第40話 美留久にはお見通し

 美留久が野乃香のそばにやってきた。暫く会っていなかったような気がしたが、二日ぶりぐらいだった。


「おはよう、野乃香」

「お・は・よう」

「あんた、最近……疲れてない?」

「少しは……疲れてる」

「少しどころじゃないでしょう。やつれちゃって、高校生とは思えないほど老け込んでるよ。ほら、髪の毛もぼさぼさだし」

「ああ~ん、梳かしてきたんだけど、慌ててたからぼさぼさなのよお」

「何かあったんだね?」

「わかる?」

「見え見えで~す。私に話してみて。力になるからさ」


 そう言われても、弱みを見せれば来夢に接近しそうだし、いいことはないのでは、と警戒してしまう。


「家の事、それとも来夢と何かあった?」

「まあ、家の事……よ。最近、いろいろあってね」

「来夢と何かあったら、私が横取りすると思ってるんでしょう。私はもう来夢の事はあきらめたから、心配しなくていいよ。目下のところ、別の男子に夢中だから」

「へえ、そうなの。誰かなあ」


 周囲を見回すが、野乃香には全く見当がつかない。それだけ、今の自分の生活に気を取られていて周囲に気を配る余裕がなかった。


「まあ、私の事はどうでもいいから、家の事でも話してみなよ。ちょっと気持ちが楽になるかもしれないから」

「じゃ、ええっと……お母さんがまた家に戻ってきて、家族三人の暮らしになったの」

「ああ、そんなことで悩んでるの。行くところがないから戻ってきたってことでしょう。一人暮らしもお金がかかるから、三人一緒の方が便利ってことなんでしょうね」

「そんなに、ことは簡単じゃないのよね、私にとっては」

「ああ、四六時中監視されてるみたいで、自由に来夢に会えないってことね」

「……まあ、そうかな」

「ほんと、可愛いわね、野乃香は」

「来夢の家に遊びに行けばいいじゃない」

「だけど、私たちは昼間仕事で、夜学校でしょ。いつ家に行くのよ。終わってから寄ったんじゃ、お母さんが怪しむだけよ」

「そうね、現実は厳しいわね。デートの時は、私と遊びに行ったとか、適当に嘘言ってもいいわよ。こういう時は、利用してよ。そのための友達でしょ」

「美留久ったら……」


 どこまで信じていいのかわからなかったが、甘えたくなった。それだけ疲れ切っていて、藁にもすがる思いだったのだ。来夢と一緒に過ごす時間が長くなっていたため、その時間が奪われると何をする気力も湧かなくなっていた。


「あの、今度の休み、美留久と一緒にいることにしてくれないかな。まっ、まあ、無理にとは言わないけどね……」


 すがるような眼で美留久の顔色をうかがう。


「やっぱりね、そう来ると思った」

「いいよ、私はバイトの予定だったから、家にはどうせいないから。家族にも野乃香と出かけるって言っとくよ」

「わあ~、美留久にまで嘘をつかせちゃって、私って本当に悪い人ね」

「そのくらいの事なら、お安い御用だわ。ゆっくり一日過ごせば、少し元気になるよ。どこかへ出かけるのもいいし、家でのんびり過ごすのもいいんじゃない」

「あ・り・が・とう。この恩は一生忘れないわ」

「オーバーね。野乃香ったら」


 週末に一緒にいられることが分かっただけで、野乃香は元気になった。来夢も事情を知り、浮き浮きと心が弾んでいることが態度でわかる。



 土曜日は、そっと布団から抜け出し支度をしていた。すると母親が布団の中から、野乃香を見上げて訊いた。


「あら、随分早くから支度をして、今日もバイトなの?」

「まあ、バイトとか、友達と約束があって出かけたりとか、いろいろ用事があるの。もう忙しくて大変」

「確かに大変ねえ。じゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」


 眠そうにそう挨拶すると、再び目を閉じた。

 食事を軽く済ませて、来夢の家に直行した。


 家の鍵は持っていたので、そっと鍵を開けて中に入り、小声で囁く。


「お・は・よ・う。来夢く~ん。起きてますかあ?」

「う、う~ん、こんな朝から、誰だあ……」


 来夢は目覚まし時計を見た。

 まだ時刻は八時だ。


――一日一緒に過ごせるからって、早すぎじゃないのか。


 布団の中から、顔だけ玄関の方へ向ける。

 野乃香が苦笑いして、手を振っている。


「まだ八時だぞお」

「ああ、そのままでいいよ。朝ごはんでも作ろうか?」

「おっ、いいなあ。じゃあ、もう少し寝てよっかなあ」

「いいよ」


 でも、野乃香が台所でガサゴソ何かやっているので、もう眠ることはできなかった。寝てしまうと、一日が短くなってしまって勿体ない。

 布団の中で音を聞いていると、じゅっと卵が焼ける音やコーヒーのいい香りが漂ってきた。もう寝てはいられなかった。


「は~い、出来ました~。食べましょう」

「わあ、美味しそうだなあ」


 急いで顔を洗い、パジャマ姿のままテーブルに着き朝食を食べた。数日ぶりの生活が戻ってきてほっとした。

 目の前に野乃香の顔が見えると、嬉しさがこみあげてきた。はしゃいでいる野乃香を前に、俺は余裕ある態度で言った。


「さて、今日は何をしようかなあ」

「何でもいいよ。ここにずっといてもいいし、出かけてもいいし」

「食べてから考えよう」

「そうね」


 深刻に考えすぎてたかな。遠くへ行ってしまったわけじゃないし、会おうと思えばこうしていつでも会えるんだ。出かるか出かけないかは問題ではないような気がしていた。

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