第15話 気が付いたら野乃香の隣で朝になっていた
三人が集まって食事をした部屋は、十畳ぐらいあり、広い縁側があった。この家の中で一番いい部屋をあてがってくれたわけだ。
―――だが……、お前たちって俺と野乃香と二人で同じ部屋で眠るということ……。
―――親父何か勘違いしてないか?
―――俺たちそういう関係では……。
―――俺は十八歳だが、彼女はまだ十六歳だ。
―――年齢の問題じゃないが……。
風呂に入ってからは、二人ともパジャマに着替えていた。野乃香は、クリーム色の淡い色に花柄の可愛いパジャマを着ている。刺激的とは言えないが、充分可愛らしさはある。俺はよくあるチェックのパジャマだ。
「へえ、可愛いパジャマで寝るんだな」
「そうかな、そんなにじ~っと見ないでよ」
「別に、じっと見てるわけじゃない」
―――女子のパジャマ姿が珍しいだけだ。
肌の露出度はほとんどなく、すっぽりと包み込むようなデザインだ。じっと見たからってどうってことはないパジャマだ。
別に同じ部屋で寝たからって、何かが起こるわけじゃない。ましてや、こんな子供っぽい女の子の布団に潜り込むなんてことはあり得ない。こちらがそんなことを考えていると、野乃香の方は困ったような顔をしている。
「あのさあ……来夢……、二人でこの部屋に寝るの?」
「そう言うことになるな。部屋は二つしかないから」
「同じ部屋で寝るのか……」
「俺の事が心配? だったら、俺は親父と一緒に隣の部屋で寝るよ」
「それも、チョット……。私はこの広い部屋で一人きりで寝る事になるんだよね……」
「そうすれば、安心でしょ?」
「ああ、それも心配……どうしたらいいんだろう」
野乃香は部屋を見回したり、俺の顔を見たりしてる。どちらが安全か考えているようだ。窓の外には雑木林や、畑しかない。車道へ出ないと灯りはほとんどない。
「一人で寝るのも、怖いんでしょう?」
「そうじゃないけど……」
「それなら大丈夫、一人でも?」
「あ、あ、あ、あああ~、どうしよう、どうしたらいいんだろう。この部屋で一人になったら……、やっぱり怖いよ~。家の周りは真っ暗だよ」
「当たり前だよ」
―――物凄く怖がっている。
ほとんど泣きべそをかいている。まるで、小学生に戻ってしまったように見える。黙ってしまうと、音がほとんど聞こえない世界にいるようだ。
「古い家だからって、別にお化けが出るわけじゃないし、寝ている間に虫が這ってくるわけじゃないけど
「きゃあ! また虫の事を言って。怖がらせないで、来夢ったら!」
「別に怖がらせているわけじゃない。さあ、どうする? どっちがいいの?」
「あ~ん、あ~ん、困ったなあ、どうすればいいんだろう」
両手を頭の上に持って行って、抱えている。
―――これは困った時のポーズだ。
―――全く困ったもんだなあ。
「やっぱり一人じゃあ、怖いんでしょ。二人で寝るしかないんじゃないの?」
野乃香の目が泳いでいる。俺は同じ部屋で寝ても何もしない自信はある。
「……そうです、来夢君、こっちの部屋にいてください」
「どうしてもというなら……、いてもいいよ」
「ああ、でも二人だけになっちゃうんだよね?」
「そうだね。それじゃあ、俺が怖いの? やっぱりやめる?」
「もう意地悪だなあ。一人になるのも怖いし」
「俺がいるのも怖いの?」
「あ~~ん」
「大丈夫だよ。俺は怖くないから」
「……そうだよね」
「……そう」
やっと決まったようで、同じ部屋に寝ることになった。
「それじゃあ、俺はこっちの隅に布団を敷くから、野乃香は、あっちの隅に敷いて」
「うん。部屋の隅と隅に分かれて眠れば、大丈夫だよね」
「まったくもう、俺は何もしないよ! 小学生みたいな野乃香になんて……」
「あ~、そんなこといって。あたしだって結構可愛いんだよ」
「分かったよ。早く敷いて」
野乃香は少しだけホッとしたような表情をした。部屋の端に分かれて敷いた布団の中に潜り込み、電気を消した。しんとして、音のない世界だった。都会で聞こえてくる色々なものの音がここにはない。自転車や車の通る音。人の話し声。遠くから聞こえてくる音楽や、工場のサイレンや船の汽笛。それらの音が全くなかった。
「わあ、真っ暗……、来夢……怖くない?」
「いや、怖くない」
「音も聞こえないし……」
「そりゃそうだよ」
俺はなかなか寝付けなくて、布団の中でじっとして天井を見つめた。暗闇に目が慣れてくると、天井の染みがヘビのようにくねっているように見えて、薄気味悪くなってくる。古い家だから、壁についた汚れも、人の形に見えてきた。壁に目が付いていて、向こうから人が覗いているような、嫌な予感すらする。俺もなんだか怖くなってきた。俺はじっと目を閉じ布団をかぶった。
「あのう、来夢君、寝ましたか?」
「寝たよ」
「起きてるじゃない。なんか怖くない? 壁に顔があるみたいで……」
さっき俺が思っていたのと同じことを言っている。
「それは、ただの汚れだ。家が古いから、壁についた染みが、人の顔に見えるだけだ」
すると、外でさらさらと木々が揺れて、葉がこすれ合う音がした。風が強くなってきたようだ。ヒューヒューという音とともに、ざわざわと木々のこすれ合う音も聞こえてくる。
「どうしたの? 眠れないの」
「うん」
「じゃあ、眠れるまで傍にいてあげようか?」
自分でも怖かったのに、強がりをいってしまった。多分嫌だと答えるだろう。
「うん、そばにいてね」
―――あれ、どういうことだ。
「じゃあ、そっちに行くからね」
「あ~~、待って待って、やっぱり……」
「行かなくて、いいの」
「やっぱり、こっちに来て」
「何もしないよ」
「そうだよね」
「安心して」
俺は起き上って野乃香の枕元へ行った。野乃香は、布団から顔だけ出して俺の顔を見ている。暗い中だが、目が慣れてきたので様子はわかる。
俺は野乃香の額に手を乗せた。なぜか大人しくしている。よほど怖かったのだろう。
「じゃあ、寝るまでここにいるから」
「うん。手が温かい」
今度は、布団の上に手を乗せてトントンと拍子をとった。小さな子供を寝かしつける時のしぐさのようだ。野乃香はじっと目を閉じている。
「なんか、落ち着くな」
「子供の頃を思い出すからだろ」
「あったかくて、いいな。これできっと眠れる。眠ったらすぐに布団に戻ってね」
「わかってるよ」
俺はしばらくそのまま、布団をとんとんたたき続けた。こちらもだんだん眠くなってきた。そろそろ自分の布団に戻りたい。
「もう寝たでしょ?」
顔を覗き込み反応を見る。すると、目をぱっちり開けた。至近距離で目が合って野乃香は焦りまくり、手を唇の上に持って行ってパタパタさせている。
「ああ、やだ、やだ、寝てるからって、私の、くっ、くっ、唇を奪ったりしないよね、来夢!」
「何をいってるんだか。そんなことするわけないだろう」
―――まだまだ眠れそうにない。
夜中の何時になったんだろう。街灯などもほとんどないから、窓から外を見ると、月や星が輝いていていてその光が迫ってくるようだ。
「ねえ、ねえ、星がきれいだな。眠れないんだったら、外の景色を見る?」
「どれどれ、わあ、本当。こんなに星があったなんて、知らなかった」
「わあ、凄いなあ。こんな景色が見られて、感激!」
二人並んで空を見上げた。興奮してきて、どうにも眠るどころではなくなった。
「空にも、もう一つ別の世界があるみたいな気がする。星に手が届きそう、大きくて明るい」
「うん。どこもかしこも星が輝いていて、迫力がある」
「手を延ばせば、星が取れそう!」
「そんなわけない」
「凄いなあ。きっと別の星の人がこっちを見てるよ。をの人たちに、人間が囲まれてるみたい」
「面白いこと言うなあ。その星の人たちが守ってくれてるから、眠れるよ」
「そうかもね」
起きてしまったついでに、二人で窓辺で星を眺めていたが、外気に当たり体が冷えてきた。
「そろそろ布団に入らないと。体が冷えてきた」
「そうね。もっと見ていたいけど、向こうの星の人たちも、ずっと見られてると気分悪いだろうから、そろそろ寝ま~す。それに、ずっと見ていたら朝になっちゃうからね」
再び布団にもぐりこんだ野乃香の傍で、俺は座り込んだ。野乃香に布団をかけてあげるとようやく静かになった。今度こそ寝付いたようだ、俺は寝顔をしばらく眺めていた。
星を見て感激した野乃香の顔は、星と同じように輝いて見えた。じっと見入っていると、眠くなってきて、俺はその場でいつの間にか横になってしまった。
―――そして、朝になった……
「あら、あら、来夢ったら! ちょっと、ずっとここにいたの?」
「う~ん、何だよ。起こすなよ……むにゃ、むにゃ」
「あのさ……。来夢、あなたはどこで寝ているのでしょうか!?」
「うるさいなあ。眠いんだから、もう。黙っててよ」
俺は布団を顔まで引っ張った。それから、声は聞こえなくなった。気になって俺は起き上った。
「えっ、ここは……」
「もう~~~、あああああ……っ! こんなところに、来夢が、いる――っ!」
「えっ、そんなばかな……」
「だって、私の布団の中に、潜り込んでるじゃない!」
「あああ―――っ! 俺としたことが! 野乃香の布団で寝てたの」
「そう……みたい……」
「御免。おれ知らないうちに、寝ちゃったんだ」
「あたしだって……、気がつかなかったよ―!」
「悪い、悪い」
「悪いじゃないわよ! ひょっとして、何かしたんじゃ……」
「何もしてないってば! 誓います!」
野乃香は、慌てて飛び起きてパジャマ姿の胸元を確かめた。ボタンは外されてはいなかった。それから飛び跳ねたり、顔を隠したり、その焦り用はない。顔を隠してわあ、わあ、大騒ぎしては、どうしよう、どうしよう、とか何でこうなったの、とかいって部屋中をうろうろ歩き回っている。
「仕方ないじゃないか」
「あ~ん、だけど!」
眠くなった俺はそのまま横になってしまい、無意識のうちに野乃香の布団にもぐりこんで眠っていたのだ。俺が悪かったわけじゃない。俺のせいじゃない。
眠気は急に吹っ飛んだ。
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