第16話 イリーナへの手紙
-イヴァリア歴15年6月18日- アリエナ軍部騎士団本館 会議室
「馬鹿な!!!ほぼ全滅しただと!?」
ドリス・ダナン魔法士少将が激高した。
「そうだ。」
マクナガル騎士中将が報告書をドリスに手渡し、席を立つと窓の方に体を向けた。
・・・・
イヴァリア歴15年6月13日、襲撃された集落の西方にある森にて、討伐隊60名は総力を上げて蛮族の討伐にあたるも、蛮族らは用意周到に数々の罠を仕掛けていた模様。
また、蛮族らは我々を監視し、我々が奇襲を仕掛けて来るのを待ち構えていたと思われる。我々は突撃部隊として騎士20名、魔法士10名、補助、補給4名を・・・・中略・・・・討伐隊は敗北。
討伐隊隊長:マーカス・スミス近衛騎士他54名の殉職。事後、遺体を確認す。
また、戦闘中、
討伐隊:アルカス・ゾナー近衛騎士
同じく討伐隊:ロック・カーミット魔法士及びミーナ・ローレル魔法士
そして、ドゥーエ・ガラハウ曹長の4名が蛮族らに拘束されたのを目撃した。
その後の行方は不明である。
・・・・
「何だと・・・捕虜になった者もいるというのか??」
ドリスは青筋を立て、握り潰しそうな勢いで書類を持った手をブルブルと震わせる。
「ああ。だが、蛮族共から交渉等の連絡はまだ来ていない。」
「では、既に殺されている可能性があるだろうが!!!」
背を向けているマクナガルにドナンが怒声を上げる。
「まぁ、待て。そう興奮しては正しい判断が出来ぬぞ。」
「貴殿はなぜそんなに冷静でいられるのだ!!部下が殺されたのだぞ!」
「冷静でいられる訳がないだろう。」
ドナンの方へ振り返ったマクナガルは、普段ブラウンの髪をオールバックに整え、自信に満ちた目で不敵な笑みを浮かべている男なのだが、今はその顔を歪めていた。
「ぬぅう・・・。」
マクナガルのその表情を目にしたドナンは、一旦落ち着こうと自分の乱れた前髪を七三に整え椅子に座った。しかし、座っても口ひげを撫でては頭を抱えたりと落ち着きなく苦悶の表情を浮かべていた。
****
-イヴァリア歴15年6月17日深夜-
アリエナの西門脇にある、鉄格子を激しく叩く男がいた。
駐在していた門兵が、面倒くさそうに鉄格子の手前にある木製の扉の覗き窓を開けた。
「なんだ?こんな夜中に・・・・!!!どうした!!!名前と所属部隊を言えるか!?」
疲弊している騎士が、鉄格子に体を預けていた。
「ら・・ランダ・ハイム・・蛮族討伐に参加していた騎士・・だ・・。」
「蛮族討伐!?!?待っていろ、今開ける!!!」
****
-イヴァリア歴15年6月13日-
細身で身の軽いランダは、ドゥーエと同じく補助・補給の担当をしていながら、偵察・戦況確認・報告の任務も負っていた。そのためランダは、突撃隊のマーカス達の後方に控えたドゥーエ達よりさらに後方の大木の上に身を隠し、状況を双眼鏡で確認していた。
奇襲を行ったのは夜であったものの、野営地でたくさん焚き木を燃やしている蛮族達の動きは、その火の明るさで手に取るように確認出来た。
「はっ。昼間よりさらに酔っぱらってやがる。これは早々に片付くな。」
しかし、笑みを浮かべながら双眼鏡を覗いているランダの予想とは、真逆の事が双眼鏡越しに起こり始める。
声を上げ、突撃していったマーカスや他の騎士達が落とし穴に落ちると、土埃が上がり視界が悪くなった。その状況に慌てるも、視界が良くなるのを待ち、再度双眼鏡を覗き込むと泥沼になっている穴の中で、矢を射られ次々と騎士たちが命を落としていく。さらに落とし穴を避けた騎士や魔法士達も次々と成す術なく蛮族達に斬り殺されていった。
ランダは激しく動揺した。次々と殺されていく同僚たちに、一瞬自分の任務を見失いかけた。
しかし、『がああああ!!』と叫ぶアルカスの声に我に返ったランダは、声がした野営地の中央に焦点を合わせると、アルカスは前のめりに倒れ、西側の森の中からロックとミーナが運ばれてくるのを目にした。そして、野営地の東側の森から吹き飛んできたドゥーエが、黒ローブの男に気絶させられてしまうのを目撃して、ランダは双眼鏡を降ろした。
場は静まり返るが・・・・ランダは恐怖で全身を震わせながらも、息を殺し、蛮族達がこの場所を離れるのを待ち続けた。
****
-イヴァリア歴6月19日-
17日ランダが西門から1人で帰還した際、騒ぎになったのを聞きつけた農産区の住民たちによって、翌18日には『討伐隊敗北』の噂がアリエナ都民の間に一気に広がってしまった。
隠しきれないと判断した軍は19日の早朝に情報を開示するが、それにより討伐隊隊員の家族や友人達が塊となって軍部基地の正門に詰め寄るという事態に発展していった。
基地正門前で人々の怒号が飛び交う中、討伐隊の敗北とドゥーエが拉致されたという情報がイリーナの耳に届く。
「イリーナ!!!イリーナ!ダメだ!!」
「離して下さい!お父様!!!」
「ダメだ!!どこに行くつもりだ!!!」
「ドゥーエを探しに行きます!!!」
「な!!馬鹿を言うな!」
クレイグを何とか引き止めようとするも、イリーナがクレイグの手を振り切り家を飛び出した。
が、出てすぐに体の大きい男に抱き締められて拘束されてしまう。
「クリード!?!?離して!!!」
「ダメだよ、イリーナ・・・僕は絶対離さない。」
胸の中で暴れるイリーナを、強く抱きしめる。
「クリードォオオオオオ!!!」
イリーナが激高しながら、クリードを睨みつけるが・・・・顔をぐしゃぐしゃにして泣いているクリードを見ると、ぽろっとイリーナの瞳から涙が零れた。
「うぅううう・・・クリード、ドゥーエが、ドゥーエが、、うええええええええ!!!うああああああああドゥーエェェェェエエエエ!!!!」
イリーナは泣き崩れた。クリードは駆け寄って来たクレイグと共に彼女の傍に寄り添うが、
『ドゥーエ・・掛ける言葉が見つからないよ・・・。』
言葉が見つからないクリードは、イリーナの背中を擦りながら西の空を見つめていた。
****
その後、閉じこもったイリーナの部屋のドアをノックする者がいた。
「ごめん・・サリー。出て行って。今は一人でいたいの・・・。」
紅茶セットを持って部屋に入ってきたメイドのサリーに、目を腫らせたイリーナがそう言うが、サリーはドアを閉めると内鍵をかけた。
「サリー??」
「お嬢様・・・あの・・・こちらを。」
サリーが恐る恐る、紅茶セットを乗せたトレイの下からイリーナに便箋を差し出した。
「これは・・・??」
「外に出ていた際に、怪しげな男性からこれをイリーナお嬢様に渡せと。」
「なぜそのような者から。」
イリーナはサリーを怪訝に見るが、幼い頃から共に育ってきたサリーをイリーナは家族のように大切思っていた。そして、それはサリーも同じだった。
「ドゥーエ・ガラハウ。」
その名前を聞いて、思わず手がビクッと反応した。
「え??」
「イリーナお嬢様にだけ、そう伝えろと・・・。」
イリーナは便箋を受け取り、封を切ると中から一枚の手紙を取り出した。
・・・・
『イリーナ・ウエステッド様へ
どうか信じていただきたい。ドゥーエ・ガラハウは健在でございます。彼は必ず帰都しますので、暫しご辛抱いただきたく存じます。
また、この事はドゥーエ・ガラハウの身内には知らせておりません。故に決してこの手紙の存在と内容を口外せぬようお願い致します。口外した場合は、こちらも不本意な行動に出ざる負えなくなります。その事は肝に銘じていただきい。』
・・・・
「え!?!?この手紙はいったい・・・。」
手紙の内容を見たイリーナは口元を片手で押さえ、目を大きく開いて驚きの声を上げた。
「お嬢様!?」
「サ、サリー・・・何でもないわ。それよりこの手紙の事は口外しないで欲しいの。」
「はい。もちろんでございます。お嬢様。」
ピンクのおさげを下に垂らしながらサリーは一礼すると、クリッとした目でイリーナの心情を察すると、部屋のドアを開錠し廊下へ出ていった。
サリーが出ていったのを確認すると、イリーナは再度手紙と便箋を見返した。信憑性に欠けるこの手紙を怪しんだイリーナは、便箋の中を調べると、中にもう一つ小さな紙が入っている事に気づいた。
そして小さな紙を手に取ると、イリーナは声を殺して泣き出した。
「ドゥーエ・・・・。」
その小さな紙には
『愛するツンデレ娘へ。俺は必ず帰る。』
とだけドゥーエの字で書いてあった。
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