り捨てていく。


グラントは背後を警戒したままピクリとも動かない。


「よし!!このまま進むぞ!!」


「「は!!!」」


そのまま直進を続けるハワード達は、次々と魔物達を蹴散らしていった。


****


「戦況はどうだ?」


防壁の上で戦況を見ている騎士にルエラが声をかけた。


「思わしくありません!!何とか均衡しているような状態です。」


「そうか・・・・何とも、自分で提案したものの・・もどかしいな。」


ギリッと歯を噛み締めたルエラは、戦場に出たい気持ちを抑えホロネル中央部に足を向けた。


****


「ギャアア!!ギャアア!!!!」


前方に飛んでいるエビルイーグルを目にしたハワードが、変わらず後方を警戒しているグラントに叫んだ。


「グラント!!!大き目な槍を作ってくれ!!」


「は!」


ハワードの命を受けたグラントが、両手を地面に押し付けると、土で形成された全長2mほどの槍をハワードの目前に作り上げた。


ハワードはその槍を手に取ると投槍の構えを取る。


「ぬぅああああああああああああああああ!!!!!」


ボッ!!!!


ハワードが力の入った声を上げて槍を投げると、エビルイーグルへ一直線に向かって行った。


「ギャアアアアアアア!!!」


土の槍が見事エビルイーグルの腹部を貫く。鳴き声を上げ、空中でひっくり返ったエビルイーグルは逆さまになって地面に落ちていった。


ドン!!!とエビルイーグルが落ちた先で雪が舞い上がる。


「おお!隊長!!!」


「すげえ!!」


その光景を目にした騎士たちが歓声を上げた。


「イケる!!!」という空気が騎士達の間に流れるが、その空気は一瞬で凍り付いた。全身が真っ白な体毛で覆われ、赤く獰猛な目をしたホワイトキラーベアが雪を巻き上げながら突撃してきた。その数は3体。


「わあああああ!」


「正面に出るな!!!!」


騎士や魔法士達が騒ぎ出す中、スクラーダが前に出て掲げた両手の上に大きな炎の玉を作り出した。


「あれは本当なんですかねぇ??」


「ダメだ!スクラーダ!!」


他の魔法士がスクラーダを止めるが、構わず魔法を放った。


炎弾フレイムバレット


しかし、銃弾のように飛んでくる炎を目にした一体のホワイトキラーベアは、刀のように伸び出た爪で、スクラーダの魔法を切り裂いた。


パクッと割れた炎弾は左右に分かれて爆発する。


ドオ!!ボシュウウウウ!!


爆発音と共に炎が立ち上がると、雪が溶け水蒸気が上がる。


「グ!?ガアア!!」


立ち上がった水蒸気の向こうで、左右に首を振っているホワイトキラーベアから伸び出たその恐ろしく長い爪は怪しい輝きを放っていた。


魔物の中にはホワイトキラーベアのように魔力を持っている種族が存在していた。エビルイーグルもその一つだが、ホワイトキラーベアは爪に魔力を通し切れ味を上げていた。


図鑑で『その爪は魔剣のように魔法を切り裂く。』と書いてあった事を覚えていたスクラーダは、実際にそれを目の当たりにした。


「本当でしたねぇ。」


「だから言っただろ。」


「ですねぇ。」


「俺とガレットが出る。」


「ハワード隊長。」


スクラーダが振り返るとハワードが立っていて、その横には角刈りで威厳溢れるガレット一等騎士が2つの盾を持って並んでいた。


「では、私たち魔法士は援護ですねぇ。」


スクラーダがグラントとネイサンに目を向けると、二人とも無言で頷いた。


「グルアアアアアアアアア!!」


水蒸気が消えると、ホワイトキラーベアが再び突撃してきた。


「行くぞ!!」


「「「はっ!!!」」」


ガレットから盾を受け取ったハワードは、身構えるとホワイトキラーベア達に向かって歩みを進めた。



****



「ルエラさん!」


「どうした?」


クリミナが戻って来たルエラに駆け寄る。


「炭鉱の山に魔物が現れたそうです。」


「何だと!?」


ホロネルの北側には低い山があり、その裾にある防壁には炭鉱に繋がる門があった。山の裏は断崖のようになっていて、その先にはブレナが潜んでいた森が広がっていた。


ルエラは街路を走りながら『あの断崖を登ってくるとは考えづらい・・・やはり空か?』と考えていると、山の頂に3体のエビルイーグルの姿を目にした。


「くっ!!やはり!!!」


ルエラが走りながら剣を抜くと「ルエラさん!!!あそこに!!」一緒に走っていたクリミナがエビルイーグルの脇に立っている人影を指差した。


「魔族だ!!」


「へぇ・・・ちゃんと読んでいたんだ。」


ブレナが山頂からルエラとクリミアを見下ろしニヤッと笑うと、その両脇にいた2羽のエビルイーグルが飛び立った。


「来た!!嘴に気を付けろ!」


ルエラが声を上げるとクリミナを始め、駆けつけたカリンやリンナ、他の騎士や魔法士達が身構えた。


しかし、2羽のエビルイーグルから2つの影が彼らの前に飛び降りた。


「え??」


驚いたカリンが目を丸くすると、立ち上がった2人には角が生えていた。


「魔族!!」


いち早く飛び出したクリミナが剣を打ち下ろすが、ルゴートはヒョイと躱して街路の脇にある建物の屋根に飛び上がった。


ホロネルの街には高層な建物はなく、2~3階建ての低層の建築物が建ち並んでいた。軍部のある中央エリアは、レンガ造りの建築物が主になっているものの、温泉街がある北部には木造建築物が数多くあった。


そのため風が強く、乾燥しているこの時期に火を放たれては一気に延焼する可能性があった。


「くっ!!待て!!」


クリミナはルゴートを追いかけた。


ルエラの前に立ったもう一人の魔族は、両手に剣身が真っ黒なショートソードを携えていた。


ショートソードと同じく真っ黒な髪は肩ほどまで長く、つり上がった目には冷えたような青い瞳が揺れていた。鼻筋は長く美形の額の中央には反り上がった角が1つ生えていた。


「ふぅうううううう。」


ルエラが身構え大きく息を吹き出すと、地面を蹴りショートソードの男に飛びかかった。


「ぬぅぅううああ!!!」


ルエラが剣を振り下ろすと『ブオン!!!』と空を斬る音がした。ショートソードの男が剣を躱し、素早くルエラの背後に回ると逆手にしたショートソードで背中を突き刺しにきた。


ガキィイイイイ!!!!


「ほぉ。」


周囲に金属音が鳴り響くと、素早く身を翻していたルエラがショートソードの突きを剣の腹で受け止めていた。


ルエラは腹を向けていた剣をひねって、ショートソードをいなすとよろけた男を薙ぎ払いにいく。


しかしまた『ブオオオン!』と空を斬る音が鳴ると、男は跳躍してルエラの剣を躱していた。


前転した男が着地して振り返る。


「大振りの割にはなかなか身のこなしがいいんだな。」


「お前ほどではない。」


戯言のような言葉を交わすと、ニィッと笑ったルエラが男に向かって駆け出した。

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