Chapter2-MECHANIC GIRL/黒鉄千夜子登場




【廻side】


「あっ、いた! まわるーーッ!」



 準決勝のソルジャーゲームを終え、自販機とベンチが横並びしている屋外の休憩所でくつろいでいるとこちらに気づいた少女が近づいてくる。



 肩程度まで伸ばしたダークブロンドの髪と目鼻立ちの整った高価な人形のような顔立ち。

 頭に乗せている赤のゴーグル。

 馬のマークのはいった青のショルダーバッグ。



 そこまで確認して俺はその少女が何者なのかを理解することが出来た。



「チョコか」



まわる、決勝進出おめでとう!」



「おう」



「センセーショナルなデビューになったんじゃない? 観客席じゃまわるとフェニックスギアの話題で持ちきりだったわよ」








 黒鉄くろがね千夜子ちよこ

 俺の幼馴染だ。

 黒鉄くろがねラボというギアソルジャー専門店の娘ということもあって、ギアソルジャーに関する造詣が深く、天性の手先の器用さもあってかメカニックとしても彼女は優秀である。


 千夜子チヨコよりチョコの方が呼びやすいという理由から親しい友人からはチョコと呼ばれている。



「決勝の相手は一条寺ハジメ。性格は常に冷静沈着で基本に忠実なオペレーションを得意としているコマンダーよ。使用するギアソルジャーは」



「余計な心配だ。次も俺が勝つからな」



「へぇ……自信十分ね」



「勝つ為の努力はしてきた」



『鬼のように厳しい修行だったからなぁ……あれは……』



「初めての決勝戦で物怖じしてるかと思ってるかと思ってたけどそれだけ自信があるなら心配ないわね。ねぇ……決勝までここにいるの?」



 ギアシューターに内蔵された時計を確認する。

 決勝戦まではまだ少し時間があった。



「決勝戦まであと一時間か……そうだな」



「じゃあフェニックスギアをアタシに貸してよ。15分でメンテナンス終わらせるから」



 何をして時間を潰そうと思案していると、チョコからそんな提案をされた。



「メンテナンスくらい自分でやるよ」



「じゃあ10分でいいわ」



「いやそういう問題じゃなくて俺は……むぐぅ!」



 全てを言い終わる前に口の中に甘い何かを突っ込まれた。



「ギアソルジャーのエネルギーの源は素体フレームに内蔵されたソウルギアから作られる創成因子ホビアニウム。そして創成因子ホビアニウムを作り出すためにはコマンダーの感情エネルギーが必要になる。戦いに備えて体を休めるのもコマンダーの大事な仕事よ。だからこれでも食べてゆっくり休んでいなさい」



 口の中に突っ込まれたのはチョコが愛食しているチョコバーだった。



 チョコ曰く、最も効率的に糖分とカロリーを摂取出来る食品がチョコバーらしく彼女のポケットにはイチゴ味だとかバナナ味だとか砕いたアーモンドが入ったものといった多種多様なチョコバーが入っている。


 それがチョコというあだ名で呼ばれる所以の一つでもあった。



「とかなんといって本当はフェニックスギアを解析したいだけなんだろ?」



『え!? そうなのか!?』



「えへへ……バレたぁ?」


 チョコはバツが悪そうに舌を出した。まるでいたずらがバレた子供のようなリアクションだ。



「伊達に幼馴染はやってないよ」



 チョコは典型的な研究者気質で、一度疑問が生まれるとそれが解消されるまで徹底的に研究したがる好奇心の塊のような奴だ。


 それが未だ詳細が謎に包まれたフェニックスギアともなればその好奇の対象のなるのも仕方がないとも言える。



「まぁいいや、フェニックスギアのことよろしく頼むぜ」



「任せなさい!」



『なんか……妙に視線が怖いぞチョコちゃん……』



「うふふふ……安心して全てを曝け出しなさい……フェニックスギアちゅわぁん……」



『ひぃぃぃ! お、おいまわる! どこへ行くんだ!?』



「トイレだよ」



『置いていくなよォ!』



「ふふふ……つーかまーえた♪ まずはソウルギアの出力調整からね、胸元から失礼しまぁす♪」



『うぉぉぉぉぉ! チェイサーーーー!!?』













 ***






「レディースエーンドジェントルメーン! 世界一のコマンダーを決めるソルジャーゲームの祭典! ワールドギアソルジャーチャンピオンシップス地区予選もいよいよ決勝戦だ! ここで優勝者したコマンダーはこの星楽地区の代表として全国大会への切符をてにすることができるぞ!」



『オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!』



「それでは選手の入場です! まずは今大会一番のダークホース! 彗星の如く現れた不死鳥! 歯車はぐるまわるゥゥゥゥゥゥ!」



『いよいよ決勝戦だ。気合入れていくぞ廻!』



「あぁ。そういえばずっと気になってたんだけど、お前やけにツヤツヤしてるな」



『チョコちゃんに機体の隅々ネジの一本一本までねちっこくオイルを塗りたぐられたからな! 誰かさんがふらっと居なくなっている間にな!』



「そんな根に持つなよ。チョコは確かにギアソルジャーが絡むと変態化するが、決して手を抜く奴じゃない」



「…………くちゅん! 誰かがわたしの噂をしているようね。それにしても対戦相手遅いわね……何かのトラブルかしら」



「えーー同じく決勝戦まで勝ち進んだ一条寺ハジメ選手ですが時間になってもギアフィールド上に現れません! 一体どこに行ってしまったのでしょうか!」



「ボクならずっとここにいるぞ」



 その声はアリーナの真上から聞こえて来ていた。

  


 観客席は徐々にざわつき始める。

 そして一人の観客が何かを見つけたように指を指し悲鳴を上げたのを皮切りに一同の意識はアリーナ真上の一点に集中した。



 地上から高さ25メートル上空に少年が3人立っていた。


 それも強風が吹き込む中、命綱すらない生身の人間が到底踏み止まれないような足場の悪い鉄骨の上に少年3人が何食わぬ顔で立っている。


 目を疑うような狂行である。



 「君達! そんなところで何をやっているんだ! 危ないから降りなさい!」



「うひひひひ! あんなこと言ってますよひひひ!」



「一条寺さぁん……ひどいっすよねぇ? ひひひ俺達ずっと待っていたのに」



「……歯車はぐるまわる……ッ!」



「う、嘘!?」



「あ、危ない! 落ちる!」



 3人の内リーダー格らしい一条寺の合図を皮切りに、真っ逆さまに転落していく少年達。



 アリーナ内は悲鳴と怒声が入り混じり混沌を極めていた。



 やがて少年達は地面スレスレで落下速度が減速していき、ゆっくりと舞い降りるようにしてギアフィールドに到達した。



「な、なぁんだ……命綱してたんならそう言って下さいよぉ……。それでは一条寺選手達が予期せぬサプライズで会場を盛り上げてくれた所で引き続き決勝戦始めて行くぞォォォォ!」



「わたしにはとても命綱なんてしてるようには見えなかった……まるで見えない力で体を浮かせたような……」




「ひひ……ひヒひひ」

 一条寺ハジメとその取り巻き達は正気を失っていた。

 肌は血色を失った白色。

 瞳はギラギラとして殺気立つように瞳孔が縦に開いていて、目元には真っ黒な隈がアイラインのように引かれていた。


「おいおい、チョコの話じゃ性格は常に冷静沈着なんじゃなかったのか? あの様子じゃとてもそうは見えないぜ」



まわる……あの少年達の体内からおぞましいほどドス黒い創成因子ホビアニウムを感じるぞ』



「見間違いじゃないのか? あいつらはギアソルジャーじゃない、人間だぞ? 体内に創成因子ホビアニウムがあるわけない」



「さぁ誇り高きコマンダー達よ! 信頼すべきギアソルジャーと共に戦場を駆け抜けチームを勝利に導け! ソルジャーゲームスタンバイ!」



「ちっ、もうどうにでもなれ!」



 ガチャン。

PHOENIXフェニックス GEARギア SETセット ONオン!』



「優勝……絶対にボクが優勝する……ッッ!」



「あのギアソルジャー……装甲アーマーが無いわ……骨格となる素体フレームだけ。まさかあんな状態の機体で戦うつもりなの?」



「ひヒひ……」


 ガチャン。

BLOODYブラッディー JAWSジョーズ SETセット ONオン!』



SETセット ONオンと同時に装甲が現れた……っ!? いや現れたというより創られたということ……なのか?」



『ギアシューターを通して少年達の中にあった黒い創成因子ホビアニウムが流れ込み装甲を作ったんだろうな……まるであの子の心に燻るドス黒い感情エネルギーが形を成したように』



「コマンダー諸共普通じゃなさそうだな」



「さぁボウヤ達……偉大なるギアデウスの先兵としてその甘美なる力を示すのよ……うふふふ」



 赤いロングコートの女は邪悪な笑みを浮かべ見晴らしの良いアリーナの最上席でその様子を見ていた。


 そのサングラスの間からチラつく瞳は一条寺達と同じく、蛇のような縦長の瞳孔をしていた。




「レディー! ファイト!」

 邪悪な陰謀が渦巻く中、波乱と混沌に満ちた決勝戦が始まった。



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