第146話 浪漫
「それでですね……」
ゴーレムの外殻が、ミスリル製の全身鎧に換装されると、周囲で見守っていた人々から驚きの声が漏れる。
「なぁ、これってもう【ストーンゴーレム】じゃねえよな?」
「そうね。鎧の内部もミスリルで満たされてる以上、もう完全に【ミスリルゴーレム】よね」
「ミスリルゴーレムって、伝説の存在じゃねえか!」
「そもそも、ゴーレムの身体を構成するほどの大量のミスリルなんて、今日まで見たこともないけどね」
「いったい何者なんだよ……」
そんな会話があちこちから聞こえてくるが、アルフォンスにはどこ吹く風で、彼はただひたすら自分がしたいことだけををする。
「ネルラスさん、このごーれむの名前【アグリゴラ】って、確かエルフ語で【農夫】って意味でしたよね?」
「そうね。よく知ってるわね?」
「えへへっ。農夫というからには、麦畑の作業も彼がやっていたんですか?」
「ええ。疲れを知らないゴーレムは、最高の農夫だったわ」
「そうですか。でも、彼にわざわざ農具を持たせて作業をさせるのは、幾分か効率が落ちるので、もったいなくありませんか?」
「……………どういうこと?」
「道具を手に持たせるやり方だと、せっかくの力が分散されてしまって、農具を十全に使いこなせていないんです」
「そんなことってあるの?」
「ええ。本来100ある力を、農具を持つだけで20も使ってしまえば、それはロスにつながりますよね」
「そうね。それじゃあ君にはそのロスを無くす算段でもあるのかしら?」
「はい。いっそのこと、両腕を脱着式にして用途に応じたアイテムを使い分けるのはどうでしょうか?」
「………………はい?」
「例えばこれです」
そう言うと、アルフォンスは倉庫の隅から鋤や鍬を持ってくる。
だが、その形状は通常のそれらとは異なり、持ち手の尻の部分に丸い部品が取り付けられていたのだった。
「これは何?」
「ええ、これを両手に取り付けて、農具を腕と一体化させることで、力が直接農具に伝わるようにしたんです。これだと、100の力を全て農具に集められますよね?」
「……すごい」
どうやら、反対意見はなさそうなので、アルフォンスは本題に入る。
「そして、この腕は武器にも交換出来ます」
そう言って、アルフォンスが持ってきたのは、剣やハンマーといった武器であった。
それらには持ち手がなく、直接ゴーレムの両手に付け替えることが出来るようになっていた。
「これによって、状況に応じた戦いが可能になります」
どこぞの通販番組の出演者のような口調で、武器を勧めるアルフォンス。
次々と、武器をセットしてはそれらの説明を行う。
「その工夫がすごいことは理解したわ。でも、戦っている間に、いちいち腕を交換するのは難しいのではないかしら?」
そんな、至極当然な疑問を抱くネルラス。
そこには、事の成り行きを見守っていた村の人々も思わず頷く。
だが、アルフォンスはそんな質問には対策済みとばかりに得意気に応える。
「その質問はごもっとも。そこで、取り付ける両腕の先端に収納の魔法陣を刻印します」
「なん……ですって?」
「ここの倉庫と、ごーれむの両腕の先が魔法陣でリンクしていますので、瞬時にここに置いてある物を両腕の先に取り出すことが可能です」
「ホントに?」
思わず聞き返すネルラス。
そんな、想像もつかないような改造内容に、数百年も生きているさすがのダークエルフたちも懐疑的だ。
「流石にそれは嘘だろう」
「そうね、そんなことができるなんて聞いたこともないわ」
「でも、それができたらアグリゴラは無敵だぞ……」
「そんなバカな……でも、彼なら……」
「やれるのか?おい!」
そんなざわついた雰囲気の中で、アルフォンスはひとつの提案をする。
「鎧兜に流し込んだミスリルも安定してきたようです。実際に動かしてみませんか?」
「えっ、ええ」
もはや完全にアルフォンスのペースに巻き込まれてしまったネルラスは、その提案に従ってゴーレムに指示を出す。
「アグリゴラ、立って!」
すると、そんなネルラスの指示に従って立ち上がる鎧姿のゴーレム。
その動きは、外殻が石だった頃に比べて、格段に滑らかに、そして素早くなっていた。
「「「「おおおおっ!!」」」」
その様子に、周囲の村人たちからは自然に拍手が起きる。
軽く動作確認をしてみるが、その動きは修理前とは雲泥の差であった。
それどころか、以前には自重があって出来なかった飛び跳ねる動きですら可能になっていた。
拳を振り抜いてみると、力そのものは以前と変わらないが、むしろそこに素早さが加わったことでさらに威力が増したようだ。
これで、ここまでのアルフォンスの言葉に偽りはなかったことが明らかになった。
「アグリゴラ……」
これでまた戦えると、従魔の復活(進化?)に涙を浮かべるネルラス。
そこにイズレンディアが優しく声をかける。
「良かったな……」
「はい」
ネルラスの苦悩を知っているだけに、その言葉には心からの安堵感がこもっていた。
「ところで、腕の交換はしてみなくていいのかな?」
だが、彼はネルラスがその言葉の暖かみに感動する暇も与えずに次の実験を促す。
その姿はどこか浮かれているようにも見える。
「えっ?……はっ、はい。アルフォンス君、腕を交換するにはどうしたらいいの?」
「
「うん……【
すると、瞬時にゴーレムの両腕の先が農具に置き換わる。
「「「「「おおおおおおっ!!!」」」」」
その様子に、村人たちから大きな歓声が上がる。
特に、男性陣からの反響はものすごく、目の前の光景に、頬を赤らめてまで興奮している者すらいた。
そのなかには、村長であるイズレンディアも含まれていた。
「すごいぞ!すごいじゃないか!武器は?武器の方はどうなんだろう?」
やや、早口でまくし立ててくるイズレンディアの姿に、ネルラスはやや気圧される。
(隊長も、このようなことがお好きなの?)
そんな考えが一瞬頭をよぎるが、惚れた男の頼みは断れないネルラスは、次々と武器を交換していく。
倉庫の中には、アルフォンス画持ち込んだ、剣やハンマーといった馴染みの武器の他に、剣と銃が一体化した【ガンブレード】や、大量の魔石を一気に爆発させて光線を放つ【ハイパーメガランチャー】など、どんなときに使えばいいのか分からないような物すらゴロゴロと存在していた。
「アルフォンス君、剣やハンマーはまだ分かるが、このハイパーメガランチャーなどは使い捨てよね。どうしてこんな物を?」
そう尋ねるネルラスに、アルフォンスは胸を張って応える。
「それが
その言葉に、村の男性陣から共感の声が上がる。
「お前、よく言った!」
「そうだ、そんな武器があってもいいはずだ!」
「【蛇腹剣】なんて、ゴーレムがどうやって使うんだとも思うが……」
「だが、それがいい!」
「見直したぞ!女たちに媚びるためにそんな格好をしてると思ってたが、お前はれっきとした男だ!」
「浪漫が分かるなんて、なかなかやるじゃねえか……」
「両腕に【斬馬刀】なんて人間じゃ不可能だ」
「羨ましい……」
「どうして俺は、ゴーレムを従魔にしなかった」
もちろん、イズレンディアもそんな称賛の言葉にいちいち頷いている。
(男どもは、何百年たっても子供か!?)
ネルラスばかりでなく、それは村の女性陣の総意であった。
ネルラスは、ひとつため息をつく。
それは、この場に来る前についていた悲痛なものとは異なり、笑いすぎて呼吸を整えるためのもの。
アグリゴラがこのまま朽ちていくだけだと思っていた頃には、こんなに喜んだり驚いたり呆れたりするとは思っていなかった。
ネルラスは、そんな奇跡を起こしてくれた獣耳付きの少年に心の中で感謝の言葉を繰り返す。
これほど盛り上がっている状況では、自分の言葉は届かないだろうから、と。
「……まぁ、とにかく。おかえりアグリゴラ」
そうネルラスが告げると、アルフォンスの魔改造により、ゴーレム改め【ミスリルゴーレム】となったアグリゴラが、歓喜の咆哮を上げる。
「あっ、あと変形機能も付けていいですか?」
そして、少年のその問いかけに、
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
浪漫武器を持たせたくて書いていたら、四話にも渡ってしまいました。
いよいよ、次回から旅立ちます。
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