プロローグ② 勇者 アルストの物語
今から約320年程前。
この地を支配していたのは人族ではなく魔族であった。
魔族は一様に角(角の種類は様々であったが)を生やしていた。そして、ある者は獰猛な魔物を従え、ある者は鋭い牙を持ち、ある者は口から火炎を吹き、ある者は人族の3倍もの背丈があった。背中にコウモリのような羽根を持ち自由に空を飛ぶ者もおれば、上位の魔族の中には強力な魔法を使う者までいた。
無論、そんな魔族達に人族が敵うわけが無かった。
その頃の人族は各地で集落を形成して暮らしていたが、これといった武器は無く、あっても狩りのための石弓や石槍などしか持ち得ていなかった。また魔法も「火」は薪を燃やす程度のもので、「水」はのどを潤す程度のものでしかなかった。それほどまでに文化・武器・魔法が進化しなかった理由にはやはり魔族があった。見つかれば集落そのものが根絶やしにされてしまうため、一定の場所に長く暮らすことが出来なかった。
常に魔族を恐れ、怯え、目を逃れながら細々と暮らしていた彼らに「生き延びる」以外の目的は無く、暮らしや道具をより良いものにしようとする余裕は一切無かった。
しかし、人族が何とか生き延びる事が出来ていた理由の一つに、魔族間同志でのいさかいも絶えなかったというものがあった。時には集落を襲っていた魔族が鉢合わせた別の魔族と揉め始め、その隙に逃げる事が出来た人族もいたくらいであった。
だが、魔族に「王」が誕生すると、それまで意思の統一は無く各々自由に行動していた魔族達が統制を取り始めた。
これまで魔族に王が居なかったのは、魔族同士の力が均衡しており、突出した力を持った者がいなかったからだった。しかし、その突出した力を持った者が現れた。王となったバスチェナの力は他の魔族を圧倒するもので、赤子の手をひねるかの如く魔族達をねじ伏せていった。
額の両端には2本の鋭い角を生やし、吊上がった目にはすべてを焼き尽くすような真赤な瞳が光っていた。口の片端を上げ、踵まである漆黒の髪をなびかせながら魔族を率いる彼の姿はまさに「魔族の王」にふさわしいものであった。
そして魔族の王となったバスチェナは、この地に生きる全ての人族を滅ぼさんと、各地に散らばっていた全ての魔族を自分の下に集めると、大陸の東側に位置する山岳地帯に拠点を築き、その領土を徐々に広げていった。
これまでは、まだ逃げようがあった人族であったが、バスチェナが現れてからは確実に追い詰められていった。
人族の未来は無いに等しかった。
しかし、追い詰められ、絶望した彼ら前に奇跡が起こった。
「人族の母神にして女神イヴァ」が降臨し、他の世界より1人の戦士を召喚したのだ。
召喚された戦士の名は「アルスト」と言った。
アルストは屈強な肉体を持ち、何にも屈しないという意思を示すような力強い目をしていた。そして勇ましくも整ったその顔立ちをさらに神々しく演出するかのように、陽の光が当たった彼の長い髪は黄金色に輝いていたのだった。
そして、光輝く鎧、盾、剣を女神より授かったアルストは、人族を根絶やしにせんとする魔族や魔物達を次々と打ち破っていった。
強靭な上位の魔族が現れても、彼の身体が輝き出すとそれまでの何倍もの力で物ともせずに切り捨てていくのだった。
そんなアルストの姿に人族は大声を上げ喜び、「女神 イヴァ」に心より感謝をし、アルストを「勇者」「女神の使徒」と称えるのだった。
次々と魔族を打破していくアルストは、勢いそのままにバスチェナを打ち負かしてくれるだろうと思われていた。だが、魔族の王であるバスチェナの力もまた強大なものであった。
相対した2人は三日三晩、激しい死闘を繰り広げていたが、四日目の朝、突然大きな爆発音がするとそれまでけたたましく鳴り響いていた2人の戦う音は途端に消え失せ、辺りは静寂に包まれた。
爆発音の後、しばらく経っても帰って来ないアルストが心配になった人族達は、恐る恐る戦いの場の様子を見に行くと、アルストとバスチェナ、どちらもその場に倒れていた。
驚いた人族達であったが2人ともまだ息があることに気づくと、気を失っていたアルストを救い出し、這って逃げようとするバスチェナに止めを刺そうとした。
だが、彼らの前に再び「女神 イヴァ」が降臨した。
女神は涙を流し
『これ以上の殺し合いを私は望みません。あなた方が手を血に染める必要は無いのです。』
と人族に訴えかけた。
女神のその姿に涙を流し、平伏す者達もいたが、納得がいかない者達もいた。しかし、意識を取り戻したアルストの言葉で彼らはその溜飲を下げざるを得なかった。
アルストは人族の国を立ち上げる事をバスチェナに伝え、傷が癒えたら再会し、互いに互いの国の侵略行為を行わない条約を結ぶ事をバスチェナと約束したのだった。
その後、王となったアルストは、約束通りバスチェナと不可侵条約を結び、彼が元いた別世界の知恵や知識を活かし王国を発展させていくのであった。
これが、アルスト王国の始まりの物語であり、勇者アルストの物語だった。
________________________________
お読みいただきありがとうございますm(_ _"m)読んでみて面白かったと思っていただけましたら、応援や星、レビューしていただければ嬉しいです(o_ _)o))
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます