第20話 開会式

「あっ、兄貴!遅かったッスね......って、どうしたんスか?そんなに息切らして......」

「ハァ......ハァ......ッ、遅かったからに、決まってんだろ......」

「それもそうッスね!」

「元気そうで、何よりだよ......」


幻坂ほろさかと別れた後、公園で平静を取り戻すのに30分ほど掛かった。そうなれば必然的に遅刻間際だ。試合前だと言うのに【身体強化フォース】まで使って駆け抜けた。

しかしそのお陰でだいぶ心は落ち着いているし、体は温まっている。かなり良いコンディションになった......幻坂には感謝してもしきれないな。


「そろそろ開会式ッスよ」

「わかってるよ......」


時計を見れば時刻は8:58分を指している。本当にギリギリ間に合ったと言う感じだ。


外周部に座る......つまりは普段の教室と逆で、俺たちの座った場所は最も高所だ。

眼下には女共がキャッキャウフフの花園百合フィールドを展開している。その中心には当然のように幻坂。


「......人気あるねぇ」

「まあ学園2位ッスからね、姉御」

「強い上にそれを鼻に掛けず気さくに接してくれる美人......嫌う要素皆無だな」


本当に何故あんな奴が俺を気にかけてくれるのかわからん。


「いやあ、兄貴の初戦、楽しみッス」

「プレッシャー半端ないからやめてくれ」

「でも......勝つんスよね?」

「勝つ......、か」


俺の目標である母と妹の死の真相に迫る為には少しでも【異能者イクシーダー】社会の天上うえへ行かなくてはならない。今から始まるのはその第一歩......朝まではそう身構えていた。しかし。


(幻坂のおかげで不思議と落ち着いている)


落ち着いた心持のまま、上を向いて深呼吸をーーー


顔に影が差した。


「ん?」


おかしいな。今日は雲なんてなかったはずだが。

同時にパラパラパラパラと何か羽が回転する音が聞こえる。そう、これはを形容するならまるでヘリコプター......


「......へ?」


俺たちのいる第一体育館アリーナの吹き抜けた天井......その真上にいつのまにか巨大なヘリコプターが鎮座していた。その機体は真紅に彩られてはいるが......


「兄貴......アレ、軍用ヘリじゃないッスか?」

「なんか先端に付いてるな......」


巨大なヘリコプターの両側面下部にまるでガトリングの様な筒が装着されている。いやむしろ誰がどう見てもガトリング以外には見えないだろう。

俺たちだけでなく、生徒全員が呆気に取られていると、会場中至るところから白煙が噴き出てくる。その量は凄まじく、フィールドの中など煙が濃すぎて見ることすら出来ない。


『レディィィィィィスアァァァァァァァンドジェントルメェェェェェェン!!!!』


やけにノリノリな少しハスキー気味の女の声がスピーカーから爆音で鳴り響く。そのあまりの音量に思わず手の母指球で両耳を塞いでしまった。


「まさか......」

「これは......」


真紅の機体にはでな演出好き、加えてハスキーな女の声......ここまで来たら和了ツモだ。

軍用ヘリの馬鹿でかい扉が開き、そこから人影が飛び降りていった。そして......会場全体に"圧"が掛かった。


(これは......)


そしてその圧が勘違いではないことに気がつく。肌に触れる空気が確実に熱くなっている。


フィールド上の白煙の中......メラリと燃える炎が見えた。それも一つや二つじゃない。フィールドの中心の人影を中心としてとぐろを巻くように炎が展開されている。

その温度、範囲、指定......完璧な異能制御だからこそ為せる技だ。


白煙が晴れ、中央の人影が見えるか見えないか......そうなった瞬間だった。


ブワァァァァァァァァァァァァ!!!


「うおっ」

「きゃあっ!」

「!?」


会場中から驚きの声が上がる。それも当然、先ほどまで地を這う様にとぐろを巻いていた炎が一気に吹き上がり、幾重もの壁を形作ったからだ。

それをみたすべての生徒が思った。


(あの人は、化け物だ)


炎の壁が一瞬にして掻き消え、そこに残ったのは結局人影だけ。その人影はやや季節外れに見える黒いコートをはためかせ、美しい灼華の髪を振り乱す。


「やあ諸君、待たせたかな?」

「「「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」」」

「うるさ!?」


さっきのスピーカーからの音とは比べ物にならない。何せ学園中の女が黄色い歓声を上げたからだ。


さて、こんな派手な演出で登場することが出来る者などこの学園に1人しかいるまい。


「学園長の、才園寺 恵だ!よろしく!」


そりゃあ、学園長クソアマしかいないって。










才園寺さいおんじ めぐみ。日本初の異能学園、才園寺学園の前学園長の一人娘として生を受ける。

際立った類稀な容姿に加え、4~5歳の段階でIQ150を超える数値を叩き出した天才的な頭脳。そして何よりも【天下無双さいきょう】と言われる【異能ギフト】を持つ才女だ。


【異能】は......不明。

別に俺のリサーチ能力が低いわけじゃない。本当に彼女の異能はごく一部の者を除き、のだ。名称不明。系統不明。属性不明。等級不明。幾度となく異能を使用するさまを他人に見せてきたのにも関わらず、だ。

その理由は一重に異能が出来る事が多彩すぎるためである。


考えても見てほしい。後から違和感を抱いたが、俺と出会った時からして既におかしかったのだ。

俺を拉致して強制的に入学させた日......あいつは俺の目の前で手のひらから火を出した。さっきも凄まじいコントロールを以って炎の壁を作り出していた。しかし、あの時俺は同時に手足を能力で縛られていたのだ。


あれは決して他人によるものじゃない。学園長が指を鳴らした瞬間に手足の拘束が解けている。つまり学園長は少なくとも炎の【異能ギフト】と拘束の【異能ギフト】を持っていることになる。

そして当然ながら......それだけじゃない。


彼女の学生時代の記録映像を見た事がある。そこには全国大会にまで出てきた強者を火で、氷で、風で、雷で甚振いたぶるあいつの姿があった。その様はあまりにも一方的で、言うなればボクシングのヘヴィ級チャンピオンと赤子の戦いの様な気すらしてしまった。


実際凡俗と彼女では器もその中身も違う。学園長の娘という事で才園寺学園に進学した彼女は1年にして校内順位ランキング1位に上り詰め、そのまま夏休みの時期に行われる他の学園との対抗戦ウォーズでも1位をもぎ取り、そのまま生徒会長に就任。個人戦でも1位を獲得し、(《さらにそれを3年間継続した》》......嘘の様で本当の出来事だ。


卒業後はそのまま欧州の強豪【異能者イクシーダー】が集うプロリーグに挑戦し、当然の如く首位を獲得。2年間玉座に座り続けた後、突然姿を消した。

そして3年間の空白期間を経て23歳で我らが才園寺学園の学園長に就任した。そこから就任期間は今年で3年目と聞くから年齢は25か26だろうか。

俺も多くは知らないが、その強さと美貌ゆえに凄まじい人気を誇る【異能者】なのは間違いない。世界でも3本の指に入るだろう。


そして当然その人気は我が校の生徒からも同様である。先ほどの超歓声はそう言う事だ。聞くところによれば才園寺学園に進学する生徒のおよそ1/3が学園長目当てに来ると言うのだから驚きだ。

まあ実際普段は人当たりがいい学園長だ。しかし......


「......流石の人気ッスね」

「そりゃ世界最強の1人だろ?人気もあるよな......」

「本性知らないからあんなふうに騒げるんスよ」

「頑なに言わないけどお前、転校してくる時に何があったんだ?」

「言わないし言えないッス。言ったら殺されるッス」

「んな大袈裟な......あいつからやりかねんな」


その後は学園長の独壇場といった風に開会式は#つつが無く進行......はしなかった。うん。だってそれどころじゃなくなってるんだもんね。


そんなこんなで時刻は9:35分。そろそろ控室に行かなくては。


「頑張ってくださいね、兄貴!」

「やれるだけやって来るよ」

「ウス!」


黒岩に見送られ、控え室への道を歩く。俺の控え室は東サイド。反対側が風宮だ。











あと20分ちょっとで......目標ゆめへの第一歩となる大切な試合が始まる。

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