第10話 イヴァリアにて 〜クリミナとカリンとイリーナ〜

神都イヴァリアの東部にある魔法学校は、それぞれ加護を受けた属性によって4つの学部が分かれていた。


その中で3大と呼ばれているものが火・水・土であった。最後の1つは特殊学部と呼ばれ、そこは極稀に3大以外の精霊の加護を受けた者が通っていた。また特殊の中では『治癒を司る精霊』の加護を受け『回復魔法』を扱える者や『氷魔法』を扱える者などが有名であったが、その数は3大と比較すれば極少数だった。


水の精霊の加護を受けていたカリンは、魔法学校に入ってすぐに水の代表格でもあるクリミナ・レディフォーネントの庇護下に入る事となった。その為転校初日のような他属性からの嫌がらせなどを受ける事はめっきり無くなったが、転入してきたばかりの田舎者が、憧れの対象であるクリミナの庇護下に入った事を妬む水の生徒も多かった。


そのため、カリンは辛い思いをしていた。


同学年の生徒達に無視をされ、訓練で目の敵にされては魔法の標的にされる事も多々あった。


しかし、その状況を目にしてもクリミナは何も言わず静観しているだけだった。


(カリンからは、クリミナが静観しているように見えたが、クリミナは下唇を噛み締め、強く握った手はわずかに震えていた。)


カリンはそんな環境に耐えきれず、転校して3か月経ったある日から体調が悪いと言い、登校を拒否をするようになった。そして両親が心配しても、多くは語らず部屋に閉じこもるようになってしまっていた。


「もう学校に行きたくないよ。アリエナに帰りたいよぅ・・・みんなに会いたいよ・・・・。」


学校を休み始めてから1週間・・この日もベッドの中で蹲って泣いていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「リオネルさん。レディフォーネントです。」


「・・・・・・。」


クリミナの突然の訪問に驚いたカリンだったが、クリミナと話す事など無いカリンは、返事をせずそのまま無視する事にした。


「そこにいらっしゃるのは分かっていますので、このままお話致しますわね。」


「・・・・・。」


それでも返事が無かったクリミナは、カリンからの応答を諦めそのまま話始めた。


「リオネルさん。私も儀式による転入生でした。私が生まれ育ったのはグラティアです。」


カリンは少し驚いた。『クリミナは神都生まれで、恵まれた環境の中で生きて来た。』と思い込んでいたからだった。それもそのはずで、クリミナからあまり話をしてくる事はなく、周囲からは無視され続け、精神を傷つけられていたカリンが、クリミナの素性を知るはずがなかった。


「カリンさんも体験したと思いますが、学校内では力が全てです。そんな中、弱く、何も知らないまま転入してきたわたくしも・・・当時は酷い虐めにあいました。」


「・・・・。」


「ですが、誰も助けてくれませんでした。周囲に味方をしてくれる者は一人もおらず、私は一人で立ち上がるしかありませんでした。悔しくて憎たらしくて『絶対に見返してやる!』という思いで・・・これまで頑張ってきました。」


バン!!!!と突然ドアに何かが当たった音がした。クリミナがそれにピクッと反応すると、部屋の中からカリンが叫んだ。


「私にも同じように『立ち上がって頑張れ』って言うんですか!!」


ドアに向かって枕を投げつけたカリンは、ドア越しにクリミナを怒鳴ると肩で息をしていた。


「いえ・・そうではありません。今日は謝罪にきたのですから。」


「・・・・。」


「私はあなたが羨ましかったのです。」


「羨ましい??何がですか??こんな・・・弱い私のどこが?」


「私はここに来たとき、両親はグラティアに残ったため1人でした。それに内気だった私には地元に友達と呼べる人はいませんでした。」


「・・・・。」


「本当なら、転入してきたあなたの辛さが分かるはずですのに・・・あなたには両親が傍にいて、それに故郷には友達がたくさんいるようでしたし、良い人も・・・。」


「え!?」


「私は気づかぬ内にあなたを妬んでいたようです。何とも情けない話です。私は、リオネルさんが学校に来なくなって・・・やっと自分の心の・・『バン!!!!!!』


今度は突然ドアが開いた。目を大きく開いて驚いた顔をしているクリミナの前に、顔を真っ赤にしてプルプル震えているカリンが立っていた。


「リオネルさん・・・きゃっ!?」


カリンはクリミナの手を掴むと、部屋の中に引っ張り入れた。


「さっきのは・・・・いったいどうして・・・。」


「え?リオネルさん??どうしてって、あなたが羨ましくて妬んだんです。」


「それじゃないです。良い人っていったい何で・・・。」


部屋の中で呆然と立ち尽くすクリミナの前で、変わらず顔を真っ赤にしてカリンはプルプル震えていた。


「何でって、ご自分で仰られてましたよ。」


「えええ!!!い、い、言ってないですよ。」


「いえ、リオネルさん。あなた偶に独り言を言いますわよ。それなりに大きな声で・・・。」


「ふえええ!?」


「エストとの約束が・・・云々とか・・・。」


「ふえええええええ!?」


「エスト浮気してなきゃいいな・・・云々とか・・・・。」


「ふえええええええええええええええええええ!?」


床に崩れ落ちたカリンは「もう・・・違う理由で学校に行きたくない・・・。」とぼそぼそ独り言を話していた。


「ふふふ。リオネルさんは可愛らしいですね。それも羨ましいですわ。」


クリミナがふわっと笑顔を見せた。カリンは初めて見たクリミナの笑顔に頬を染めてしまっていた。


「ひとつ聞いて良いかしら?」


「なんでしょうか?」


「彼とどんな約束をしたのですか?」


「ど、どうして知りたいんですか??」


「駄目でしょうか?」


「だ・・ダメではないですけど・・・あの・・私が彼をずっと待っていて、彼は頑張ってイヴァリアに認められて会いに来るっていう・・あの・・その・・。」


もじもじしているカリンを見て、またフフッと笑ったクリミナは「そう・・素敵ね。」と言うと真面目な顔に切り替えた。


「でも、リオネルさん。彼が頑張ってあなたを迎えに来た時に、あなたは今のままで良いのですか?あなたが今のままでも、彼は優しく包んでくれるかもしれないですが、それで良いのですか????」


カリンはハッとした。「良いはずがない。」と思えた。


「良くないです・・・胸を張って彼に会いたい・・・うぅ・・ううう。」


手をギュッと握り、泣き始めたカリンのその手にクリミナはそっと自分の手を寄せた。


「これからは私が助力します。もう孤立何てさせません・・・ただ、実力主義の学校ですから、優しくはありませんが・・・。」


「大丈夫です。やります。私やります!!」


「リオネルさん・・・。」


「カリンでいいです。ありがとうございます。クリミナ先輩。」


カリンがえへっと笑うと、クリミナもフッと微笑んだ。



****




―イヴァリア歴15年6月15日-


久しぶりに剣を合わせ終えたカリンとクリミナは、互いに向かい合いお辞儀をした。


カリンは今も同じくツインテールにしていたが、髪は腰あたりまで長くしていた。アリエナにいた頃のおっとりとした柔らかい目元は、今はそこに強さが入った凛としたものになっていた。


あれからクリミナの下で学んできたカリンは、水の魔法を使う際にツインテールが水と共に流れるように舞う姿が美しく、今では一部にファンがいるらしい。


そして、カリンが髪を長くしたのはクリミナの助言で、彼女曰くただの演出であった。


「何かしら美しいという特徴があるのも強みですよ。」


と言うクリミナはその実体験があった。


クリミナが片側だけノースリーブにしたのにはちゃんと理由があった。彼女が魔法を全力で使うと、右腕全体から水が溢れ出る。それ故に毎回右袖が濡れてしまうことを煩わしく思っていたクリミナはノースリーブにしたのだったが、それが美しいと周囲から高評価を受け、またそれが彼女が『水の学部』で駆け上がっていく理由の一つにもなった。


「だいぶ魔力の扱いが上手くなったわね。」


「はぁ・・はぁ・・ありがとうございます。」


「それにしても、カリンも私と同じ魔法剣士になるとは思いませんでしたわ。」


「何となく、杖より剣の方が集中力が上がるような気がしたので、試してみたらしっくりきました。」


「直観は大事です。良い判断でしたね。」


「はい。ありがとうございます。」


クリミナと話しながら演習場を出たカリンは、彼女と別れると神都に向かった。この日はイリーナがイヴァリアに入国する日だった。


イリーナが考案した商品をイヴァリアで販売する交渉会の場に、勉強のためという名目で父に付き添い同席するのだそうだ。


ちなみにイリーナが考案した物とは、カリンがウエステッド商会の物販店で気に入ったオルゴールを基にして、アルスト城の彫刻をあしらい、スイッチを入れると、アルスト城の城門が開いてそこからアルストが現れるという仕掛になっているオルゴールだった。


「イリーナは天才だ!!!」とクレイグが周囲に自慢したのは言うまでもない。



カリンがタクミ・イノウエの像がある中央広場に着くと、イリーナは既に到着していてカリンが来るのを待っていた。


「イリーナ―――――――――!!!!」


「わっ!!カリン!!!」


走って来た勢いのまま、カリンはイリーナに飛び付いた。


「久しぶりねーーー。」


イリーナがイヴァリアに入るのは3回目で、前回会ったのは半年前だった。


「わぁ!イリーナの髪型可愛い!!!」


「そ、そう?まぁ普通よ・・・。」


変わらぬツンデレ具合にキュンキュンするカリンだった。



****


「え!?何それ!?!?!?」


神都で流行の喫茶店に来ていた2人だったが、驚いたカリンがガタッと席から立ち上がった。


「ちょ・・ちょっとカリン。」


その様子に驚いた周囲に視線を向けられ、恥ずかしくなったイリーナが座るように促す。


「あ・・・。ごめん・・・びっくりして・・・。」


「私もびっくりしたわよ。突然明日旅に出るって言うんだもの。」


「そ・・そんな・・・1人で大丈夫なのかな??」


「大丈夫よ。きっと。」


「ど、どうしてそう言えるの??」


「あいつ・・・とても体つきが良くなって、凄い強いんだもん・・。」


「は??」


「なんか毎日体を鍛えてたみないなの。」


「ど・ど・どうしてイリーナがエストの体つきとか知ってるの?」


頬を膨らませてプルプル震えだしたカリンに、ギョッとしたイリーナは慌てて説明をする。


「お、落ち着いてカリン。前にリュナさんに用事があってエスト家に行ったら、エストが農作業してて上半身裸だったの。」


「えええええ!!」


「そしたら私でも分かるくらい、めちゃくちゃ締まった体になってて・・結構前に村の同年代くらいの子に絡まれた時も、なんか相手を瞬殺だったし・・・って。」


「体つきのいい・・・エスト・・・・・。」


「カリン・・・ちょっと・・カリンさーん・・・ああ・・・駄目ね。」


妄想モードに入ってしまい、上の空になったカリンをイリーナはしばらく放っておくことにした。


カリンがモードから戻ってくるのに5分はかかり、イリーナはため息をついた。


「はぁ。帰って来た??エスト・・カリンとの約束を守るために頑張ってるんじゃないの?」


「そ・・そうよね、私も頑張ろ。・・・・と、ところでドゥーエは元気??」


モードに入っていたのが恥ずかしくなったカリンが、話題を変えようとドゥーエの事を質問するとイリーナの表情が少し曇ってしまった。


「え・・・どうしたの??何かあったの??」


「アリエナの西北に現れた蛮族の討伐隊に選ばれたみたいで・・・先日アリエナを発ったわ・・・。」


「え!?何それ!?!?!?」


「直前までドゥーエも知らされていなかったんだと思う・・・私に何の連絡もなく行っちゃったから。」


「そんな・・・・。」


「でも、きっと大丈夫よ。アリエナを出る前に隊列に入っていたドゥーエに声かけたらいつもの笑顔を見せてくれたし。それに周囲の人も精鋭部隊だって言ってたから・・・。」


「イリーナ・・。」


カリンは気丈に振る舞うイリーナを抱き寄せた。





この時、ドゥーエが既に蛮族に囚われている事を2人は知る由も無かった。

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