第12話 ガルシア ~祖父と孫~

-イヴァリア歴15年6月28日-


ようやく山奥の小さな湖に辿り着いたエストは、畔に灯がついている小屋があるのを見つけていた。


日が下り、周囲はすっかり暗くなっていた。


「はぁ・・・やっと着いたのはいいんだけど・・・・・なんだか緊張するなぁ。」


エストは、ドキドキしながら小屋のドアをノックした。


「あー??いったい誰だ??ちょっと待ってろ。」


ノック後すぐに小屋の中から野太い男の声が聞こえたが、中でゴソゴソ何かしている音は聞こえるものの住人はなかなか出て来ず、エストはしばらくドアの前に立っていた。


ガチャガチャっと解錠された音が聞こえると、やっとドアが開きエストの目の前にぶ厚い胸板が現れた。エストは口をポカンと開けて男を見上げると、頭にタオルを巻いた(肩甲骨あたりまであるエストと同じ青色の髪を後ろで束ねていた。)厳つい顔の男がエストの顔を上から覗き込んでいた。


「あ???珍しいな、迷い人か?」


ジーッと男の顔を眺めていたエストは、堀が深い男の目元が怒っている時のリュナの目に似ていると思いながら


(母さんに似てるけど・・ええ!?胸板やべぇ!?!?!?ほんとにこの人50代半ばなの??農村の50代のおっちゃん達とは全然違うんだけど!?!?)


祖父と思われる男の見た目の若さに驚いていた。


「あ???何なんだお前は??」


「ああ!!すいません。俺はエストと言います。あ、その、この剣を・・。」


男の問いかけに、ジーッと見つめてしまっていた事を失礼に感じたエストは、わたわたと慌てながら腰から剣を外して男に手渡した。


「ん?こりゃ、リュナのじゃねえか。お前・・・まさか・・・。」


驚いた表情をした男が、剣とエストを何度も往復して見ていた。


「はい。リュナ・オルネーゼの息子のエスト・オルネーゼと言います。は、初めまして。ガルシア・・お爺ちゃんですよね???」


自己紹介をしてお辞儀をしたが、ぎこちなさがあり、エストはまだ緊張しているようだった。


「こりゃあ・・・驚いたな。こんなに大きくなりやがって。」


「え?」


感嘆した男がウンウンと頷いていた。成長した孫の姿が余程嬉しかったのか、エストの両腕に触れてる手が震えていた。


「初めましてじゃねーんだよ。お前さん、赤ん坊の頃リュナに背負われてここに来た事があるんだ。」


「ええええええ???初耳です!?」


「そうかい・・・あいつの説明足らずは変わらねーのか・・・。」


「プッ!あははははは!!」


確かにその通りだと思ったエストは吹き出した。


「まぁ!入った入った!よく来たな!!!オレがガルシア爺ちゃんだ!!」


「はい。ありがとうございます。」


ニッと笑った男の笑顔がリュナに重なって見えたエストは「ああ。本当にこの人は母さんの父親なんだな。」と実感するのだった。



****



対面から2時間後・・・・エストは身動きが取れなかった。


椅子の背もたれに寄り掛かり、大きく膨らませたお腹を何度も擦りながら「ぶふぅ・・・ぶうぅ・・じいちゃん・・もう無理。」と呟いていた。


孫が来訪してくれたというだけで嬉しかったガルシアは、さらに土産だと大好物の『バーン』を手渡され感激すると


「ほら!こいつも喰え!うめーぞぉ。あ!!これも絶品だ。」


と、エストに『ほれ、あれ喰えこれ食えスキル』を展開していくのだった。


そして確かに全部が美味しかったエストは、ガルシアの(謎の)スキルに完敗したのだった。



****



少し胃が落ち着いたエストは、お茶を飲みながらだいぶ打ち解けたガルシアと話をしていた。


お茶を飲みつつエストは、ふとガルシアと会ったら聞いてみたかった事があったのを思い出した。


「あの・・。」


「ん?どうした?」


「俺、じいちゃんのこと、物語で知ってたんだけど、フルネームは『ガルシア・デギンス』であってるの?」


「ああ。そうだぞ。」


「そうなんだ。俺と母さんは『オルネーゼ』って家名だったから、本当は『ガルシア・オルネーゼ』って名前なのかと思ってた。」


「ん?ああ、リュナに『オルネーゼ』の家名を名乗らせたのは、『デギンス』と名乗ったらオレの親戚だと疑われるかもしれないだろ?あまり人族に無い家名だからよ。だからオレの家内の姓を名乗らせる事にしたんだ。」


「そうなんだ。オルネーゼって人族に結構ある家名だったかな??」


「ああ、デギンスよりはな。何よりニーナは人族だったしな。」


「ええ!?そこはやっぱりそうなんだ!?」


「あ?リュナに聞いてねーのか??」


「聞いてたけど・・・逆に、、逆なんだと思ってたって、自分で何言ってるのな分からないや。」


「がははははは!!ちげーねー。」


(エストは、自分が産まれて間もなく祖母のニーナが亡くなった事は聞いていた。それまで、自分の家系は人族だと思っていたエストは、祖父はもちろん祖母も人族だと思っていた。しかし、先日のリュナの告白で母親と祖父が魔族だと知ったエストは、自動的に祖母も魔族なんだと思い込んでいたのだった。)


「物語といや、リュナの手紙で読んだが、お前は自分が『マサト・ソノザキ』の息子だと知っているんだろ??」


「え・・うん。」


「そうか。昔アイツと戦った事があったが、マサトは結構強かったぜ。」


「え?強かった!?そうなの?」


「ああ。お前も強くなりたいのか?」


「もちろん!!」


自分の問いにキラキラした目で力強く答えるエストを見たガルシアは、明日からリュナの依頼通りにエストを鍛える事を決めた。


「分かった。マサトとの話はおいおいしてやる。それより今夜はもう休め。何より明日からみっちりとお前を鍛えてやるんだからな!!」


「え?いいの??」


「ああ!!厳しいからって泣くんじゃねーぞ?」


「あはは!!うん!!」


ニッと笑ったガルシアに、満面の笑みでエストは頷いた。



****



翌朝、真っ黒な大剣を片手で軽そうに構えているガルシアと迎え合わせていたエストは、剣を構えただけで額から汗が噴き出していた。


ちなみにエストから渡されたリュナの手紙を読んだガルシアは、人前に出る時は頭に巻いているタオルを今は外していた。なので、今はリュナと同じような位置に生えている、成人男性の親指位の大きさの2つの角をエストの前にさらけ出していた。


「おい?どうした?かかって来ないのか?」


「何だこれ・・・じいちゃんの圧がヤバすぎる・・・。」


「おお!感じ取れるのか!?そいつは良い事だ!だが、このままじゃお前の力量が分からんままだぞ?遠慮なく殺す気で来い。」


「うん!!」


頷いたエストは右足を踏み込み、ガルシアに思い切り斬り込むが簡単に大剣で受け止められた。


その後も何度か全力で斬撃を繰り出すが、全て受け止められる。


「何だ?動きが遅いな。よくそれでここまで来れたな?」


ニィッと軽く挑発してくるガルシアに底知れない強さを感じたエストは、自分への重力負荷を解除して挑むことにした。


「ふぅ・・・。本気で行くよ!!」


「ん?」


雰囲気の違いを感じ取ったガルシアは、大剣を左側に構えた。


ガキィイイイ!!!


瞬時にガルシアの左に周りエストが斬りかかっていた。


「くっ!!これもダメか!?」


しかしそれもはじき返されたエスト、後転しながらガルシアから距離を取った。


「いや、今のはなかなか良かったぞ。さっきまで自分に重力スキルをかけてたのか。」


「うん。」


自分の全力が通用しない事が嬉しいのか、昨夜と同じように目をキラキラ輝かせ笑顔を浮かべているエストを見たガルシアは、深いため息を吐いた。


「エスト・・確かにお前はセンスは良いみたいだ。それに今でも結構強い、この辺りの魔物じゃ歯が立たないだろう。だが、お前には覚悟が足りてないようだな。」


「え?覚悟???」


「ああ。一つ聞くが、お前粗方『ヤバい相手と出くわしたら、スキルかけて逃げればいいや』とか思ってたんだろ?」


「ギクッ!?」


「やっぱりな。それじゃあ不味いんだよ。」


「・・・・。」


「オレも本気で行くから、それが何かを感じ取ってみろ。」


「うん。」


エストが息を飲むと、頬に汗を垂らしながら剣を構えた。


「行くぞ。」


ガルシアが剣を構えると、エストは一瞬で首を刎ねられた。


「・・・・。」


突如真っ暗な世界の中で、自分の首が地面に転がる。


転がった先にプランダーエイプスの首が落ちていた。


その首がこちらに気づいてニヤリと笑うと、大声で嬉しそうに叫び始めた。


『ギャー!!!ギャッ!ギャッ!ギャッ!!!』


「・・・・。」


剣を構えながら両膝を着き、そのまま暫く呆然としているエストの首は繋がったままだった。


その様子を見ていたガルシアは、ため息をつき首を横に振る。


「リュナよ・・・エストをここに送り込むのは早合点だったんじゃねーのか?」


ガルシアがそう呟くと、ハッと我に返ったエストは立ち上がった。


「お!!大丈夫なのか??」


「うん・・・・俺・・・今首を斬られたような気がした・・・・じいちゃんの斬撃に死を感じたの??・・・・・かな?」


「そうだ。よくすぐ戻ってこれたな。」


エストは天を仰いだ。


「ふぅう・・俺・・・相手を殺す覚悟は出来ていても、自分が殺される覚悟は出来て無かったみたいだ・・・あんなに命を奪っておいて・・・・恥ずかしいや。」


「あんなに??お前はレッドベアを1体だけ殺してきたんじゃないのか?」


「ううん・・樹海の森で、魔物を250近く・・・・。」


「250だと!?そんなに多くを殺して来たのか?リュナの手紙にレッドベアを1匹と書いてあったが・・・なぜそんなに命を奪ってきた?」


憤るガルシアに慌てたエストは、樹海での出来事を包み隠さず話し始めた。



「・・・・それで、オレは獣人族を助けたくて・・・・・。」



言葉足らずだった事を謝罪しながら、一生懸命説明するエストの話を聞くにつれて、ガルシアの顔はどんどん引き攣っていった。


「腕が少し長くて、黒い毛だと!?・・・やべぇな・・・それ、オレのせいじゃねーか。確かにアイツら南の方に逃げていったな・・・。」


****


ガルシアは、たまにグラティアに酒を買いに行くことがあった。数年前、酒造の親父の『最近、南の森から猿が現れてなぁ。畑を食い荒らすんで困ってるんだよ。このままじゃ、酒を造れなくなるかも知れねーんだ。』という愚痴を聞いたガルシアは、猿に苛立ち森に入って行った。


「畑を荒らすんじゃねーよ!!こらぁああ!!!」


「ギャアアア!!!」


ボス猿にガルシアは威圧をかけていた。それまでガルシアに50匹近く仲間が殺されていたが、一瞬で殺されるイメージを植え付けられたボス猿は、これ以上この生き物と争う選択を取らずに群れを率いて南下する事に決めた。


そして南下したその先にはあの樹海があった。またそれ故に、エストと対峙したボス猿は、戻ってガルシアと戦う事よりエストと戦う事を選んだのだった。


****


「あれ?じいちゃん聞いてる??」


苦笑いを浮かべたまま立っているガルシアにエストは声をかけた。


「ん!?ああ、聞いてたぞ。そ、そうか。それなりの死線を超えて来てはいたんだな。(やべぇ・・知らねぇうちに、孫に借りを作っちまってたな。後で謝んねーと・・・。)」


「うん。でも、これまでの考え方じゃダメなんだって、今のでよく分かったよ。」


「そうか。及第だな。・・・・なぁ・・・エスト。」


少し落ち込んだ表情を見せたエストに、ガルシアは屈んで肩を組んだ。


「ん・・・。」


「今のお前は圧倒的強者の前では手も足も出ないかもしれねー。だが、だったらどうなればいいと思う?」


「鍛えて強くなる・・・。」


「いや。死ぬほど鍛えて絶対的強者になるのさ!!!」


「!!!!!」


その言葉を聞いてバッとガルシアの方を見たエストの瞳に、ニッと笑ったガルシアが映っていた。




****



余談であるが、ガルシアの机に上に置いてあるリュナからの手紙の結びに


『あ!それと父さん!「絶大」「絶対的」「究極」的な言葉を使えば、エストは勝手にテンション上げてくれるから。』


と書いてあり、その効果はまさに絶大であった。


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