第23話 後悔

「……どうしたよ、雇い主サマ」


 幌の壊れた横倒しの荷馬車の中で、バレットは横になったままで、その隣で膝を抱えてうずくまっている狐の商人に問いかける。


「……すまなかった」


 すると、蚊の鳴くような声で、その商人―――グルックはバレットに謝罪する。


「クックック……何だ何だ、あの偉そうだったアンタはどこに行ったんだ」 

「俺の判断ミスだ……先に提案を素直に聞いていれば」

「ん?ミスだと認めるのか?」

「ああ、アトモスが別な道を進めと提案してくれていたのに……」

「そうだな……素直に聞いていこんなことにはならなかった知れない。だが、もっとひどいことになってた知れないな」

「えっ……?」

「まぁ、『たら』『れば』を言ったらキリがないってことだ」

「どういうことだ?」


 グルックは顔を上げると、横になったままのバレットを見つめる。


「どうすれば良かったかなんて、誰も分からねえってことだ」

「………」

「オレたち冒険者は、そんな判断を何度も繰り返してこれまで生き延びて来れたんだ。ただ、今回ばかりは運が悪かったってだけだ」

「そんなことでいいのか?死ぬかも知れないんだぞ!」


 自分のことを責める素振りもないバレットの考え方に、グルックは疑問を投げかける。


「アンタら商人は、最終的に利益の有無って目に見える結果が出るから、仕方がないのかも知れないがな。オレたち冒険者は、結果的に生き延びられればそれでいいんだ」

「どうして……」

「それが、自由な冒険者としての性分だ。明日をも知れぬ命だと理解してるからこそ、こんな危険な冒険が出来るんだ。だから判断云々なんてはオレたちには関係ない。生き延びられたかそうじゃないかだけの話だ。今回だってまだオレは生きてる。終わっちゃいないんだよ」

「おまえたちはバカなのか?」

「ハハハ、そもそもオレたちはどこか壊れてるんだな」


 そんな会話を交わしていると、突然荷馬車の外で大きな音が響き渡る。


「どうやら、オレたちの最後の希望が何かしてくれたようだな」

  

 そうつぶやきながら、身体を起こそうとするが、傷も満足に癒えていない上に、右腕も失っているためバランスが取れず、なかなか立ち上がれない。


「おい、何もすることが無いなら肩くらい貸せ」

「どうして俺が……」

「うずくまってるだけなら、その目で結果を見届けろよ。ほら、さっさとしろ」

「どうしてお前ら冒険者たちは、みんなそう自分勝手なんだ」

「バーカ、冒険者が自分勝手なんて、そんなの勇者様の時代からの伝統に決まってるだろうが。そもそもあのお方は、聖女様と結ばれるために剣を取ったって言われてるんだぞ」

「フフフ……吟遊詩人が歌う『勇者譚ブレイブ・カントゥース』を聞きすぎだ」

「それを知ってるお前も好きと見た」

「クククッ……ああ、あんな痛快な物語はなかなか無いからな」

「じゃあ、アルフォンス君を応援して、生きて帰れることを祈るとするか」


 そうしてふたりは肩を組んで立ち上がる。

 最後の希望であるアルフォンスの勇姿を見届けるために。


「…………なぁ、あれって本当だって知ってたか?」

「はぁ?」

「この間【拳聖】様がそう言ってた」

「…………マジか?」

「ああ」


 そして、この地獄のような状況に似つかわしくない、どこか吹っ切れた笑い声がふたりから上がるのであった。

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