第13話 本当に優しい先輩



「ねぇ、久しぶりにプリンが食べたいわ」

「明日給料日なんですから、それまで我慢してください」

「キミはもうお金はないんだっけ?」

「志保先輩との生活費でとっくに消えました」

「甲斐性がないのね。でも私との生活費って響きは嫌いじゃないわ」

「あ、はい。そうですか」


 いつものパン屋で志保先輩とそんな会話をしていた。今日は運良く店の残りがあった為、それを志保先輩が食べて俺は自宅でご飯を済ませてきた。


「なんだか、自由が無いわね」

「そりゃ今は貧乏ってレベルじゃないくらい貧相ですからね」

「でも、あの家にいた頃よりは全然幸せだわ。ご飯を食べる時はキミがいる。自分の好きに寝ることができて、自分の好きに起きることができる」


 俺が普段当たり前のように過ごしてる内容を特別だと言いながら、志保先輩はとても満たされた表情をしていた。

 俺が誘って連れてきて、お世辞にも裕福とは言えない生活でも志保先輩が喜んでくれてるのが救いだった。


「あ、すっかり忘れてたわ」

「何がですか?」

「ほら、今までの分ってことで少し長めにね」


 そう言って志保先輩は制服のスカートを捲り上げてきた。鮮やかなピンク色のパンツだけど、少しだけ白いフリルが付いているのが可愛らしい。って実況してる場合じゃなくてね、だから先輩あんた何してるんですかね?


「キミの好みに合わせてきたのだけれど、どうだったかしら?」

「いや、だから毎度のことなんでパンツ見せてくるんですか? ってか今の今まで忘れてましたよ先輩のその設定」

「私にしてあげられるのはこれくらいしかないから。貰った分を返せるのがコレだからよ」


 そうだった。志保先輩は俺にバレンタインチョコの代わりに純白のパンツを渡してきて、お礼と称してパンツを見せてくる変態だったのをすっかり忘れていた。


「ツケときますのて、将来返してくださいよ」

「パンツを?」

「パンツから離れてください」


 別にパンツが欲しいわけじゃない。だからと言ってお金が欲しいわけでもない。見返りなんか必要なくって、俺はただ純粋に志保先輩の力になりたいだけだったから。


「見返りを求めないのは本当にどうかしてると思うわ」

「その言葉、そっくり志保先輩に返しますよ」

「そう。なら私達はどうかしてる変人、似た物同士で相性良いわね」

「志保先輩ってポジティブっすよね」


 そうかしらと言いながら志保先輩はスカートを捲るのをやめた。そして志保先輩が少しずつ俺に近づいてくる。なんで近づいて来るのかが分からない。分からないから志保先輩が一歩踏み出すと俺も思わず一歩後退してしまう。


「どうして逃げるの?」

「どうして無言で近づいて来るんですか……?」

「キミとキスをする為よ」

「は……?」

「私はしたいの」

「いや、お礼ならもういいですから……」


 お礼だからと言ってキスとかパンツを見せられたりしたって嬉しくない。いや、興奮はするんだろうけど、そうやって見返りを求めて過去に志保先輩を傷つけた人達と一緒にして欲しくなかった。

 俺はそんな見返りなんて求めない。志保先輩が笑ってくれるならそれでいい、それだけでいいんだ。


「お礼なんかじゃない。私個人がキミとしたいの。私はキミが好きだから」

「そう……ですか。でもすみません。それだけはできません」

「どうして?」

「それは――」


 そんな俺の言葉を遮るように志保先輩は俺に顔を近づけてきた。だけどキスする訳でもなく、そっと優しく包み込んで、抱きしめてくれた。


「ごめんね。私欲張りだね。今まで憧れてきたものが手に入れられてたから、きっとキミもすぐ手に入れられると思ったけど、違うね」

「志保先輩……」

「本当に欲しい物を手に入れるのは難しいのね。でも私って欲張りだから諦めない。だからキミにも覚えておいて欲しいの。この気持ちに嘘偽りがないことを」

「…………」

「言葉で言うのは簡単。だからちゃんと態度で示すから。だから私を嫌いにならないで欲しい。見捨てないで……欲しい」


 志保先輩の身体は震えていた。でもその震える身体を優しく抱きしめ返すことは俺にはできなかった。ごめんねと謝らなきゃいけないのは俺の方なのに。

 俺の抱える悩みと志保先輩の抱える悩みじゃ釣り合わないくらい志保先輩の方が深刻で重いのに、それでも志保先輩は俺に優しい言葉をかけてくれる。


 ごめんなさい。俺にももう少しだけ時間をください。ちゃんと志保先輩の気持ちに応えられるように強くなってみせるから。もう少しだけ待っていてください。

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