第153話 誘導

 時は、襲撃者たちを撃退した後、村長の屋敷で行われた会議に遡る。

 

 アルフォンスたちは、村長であるイズレンディアから、襲撃者たちの目的を聞かされる。


 村に残る魔道具【 統御の王冠デュクス・コロナ】を入手し、最終的には、それを用いて強力な魔物を使役して、近々辺境伯領にやって来るという王族を襲撃すること。


「アイツらは村を出奔するときに【支配の王笏インペリウム・セプター 】しか持ち出せなかった。だが、あれは強力な魔物を捕えることしか出来ない。魔物たちに言うことを聞かせるには、【 統御の王冠デュクス・コロナ】が必要なのだ」


 そう説明した彼の表情は、何かを圧し殺したように無表情であった。


「…………アイツらは、何者かに余計なことを吹き込まれたんだ。自分たちが虐げられていると思い込んでしまった」


 イズレンディアは、ぼつりとそんな言葉を漏らす。


 彼は明らかに、長い間共に過ごしてきた仲間の変心に心を痛めていた。


 だが、いつまで待っても、それ以上は語ろうとしない。

 そこからは、部外者にそこまで踏み込ませることはないとの強い考えを感じる。

 

 そこで、アルフォンスは話題を変える。 


「これからのことについて提案があります。聞けば、間もなく王族の方々はやって来るとか。ですが襲撃者たちは、不確定要素の僕たちがいる間は襲ってこないでしょう」 

「確かに……。あれほどの力を見せつけられてはな……」

「しかし、王族がやって来るまでには、この村にある魔道具を入手しなければならないというタイムリミットが存在する以上、襲撃者たちは焦っているはずです」 

「うむ。それは間違いないな……」 

「それなら、いっそのこと襲ってくる日にちを絞り込んでしまいましょうか」

「………………はぁ?」


 そう提案したアルフォンスの策は、怪訝な表情を浮かべていた村長や、村人たちをうなずかせるには十分過ぎるほどの説得力があった。


 まず、村中に放たれている襲撃者側の従魔ゴキブリをある程度まで減らして、情報の流出を防ぐとともに、こちらに都合のいい情報だけを掴ませるようにコントロールする。


 これについては、アルフォンスが腐肉や粘着性のある植物を用いた罠を作ることで、難なく達成できた。


 次に、あえて残した襲撃者側の従魔ゴキブリに、殊更、結界の実験を見せつけることで、襲撃者に、ゆくゆくは村に強力な結界が張られることになると知らしめる。


「一筋縄では行かないと思わせるだけでもいいので、そこまで凝った結界にはしませんが、この間の巨人の攻撃なら防げる程度でいきたいと思います」

「それで十分だと思うのだが……」

「いや、それはちょっと……」

「ケケケッ、職人としては手を抜く仕事は決して許されないってよ。放っておくと、この村の周りに城壁でも造るぞ、そこの小僧は」

「そんなことはないですよ……」

「でも、何かは考えてんだろ?」

「従魔たちに武器でも配ろうかなとは考えてますけど……」

「ほれ見たことか」


 アルフォンスの規格外出鱈目っぷりをよく知っているグルックは、ここぞとばかりに茶々を入れる。


 ふたりの会話をよく理解出来ない村人たちは、このことを言っていたのだと、後に頭を抱えることになる。

 少年が、あまりにも規格外過ぎて、自分たちの常識が追いつかなくなってしまってから。


「とっ、ともかくですね、それが完成して『責めるのに苦労するな』くらいは思わせられれば成功かと」

「それで、思わせるのに成功したあかつきには?」

「ええ、何だかんだと理由をつけて、それが完成するのには数日かかるというします」

「ことに?」

「ええ、ホントに不完成だったら役に立ちませんので、そこはキッチリと仕上げます」


 こんなときでも、商品の質にはこだわるアルフォンスクオリティである。 


「そして、僕たちは完成を待たずに村を出るします」 

「ことに?」

「はい、おそらくは僕たちにも追手はかかるはずです」

「小僧、それはホントか?」


 アルフォンスの言葉にグルックが驚く。


「僕たちをそのまま行かせたら、その王族に話が伝わる可能性がありますからね」

「確かにそうだな……」

「襲撃者たちは、村を襲ったあとに僕たちを追いかけて来るか、勢力を二分するかのどちらかの判断を強いられるはずです」 

「その理由を聞いてもいいかね?」

「襲撃者たちの勝利条件は『王族への襲撃』が第一だからです。襲撃するだけでいいなら、魔道具を入手出来ないという最悪の場合でも、また『さいくろぷす』あたりを引き連れて行けばいいだけです。それだけでも十分に王族への襲撃したという結果は残るかと」

「確かに……」

「ですから、襲撃者側が最も避けたいのは情報の流出なんです」 

「だから追手があると……」

「そのとおりです。しかし、ここで村の結界が完成するかもという下りが生きてきます。結界が完成すれば、もはや村への襲撃は不可能です。それを襲撃者は納得できるか。少なくとも『さいくろぷす』を操った人は、先の戦いで、村の人たちに自分の力を見せつけたい、驚かせたいという欲求が見え隠れしていました」

「それは何故?」

「でなければ、いったん劣勢になるまで待ってから、わざわざ『さいくろぷす』を召喚するなんて愚策はやりませんよ」

「愚策……」


 アルフォンスの説明を聞いていた村人たちの間で、思わず小さな笑い声が漏れる。


「自分の力を誇示したいだけのスタンドプレーなんて、僕の【聖宰せんせい】に言わせれば愚策ですよ、愚策。あの人が首謀者なら、簡単に先読み出来ますよ」


 そう繰り返すアルフォンスは、襲撃者の男に思うところがあるのだろう。

 口調が荒くなっている。


「そんな訳で、襲撃者たちの目の前には今、ふたつの餌がぶら下がっているわけです。クリフさんだったらどうします?」


 そう問いかけられたクリフは、ニヤリと笑うと応える。


「こっちを襲う戦力は十分あると言うことで?」

「はい」

「なら、味方をふたつに分けて追手側に奇襲、あるいは妨害による時間稼ぎをさせてる間に、本隊は村を落とすッスね」

「そうですよね。両取りを狙うなら、そうするしか方法はないですよね」

「そうッスね」


 クリフと意見を交わしたアルフォンスは、イズレンディアに向き直る。


「おそらく、首謀者たちはクリフさんと同じ考えで来ると思われます。最善手は、村への襲撃も魔道具も全て諦めて、村を出る僕たちを追い越して、先に王族を襲撃することなんですが、それは首謀者の性格的に選択しないでしょうね」


 そう断言する少年の姿は自信に満ち溢れていた。

 その様子に、イズレンディアはひとつため息をつくと、苦笑いを浮かべつつポツリと本音をもらす。


「アルフォンスくんと、結果的に敵対しなければならなくなったアイツらが、いっそのこと哀れだ……」


 こうしてアルフォンスに思考まで読み取られた襲撃者たちは、少年の作り上げた大がかりな罠に自らかかりに来ることになるのだった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


タネ明かし完了。

明日からついに決戦!


ご期待下さい。

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