第148話 焦燥

「おい、【アムラス】、アイツらが村を出たぞ!いつになったらやるんだ!?」


 村を出奔したダークエルフたちのひとりが、彼らのリーダーであるアムラスに詰め寄る。


 ここは、ダークエルフの村から程遠い荒野に設けられた地下室。


統御の王冠デュクス・コロナ】を狙う者たちは、隠れ家に設けられた【水鏡】を食い入るように見つめている。


 これは、仲間の男の従魔である【ブラッタ】が見聞きしたものを、そのまま事前に準備された水鏡に映し出すという高度な従魔術。


 映像ばかりか、音までも聞こえるというこの高等技術は、先の大戦時には諜報活動の主軸を担っていたほどだ。


 すると突然、水鏡が暗転する。


「ああっ、畜生!見つかったか……これが最後だったってのによ」

「最後?ゴキブリなんざ、腐るほどいるだろうが?」

「いや、あいつら、やたらと効果のあるゴキブリ用の罠を仕掛けやがったんだ。どうもな、臭いでつられてるらしくてな……。いくら従魔と言えども本能には勝てないときた。おかげで、契約した虫どもが全滅だ」

「マジかよ……」

「ああ。完全にやられたよ」 

「ケッ、それだけアイツらも、村や王冠を守るのに必死なんだろうさ」

「だが、それは俺らだって変わらねえ……。誰かが誰かがやらなきゃならねえんだ……」


 水鏡で村の様子を覗っていたダークエルフのひとりがアムラスに問いかける。


「で、いつやるんだ?バケモノ小僧が出ていったなら、今がチャンスじゃねえか?」

「ああ、今なら……」 

「そうだな、領都に」


 すると、その言葉に賛同する者もちらほらと現れる。

 そこへアムラスが怒鳴りつける。


「お前らはバカか?こんな距離じゃ奴らがすぐに戻って来るだろうが!」

「だが、早くしないと、あの魔道具が結界を形成しちまうじゃねえか!」

「結界なんて本当か?口だけなんじゃねえのか?」

「俺の従魔を疑うのか?」

「そんな訳じゃねえが……」


 結界について懐疑的な者と、そうでない者との間で意見の相違による対立が起きる。

 そこに仲裁に入るのは、リーダーであるアムラスだ。


「いや、その様子はオレも見た。試作品の実験とかで、村の奴らが魔術をぶっ放してたが、びくともしてなかった……」

「何かのトリックとかは?」

「トリック?何のために?」

「強力な結界があるから襲ってもムダだと思わせるとか……」

「なら、わざわざ発動に時間がかかるって話をするか?」

「ううむ……」

「まあ、落ち着けよ。あのガキバケモノが去り際にも言ってたろう。発動までは早くても4日はかかるってことだ」 

「じゃあ……」

「念の為に、2日間だけ待つ」 

「大丈夫なのか?」

「あと2日、あと2日待てば……」

「ああ、そうすれば今度こそ念願の成就だ!」

「かつての約定を忘れ、我らを冷遇する王家うらぎりものに鉄槌を!」


 襲撃の日が決まり盛り上がる仲間たち。

 そんな中、アムラスはひとり、木彫りのネックレスを愛おしそうに両手で握ると呼びかける。


「………………【ラエルノア】もう少し、もう少しだ」  


 そう繰り返しつぶやく彼の瞳には、狂気の炎が燃えさかっていた。 


「もう少しで、君の恨みを奴らに味わわせてやれるよ……」


 再襲撃の日は刻一刻と迫っていた。

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