第21話 一変
「グボオッ」
やっとハイオークメイジを一頭討ち果たすも、双子の冒険者たちは既に力を使い果たしていた。
魔物の中でもごく一部の個体は、その本能に従って魔力を形にするため、人と違ってわざわざ詠唱をするといったタイムラグが存在しない。
その分、魔術としての多様性は無いものの、ただでさえ屈強な肉体を持ち近距離戦に強い魔物が、遠距離から放つ魔力による攻撃はそれだけでも脅威度が跳ね上がる。
そのため、彼ら双子が真っ先に狙ったのが移動砲台であるハイオークメイジであった。
咆哮とともに人の頭ほどの大きな火の玉を生み出す存在だ。
魔術師であるイーサン自身が、混戦における魔術の驚異を最も理解していたからである。
こうして自らが持てる力を振り絞って、ようやくハイオークメイジを一頭倒すことが出来たのだ。
だがその代償は少なくなかった。
拳闘士である兄のデュークは気功のために必要な気力を、魔術師である弟のイーサンは魔術の行使に必要な魔力を使い果たしてしまったのだった。
だが、数に勝る相手は次々に現れる。
それはハイオークメイジも同様だった。
もう、彼らに勝ちの目は無かった。
やがてふたりは、生まれるときが一緒なら、死ぬときも共に死ぬべく覚悟を決める。
「イーサン、まだやれる?」
「デューク、もうムリだ……」
「そうか、今までありがとう」
「こっちこそありがとう」
ふたりは今生の別れにそんな言葉を交わす。
耳障りな咆哮とともに、新たなハイオークメイジ
だが、炎に包まれる寸前、ふたりは急に身体を持ち上げられる感覚にとらわれた。
「なに?」
「なに?」
期せずして同じ反応をしたふたりは、自分たちが誰かに担がれていることに気づく。
ちょうど腹の位置で折れ曲がるようにして担がれたため、頭は地面すれすれだ。
「ちょっと我慢してください」
そんな声が聞こえる。
声の高さから考えると、子どもの声だろうか。
そんな推測をするふたり。
すると、さらなる浮遊感を感じる。
見れば地面が離れていく。
どうやら、ふたりを担いだ何者かは空を飛んだようだ。
「気功による体力強化?」
「魔術による空中浮遊?」
ふたりは自分たちの置かれた状況を理解するために頭をフル回転する。
だが、あまりにも情報が少なすぎて考えがまとまらない。
小麦の袋のように担がれて運ばれるふたり。
そのうちに彼らの視界には、ボロボロの荷馬車が見えてくる。
「手荒でごめんなさい」
そんな声とともに、彼らは荷馬車目がけて放り投げられる。
「うわあああああ!」
「ひええええええ!」
わずかな滞空時間を経て、デュークとイーサンは荷馬車に落下する。
同時に頭からかけられるハイポーション。
「……えっ?」
「……へっ?」
周囲を見回した彼らに説明するのは先程助けられたばかりのクリフ。
「オレたちはアルくんに助けられたンスよ」
「「え?」」
「ここも結界が張られていて安全ッス」
「そんなバカなこと……」
「これは本当なのか……」
あり得ない言葉を告げられて、思わずふり返ったふたりの目には、飛び蹴りで次々とハイオークの頭部を粉砕している少年の姿があった。
「むっ、あれは……」
「知っているのか、デューク」
「うむ。あれこそ拳闘士の極み【硬気功】だ。体内の気を活性化させて肉体を強靭化する技術よ。その結果、国士無双の力を得ると言われている」
そんな説明をするデューク。
助かったという安堵感からか、初めて見る究極の技術への高揚感からか普段よりも口数が増えている。
やがて周囲のハイオークたちを間引きしたアルフォンスは、何事かつぶやきつつ倒れているアトモスや馬たちに触れていく。
すると、荷馬車の周りに見たこともない魔法陣が現れ、アトモスや馬たちがどこからともなく現れる。
「むっ、これは……」
「知っているのか、イーサン」
「うむ。あれこそ魔術師の極み【短距離転移】だ。目に見える範囲に人や物を転移させる高等魔術だが……って、アトモスがヤバい」
「何?」
ここに来て余裕が出てきた双子たちが、先と同じやり取りを繰り返そうとしたが、転移してきた者たちが瀕死であることに気づき大慌てで駆け寄る。
アトモスをフランシスとクリフ、ギルが取り囲んでいる。
「ひどい出血だ……」
「ギルくん、剣を抜くから、すぐにポーションをぶっかけるッス」
「うん」
「待て待て待て【内功】で体力を強化する」
「待て待て待て【氷膜】で傷口を凍らせる」
ハイポーションでわずかながら気力や魔力が回復した双子は、仲間を救うために惜しみなくその力を振るう。
「よし行け」
「よし行け」
「じゃあ、剣を抜くッス……おりゃあ!」
「うわわわわ」
「ギル、早くポーションを」
「う、うん」
そして、アトモスの手当てが終わる。
どうやら命だけは繋ぎ止められたようだ。
荒々しかった呼吸が多少は落ち着いてきたようだ。
続いて虫の息だった馬たちにもハイポーションを振りかける。
「いいのかなぁ……」
「気にするな、あとで謝礼はする」
「気にすんな、あとで謝罪はする」
「謝るならダメじゃないッスか……」
「いや、助ける気がなければ、わざわざ馬たちを転移をさせてこないだろうから。おそらくは問題ないはずだ。もしも、支払いを求められたなら商会で責任を持つさ」
「大丈夫なンスか?商会主はあっちで膝を抱えているッスけど?」
「普段は優秀なんだけどね。荒事に弱いだけでさ」
「まあいいッスけどね。もうオレたちは祈ることしか出来ないンスから」
そう言ってアルフォンスの戦いを見つめるクリフであった。
一方、ハイポーションによって、自分たちの命が助かったことに気づいた馬たちは、歓喜の嘶きを上げる。
「やったあ!馬たちも助かったよ!ああブライアン、助かって良かった……」
ずっと親身になって馬の世話をしてきたギルが、もはや友とも呼べる存在の回復を喜ぶ。
こうしてたったひとりの少年によって、寸刻前までの絶望的な状況が一変したのであった。
そして今、少年に救われた冒険者たちはさらなる奇跡を目撃することとなる。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★
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