第157話 習得

 デュークは、アルフォンスから譲り受けた【手甲ガントレット】を、両拳を合わせて打ち鳴らすと、笑みを浮かべながらミルメコレオに近づいていく。


 【不壊】アダマンタイト製の手甲は、とにかく重く使い難かった。

 アルフォンスが【軽量化】の印を刻んでいても、それは変わることがなかった。

 周囲の仲間は、すぐにアルフォンスから譲り受けた武器や防具を使いこなしているのに、自分だけが取り残されたような感覚が、ずっとデュークを苛んでいた。


 だが、それでも彼は努力することを辞めなかった。

 アルフォンスの訓練について行ければ、強くなれると信じていたから。

 彼自身がそう信じられたのは、この旅の途中でパーティーを組んだ仲間の影響が大きかった。


 来る日も来る日も繰り返されるアルフォンスとの組手。

 最近ではショコラと名付けられた子狼まで、相手にしている……否、ボコボコにされている。


 そんな地獄のような訓練を経て、デュークはついに硬気功と発勁を取得する。

 これらは、殴られたときの痛みを和らげるために、歯を食いしばったり、呼吸を整えたりと試行錯誤しているうちに、身についた業であった。


 これは気功と呼ばれる呼吸法によって、身体能力を向上させる類のものであった。


 これによって、デュークは拳闘士として遥かに高いステージに上ることとなる。


 依然としてアルフォンスやショコラには、ボコボコにされるものの、明らかに立っていられる時間がそれまでよりも長くなったし、この間はカウンターでショコラに攻撃を当てることが出来た。(当然、そのあとは足腰も立たないくらいボコボコにされたのだが……)


 しかし、それは確実に、自力がついたのだと確信するに至る出来事だった。


 硬気功や発勁を覚えて、デュークはアルフォンスから与えられた手甲が、いかに拳闘士向きのものであったかを痛感する。


 単に重すぎるだけと思っていた重量は、身体を強化しさえすれば、敵を殴り飛ばすには丁度いい重りとなった。

 さらに、拳の衝撃を相手に届ける際に無駄が生じないようにと、手甲のあちこちに補強が行われているデザインであることにも気づく。


(まさに、超一流の拳闘士でもある、アル少年だからこそ作れた逸品……)


 そう理解した今、デュークはこの手甲で戦うことが楽しくて仕方なかった。


 こうして【漆黒の奇蹟ミラキュラス ニグリ】では、補助役に回りがちだった男が、ついに覚醒したのだった。



 双子の弟のイーサンの魔術により、ミルメコレオまでの一本道ができた。


 デュークが不敵な笑みを浮べ、半獣半蟲の魔物を見つめながらゆっくりと歩いて行く。

 すると、相手は獣の咆哮を上げながら、こちらに襲いかかってくるのであった。


 鉄の板すら容易に切り裂くミルメコレオの凶爪がデュークに迫る。


 ――――キィィン


 澄んだ音が響き渡り、ミルメコレオの爪がキラキラと光を反射しながら宙を舞う。


「………………はい?」


 その間抜けな声は、襲撃者かあるいは味方のダークエルフたちか。


 手甲の強靭さと、デュークの発勁による身体強化がミルメコレオの凶爪を叩き折ったのだ。


「ギィヤアアアアアアア!!」


 ミルメコレオは、己の双爪が人間弱者に傷ひとつつれられずに、あっけなく折れたことに苛立つ。


 ならばと、ミルメコレオは間合いを取るために後方に飛び退って、蟻の腹部をデュークに向ける。


「危ない!蟻酸が来るぞ!」


 デュークの戦いに気を奪われていたキールが、咄嗟に叫ぶ。


 あらゆるものを溶かすと言われている蟻酸だ。

 それを間近で浴びれば、さしものデュークとて無事では済まされないだろう。


 だが、いつまでたっても蟻酸が飛んでくる気配が無い。

 それもそのはず、蟻酸を放つ腹部がのだから。


「なに……を、した?」


 キールは一瞬たりとも、戦いから目を離さなかった。

 にもかかわらず、彼は何が起きたかを理解できなかった。


「そんな見え見えの攻撃に誰がひっかかるか」


 デュークは、振り抜いた拳を構え直すと、そう告げる。

 彼はミルメコレオがおかしな動きをした瞬間に『闘気』をぶつけてその腹部を消し去ったのであった。


「アル少年なら、至近距離から無詠唱で魔術が飛んでくる。ショコラなんて動きが見えもしない。そんな訓練を毎日やってみろよ」


 ゆっくりとミルメコレオに近づくデューク。

 

 ミルメコレオもまだ戦意は失っていない。

 それは戦うことをやめれば殺されるだけだと、理解しているばかりに。

 

 爪を失い、蟻酸も出せない今、ミルメコレオに残された攻撃手段は、獅子の牙のみであった。


 ミルメコレオは、近づくデュークに雄叫びを上げつつ飛びかかる。

 それはまるで、恐怖に震える自らを奮い立たせるかのように。


 デュークは咄嗟にこれをカウンターで叩き落とすが、蟻の後ろ足二本を犠牲にしたミルメコレオの執念が、デュークへ接近を果たす。


 残った前足でデュークにしがみつくミルメコレオ。

 デュークの首筋目がけて獅子の牙が迫るが、彼は両手でその口を抑える。


「いけえ!やれ!」

「殺せ!」

「今だ!」


 デュークの危機に、襲撃者たちが勢いづく。

 彼らも、これが最初で最後の機会だと、理解しているのであろう。 

 知らず識らずのうちに、その拳に力が入る。


 一瞬、静まり返る戦場。


 だが、両者はそのままの状態で微動だにしない。


「なんだ?」

「どうした?」

「なぜ動かない?ひと思いに噛みつけ!」


 襲撃者たちが不安にかられ始めると、顔を伏せていたデュークが、顔を上げて叫ぶ。


「遅い!弱い!脆い!お前なんてショコラの足元にも及ばねえじゃねえか!!」


 そう怒鳴りつけたデュークは、獅子の口を抑えていた両手を左右別々に上下に開く。


 その瞬間、ミルメコレオの上顎と下顎が真っ二つに引き裂かれた。

 断末魔の声さえ上がらない一瞬の出来事。


 真っ赤な噴水のように、ミルメコレオの血があたりに飛び散る。 


 やがて、血漿の奥から現れたデュークは、物言わぬ躯と化したミルメコレオを、少し物足りなそうな顔で投げ捨てるのであった。

 


「俺たちは今、何を見せられてるんだ……」

「夢だ、夢に決まっている」

「こんなことがあっていいものが……」


 襲撃者たちは、眼前で繰り広げられている光景に驚きを隠せずにいる。


 冒険者の展開する結界は未だに破れず、剣士と大盾使いは軽々と大百足を屠っている。


 その上、討伐ランクが「A」を下らないはずのミルメコレオが見せ場すらなく瞬殺された。


「俺たちは、とんでもない者たちと戦っているのかも知れない……」


 そのつぶやきが、眼前の異様な光景を如実に表していた。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


「踏み台さん」こと、デュークがついに覚醒です。

 ちょっと、戦闘狂バトルマニア気味になってしまいました。

 硬気功は発勁を覚えた今、単純な戦闘力だけなら、パーティーでトップです。


 訓練相手がアルフォンスとショコラの時点で、強敵との戦闘経験もパーティー随一です。


 ゆくゆくは、同じ運命を辿っているはずのチェシャも……?


 

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