第三話「混乱」

その後、何も手につかずベッドに腰掛けていた。

突きつけられた現実にただ戦慄していた。


「嘘だろ……こんな利用規約、まかり通るかよ……!」


ふざけている。ゲームするだけで現実世界に事実上帰れず、しかもその実験とやらが終わるまで出れないなんて、そんなのあり得ないだろ……

未だにネットには繋がらない。

……ダメだ。一人で考えてもダメだ!とりあえず情報、現状に対する情報を……集めるんだ。

急いで広場へと走っていく。そこにはログアウト出来ない事に気づいたプレイヤーで溢れていた。心配そうに現状を確認しようと何人かはネットを見ている。


「おいおい、公式は何も発表してねぇぞ……もしかして利用規約に書いてあった事は本当に?」


「だとしたら俺達どうすんだよ!?まさか本当にこの世界から出られないっていうのかよ!」


その男は大声で反応する。


「おいバカッ、声がデケェよ!」


広場に広まったその情報により広場は徐々に緊張が走る。

そして緊張が臨界点に達し、ある女プレイヤーが震えた身体を押さえつけながら叫ぶ。


「いや……嫌、まだぁ!まだあっちの世界でやり残したことがあるのに!こんな世界にずっといるなんて……嫌ぁぁ!!」


その女はおもむろにNPCに話しかける。


「ねぇ、あんたここから早く私を出しなさいよ!早く!」


「やあ、Miko☆さん!今日もいいのが入ってるよ!」


NPCはあらかじめプログラムされていたであろう台詞を発する。


「そんなのいいの!早く!私を出して!いや出せ!この糞野郎!」


「やあ、Miko☆さん!今日もいいのが入ってるよ!」


女はわなわなと震え、商人を蹴り飛ばす。


「糞がぁ!」


女は泣きじゃくりながら爪を噛む。商人は顔色一つ変えず元いた位置に戻り、台詞を繰り返す。


「何かあったらよろしくな!」


何事も無かったように用意された台詞をただ機械的に喋る。

この光景だけでも相当ショッキングな出来事だ。

それにしてもあの女性……明らかにパニックを起こしている。周りの人間も狂った女性の狂気に侵されている。その狂気と緊張は蔓延する様に周りの人間に伝播する。そして広場に広がった狂気により大規模な混乱状態が起き始める。精神的に未熟なものからパニックを起こし、広場は一時騒然とした。


数分も経たないうちに広場は荒れ尽くし、俺以外の殆どのプレイヤーは広場から離れていく。

あの惨状を目の当たりにしたせいか少し放心している。俺はなぜか妙に落ち着いていた。

荒れ果てた広場を目の当たりにしながら、オブジェクトの木箱に座る。

……あの周囲の状況からして俺達は完全に閉じ込められたと解釈していいだろう。

この夕飯時、夕食を食べようと一度ゲームをやめようとしたプレイヤー達がほぼ同時にログアウトを行おうとした所、多くの人間がログアウト出来ないという事実を突きつけられた訳だ。利用規約にはログアウト出来ると書いてあったが何故俺達は……?

まあ、ログアウトした所で現実世界には帰れないわけだけど。

そして広場にいたほとんどの人間はインターネットが使えない人達だった。

俺と同じような考えで広場に来たのだろうが状況は最悪なものになった。誰のせいとかではない、恐らく起こるべくして起きた出来事なのだろう……

しかしさっきから気になる事がある。

腹が減らないのだ。

それにトイレに行きたいとも思わない。

普通にVRゲームをしている最中でも腹は減ったり、喉が渇く。便意だって普通に感じたりする。それなのにさっきからこのゲームにはそれが存在していない。

ゲームをしていた時は意識していなかったが、何か不自然だ。

俺はもう一度利用規約の続きを読む。三行ほど後に気になる記載がある。


『被験者の現実の肉体はAIがそれぞれの被験者の肉体データから習慣や癖、口調などを完璧に学習し最適な行動を取るようプログラムされています。なので現実の肉体は気にせず、ゲームをお楽しみ下さい』


AIが俺の体を動かしている?ようするに俺の体、いやここに監禁されたプレイヤー達の体はAIに支配されているってことなのか……

だ、だけどAIだぞ……10万人の人間の脳や神経がAIに変えられれば現実世界の方で他の人達が異変に気づくはずだ……外部から犯人を突き止めて、ここから脱出することも十分可能な筈だ。

俺は一度利用規約を読むのを止め、メニューを閉じる。

今日は色んな事が起きすぎた……一度休むべきかもしれないな。さっきから思考が上手くまとまらない。

それに……とやらが何か分からない以上、むやみやたらに動くべきじゃない。

ゆっくりと木箱から立ち上がり、部屋へと力なく歩いていき、上を向くと異様にリアルな月が俺を覗き込んでいた。

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