第26話 帰還後 ~ドゥーエ~


―イヴァリア歴15年9月26日―


アリエナの城壁から西南にある森の麓に、ドゥーエとバガンの木剣がぶつかり合う音が響いていた。


バガンとセスは、ドゥーエをマリウスに託した後、この森にある大木の上に器用に住居を作りそこで生活をしていた。


そしてドゥーエは、家に戻ってから1週間後に見舞いに来てくれたマリウスから「念のため年内は休め。」と言われていた。


ドゥーエは、その申し出に最初は戸惑いはしたものの、その申し出に甘える事にした。そして、その後は自らの身体を鍛えながら、週に2,3度「恩人に食料を届ける。」と言って2人に会いに来ていた。


ガン!!!


お互いの木剣がぶつかり弾け合うと、バガンはドゥーエより先に体勢を整えドゥーエの顔を目掛けて突きを繰り出した。


「ん!」


ドゥーエは、バガンの突きを首を傾けて躱すと、体を横に回転させてバガンの背後に回る。


「もらった!!」


体を横回転させながら上段に構えていたドゥーエは、バガンの後頭部を目掛けて木剣を振り下ろす。


「見え見えなんだよ!」


木剣を両手持ちにしたバガンは後向きのままドゥーエの剣を受け止めた。


「くそ!!」


「うらぁあ!!」


バガンも体を横回転させドゥーエの腹部を薙ぎにいくが、ドゥーエは瞬時にそれに反応して木剣で受け止めた。


「ぬぅううう!!」


「ぐぅうううううう!!」


2人は木剣で押し合いをするが、バッと互いに一旦下がって距離を取った。


一息ついてドゥーエが剣を構えなおしたが、バガンは剣を降ろした。


「よし、一旦休憩するか。」


「ん??ああ。」


バガンに「休憩」と言われたドゥーエは肩から力を抜くと、その場に腰を地面に降ろし、息を整えながら空を見上げた。


「はぁ・・はぁ・・・。」


「ふぅ・・・。1対1じゃ倒せなくなってきたな・・・お前なかなか強くなってきたぞ。」


「ははは。いや、まだまだだよ。」


地面に胡坐をかいているバガンが珍しく褒めてきたが、ドゥーエは空を見上げたままバガンにそう答えた。


「謙虚なのは良いことだ。」


ニヤッと笑ってそう話すセスに顔を向けたドゥーエはニッと笑うと、再び空を見上げて小さく呟いた。


「エスト・・・お前はどこまで強くなってるんだ?」


****


―イヴァリア歴15年6月29日―


蛮族達のアジトを離れる間際にミューレルが


「ドゥーエ君、私はね、アリエナを離れる際に『自分が何とかしなくてはいけない。』と思っていたんです。」


と話しかけて来た。


「え?」


洞窟を出ようとしていたドゥーエは、ミューレルの言葉に振り返った。


「ですが、今は君たちに希望を抱いています。そこにいるバガンやセス、アルガスなど洗礼の儀を受けていない蛮族や狩人達、そして雷の精霊の加護を受けたドゥーエ君・・・の洗脳に対抗できる人材が今はたくさんいます。」


ドゥーエは無言で頷いた。


「そして、もう1人、希望となり得る人物がいます。その人物はあなたが良く知っている人物です。」


「え?」


「分かりますか?」


ミューレルの言葉に一瞬戸惑いはしたが、『良く知っている人物』と言われるとドゥーエの頭には1人の顔しか思い浮かばなかった。


「も、もしかして、エスト・オルネーゼですか?」


ドゥーエのその答えにニコッとミューレルは微笑んだ。


「はい。君の親友です。」


「り、理由を聞いてもいいですか?」


「勿論です。これはメリル先生から聞いた話なのですがね。彼は洗礼の儀式の後も、自分の夢を諦めなかったそうです。」


「あ!はい。そうなんです!!あいつ『夢を諦めていない。』って当たり前のように話していました。」


ミューレルの言葉にドゥーエは嬉しそうにそう答えた。


「そうでしたか!やはり・・・私はね、洗礼の儀式が始まって以来、の助言を受けていながら、自らの意志で自らの意志を貫いた生徒は彼以外知りません。」


「確かに貫いてますね・・・。」


「ん?ドゥーエ君にも何か思い当たる事があるんですか??」


「はい。討伐隊でアリエナを出る直前にアイツと会ったのですが、一般の農産者とは思えないほど体を鍛えていましたから。」


「あはは!そうでしたか!私には彼がどうやっての洗脳に対抗したのか迄は分かりませんが、ドゥーエ君同様にこの世界を変えれる人物だと・・・何となくですが、そう感じています?」


「ぶふっ!!」


ドゥーエは噴き出した。


ミューレルは突然噴き出したドゥーエに驚いて呆気にとられたが


「すいません。質問調だったのが可笑しくて。分かります!!アイツには何か期待しちゃうんですよね。」


そう言って楽しそうに笑うドゥーエを目にしたミューレルは『あの日この子達の姿をみて、立ち上がろうと決心した自分は間違えていなかった。』と思うのだった。


****


―イヴァリア歴15年7月13日―


エストが旅立った事を聞いていなかったドゥーエは、一緒に訓練しようとエストの家を訪ねていた。


「ええええ!!旅に出た??」


「そうなのよ。何も伝えてなくてごめんね。」


「いえ・・・リュナさんが謝る事じゃないですよ。」


驚きはしたものの、申し訳なさそうに頭を下げるリュナに恐縮したドゥーエは、その後、玄関先でリュナからエストが旅に出た経緯を聞いた。


「そうでしたか・・俺が討伐隊で出た後に・・・・分かりました!」


「そうなのよ。ここじゃなんだから中に入ってよ。」


「いえ。ちょっと行きたい所が出来ましたので、これで失礼します。」


そう言って頭を下げたドゥーエは、エストが強くなるために旅に出たと聞いて居ても立っても居られなくなっていた。


「ドゥーエ君、何だか男の顔になってきたねー。」


「え??は!?」


ニッと笑ったリュナに顔を赤くしたドゥーエは「揶揄わないで下さいよ。」と笑ってそう言うと、再度ペコッと会釈し、走ってリュナから離れて行った。


「ふふ。別に揶揄ってはいないわよ。」


口の端を軽く上げて微笑んだリュナは、目を細めドゥーエの背中を見送っていた。



****



―イヴァリア歴15年11月16日―


「ゴホゴホ!!」


「おい。さっさと運んでくれよ。」


「わ、分かっている。ゴホッ!」


アリエナの騎士達が、不要な瓦礫や岩石を手押し車に積み込み、常に粉塵が立ちこめている坑道をヨロヨロとよろめきながら運び歩いていた。


「ゴホッ!!ゴホゴホ!!ゲホッ!!」


ガシャアアアア!!!


1人の騎士の男が激しく咳き込むと、手押し車ごと前のめりに倒れてしまった。


「お・・おい!!しっかりしろ!!」


それを見ていた鉱夫の男が声をかけるが、騎士の男は激しく咳き込んだ後動かなくなってしまった。


鉱夫の男が慌てて駆け寄り、倒れた男を仰向けにした。


「おい!!お前・・・・ダメだ!!!おい!!こいつを外に運び出すぞ!!」


「あ・・ああ。」


鉱夫は別の騎士に声をかけ、倒れた男の両脇を掛けると急いで外に向かった。


両脇を抱えられた男は、白目を剥き、口から泡を吹き、体は痙攣していた。



鉱夫が男を抱え分岐路に辿り着くと、奥の方から飛び交うの罵声が聞こえて来た。


「おい!!!馬鹿!!!やめろ!!」


「うるさい!!もう・・うんざりなんだよ!!」


「そうだ!!ここ石屑しか出てこねーじゃねーか!!」


「待て!!ここはまだ強度の確認が出来ていない!!」


「うるさい!!離せ!!!」


「お、お前ら、逃げるぞ!!」


「「「あああああああ!!!」」」


大声を上げながら罵声がした坑道の奥から、一斉に鉱夫達が走って逃げて来る。男を抱えていた鉱夫が必死に逃げようとしている鉱夫達に問いかけた。


「お前らどうした!?」


「気が狂ったアリエナの野郎が、魔法で強引に爆破しようとしている。」


「なにぃい!?」


「崩落するぞ!!」


「にげろぉおお!!!」



・・・・




ズン!!!!!!!



ゴガガガガガガガガガガ!!!!


大きな振動が起こると、奥から坑道が崩落する音がどんどん近づいて来る。


「うあああああああああああああ!!!」


「おい!!待て!!!!」


片側を抱えていた騎士の男が取り乱し、手を離して自分だけ逃げ出してしまった。


「くそぉお!!」


鉱夫の男は、男を背負うと激しく揺れる坑道の中を必死で逃げた。すると坑道脇にある石捨て場が目に入ると、数人の男達が我先にとそこから飛び出していた。男もそれに続き真後ろに迫って来る崩落を逃れ、思いきり石捨て場から飛び出した。


「うああああああああああ!!」


飛び出した先は斜面になっていた。男は態勢を崩しゴロゴロと斜面を転がり落ちていく。


そして、先程男が飛び出した口のように開いた横穴は『ボフッ!』と粉塵を吐き出すと、ガシャン!!とその口を閉じた。


「・・・・。」


斜面の下まで転がって止まった男は口を開け、阿鼻叫喚が広がる光景を呆然と立ち尽くして見ていた。


****


その後、鉱山の宿舎は野戦病院と化した。常時滞在していた数名の回復魔法士だけでは手が回らず、アリエナに救援を緊急依頼するも、その時既にアリエナの医療施設にはたくさんの騎士が運ばれていた。


ベットの大半を占めていたのが、同じく鉱山に派遣されていた騎士達だった。慣れない発掘作業で巻き起こる粉塵や灰などを、常時吸引し続けた事によって喘息や肺炎を引き起こした者がそのほとんどだった。


一向に発掘される気配も無く、なかなか進まない作業中に起きたこの崩落事故は、ルアンドロとアリエナ軍上層部をさらに窮地に追い込んだ。この事故に頭を抱えたルアンドロは、アーカイムにラビナ鉱山以外にいる鉱山鉱夫を集めてラビナに送るよう命令し、アリエナ軍上層部は、泣く泣く農村集落の防衛に勤めている者達の半数を救助のため鉱山に送る事を決めた。


それにより、ますますミューレルの目論見は外れていくのだった。

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