第2話 突然のブラックマンデー



その週の始まりは、とんでも無い事態から値が動き出した。先週末に不穏な要因を含んだまま終了した海の向こうの大国の市場は、その暗部をさらけ出した様に、我が国の市場を直撃した。公的には、まだその週の市場が開いていない海の向こうの大国の情報があたかも真実味を帯びて自国にやって来ていた。世界のトップスリーと考えられていた、海の向こうの大国の証券売買企業と信託銀行、それを支えていた大手の銀行が一斉に倒産するとの情報に基づき、関連株は基より全面的な売り状態となって、株価が下げ止まらない状態となった。僕の担当部門だけでもその日は数億円の損失が出た。我が国市場の状況は、伝染病の様に次々と各国に伝わり、後は大本となった海の向こうの大国市場の動向だけだった。僕は夜中を少し回った位で、NYシティーの市場が総崩れに成っていくのを確認してから帰宅した。週初めの異変は、全世界と僕の体に手痛いダメージを残していた。

「出来れば今晩はベッドで寝たいもんだ。」そんな思いを抱いて、部屋に入るとその思いは半分消し飛んだ。灯りは点いていたが、それを点けた本人の姿は無く、さらに寝室を覗くと、その本人は既に就寝中であったが、今まで見たことの無い様な広さのベッドがそこに在った。彼女は、あの日以来、週に二三度闖入してきた。二回目はどうやって僕の部屋に入ったのか、夜中帰宅してみると僕のベッドにまるで猫の様に丸くなって寝ていた。三回目以降は、これは後から聞いた話だが、合い鍵を作って僕の従兄弟と言う名目で堂々と侵入していたらしい。週の内で彼女の居ない残りの日々が唯一僕が自分のベッドで安眠できる時間だったが、休日以外はまともに話もできない、生活パターンのすれ違いの中で、寝入っているベッドの占有者に対して、一寸愚痴を言った事があった。恐らくその事が発端だったのだろうが、寝室にはキングサイズのベッドが誂えられていた。その日以降、僕は日々の就寝を自分のベッドで寝る事が出来るようになった。

翌日、遅い出社の後、同僚とのミーティングがあった。

「何なんだ、この状況は!」同僚たちは口々に訳の分からない世界状況に困惑していた。

「腐ったリンゴ(不良債権)でも発覚したのか?」

「いや、それらしき情報は無い。むしろ健全な方だ!」

「某国(アジアの大国)が、外国債でも大量に売り出したか?」

「それは、今に始まった事じゃないし、市場は織り込み済みだ。」それなりに、優秀なメンバーが頭を捻っていたが、状況を掴めずにいた。そんな中、一人の同僚が

「さる筋からの情報なんだが・・・」と言って、ブレインチャートを示した。これは、金の流れを有機的に見るソフトで、世界の金融の大まかな流れが逐次監視されている。

「金持ちが施しを行っているようだ?」

「はあぁー、何だそれは・・・」

「本来、投資に向かう金の方向が変な所に向かっている。慈善団体への寄付とか、環境保護とか、訳の分からん研究団体とかへ・・・投資家達(金持ち)が貧乏人を助け始めているてな感じだ。」

「金の亡者が、金に興味を亡くしたって?」

「ああ、しかも一人や二人じゃなくて・・・それに名立たるワンマン企業の動向も同じ様だ。」

「半年前位からの傾向が、ここへ来て加速した感じだな。」

株価の暴落は、ニュースの話題には成ったがまだ社会生活への影響は少なかった。噂を信じてトイレットペーパーの買い付け騒ぎが有った位のもので、一般経済は回っていた。商品の値段が少し安くなってきたのを庶民は喜んでいたくらいだった。だが、企業の方はもう少し深刻であった。利益のジリ貧の低下で、設備や開発への投資意欲が無くなり、生産設備の代謝が悪くなり新製品が出無くなったり、品質が維持できず、商品の品ぞろえを縮小する傾向にあった。生活に必要な物は、今まで通りの価格と品質で手に入るが、所謂、贅沢品は入手困難な状況と成りつつあった。経済的に裕福だった国が、やや不況ムードに突入した感じであるが、それとは逆に、貧乏だった国が活気づいてきていた。何故なら、潤沢な資金が金持ち共から流れ込んできていた。しかも無利子、無返済で。(かつての、ワールドバンクの様に、借金漬けにされた挙句に、内戦までおこり武器商人しか儲からない様な状況とは違っていた。)

金持ちどものそんな善行を最初は訝っていた援助国だったが、実際に国内が安定し始めると異論は出なくなった。

だが、僕の商売は、壊滅的な打撃を受けていた。

「資本主義の終焉だな!」ある同僚がボソリト言った言葉通り、例年なら、クリスマス休暇を前に、華やかなカードを送ってくる、海の向こうの大国の株式市場関係者からは、何の音沙汰も無くなっていたし、当然国内の金融市場も低迷を続けていた。そんな中、僕はすでに証券会社を辞めていた。クビに成る前に先手を打ったと言うのが正しい表現かもしれないが、寺山やレイカの助言もそれなりに重みを持っていた。

「この部屋私に売り渡したら、住所不定無職に成っちゃうわよ?」

「ああ、取りあえず田舎に帰って、高校教師でもやろうかと考えている。」

「あなた、数学で博士号を持ってるて言ってたわね?」

「数学て訳じゃないが・・・」

「それなら、適当な大学の講師を私が見つけてあげるわ。」

「はあ・・何で?」

「田舎で就職見つけるより、まだ都会の方がましじゃない。それに、この部屋の付属品としてあなたには此所にいて貰いたいし。」

「付属品?」

「それに、私にもまだ一寸あなたが必要な訳が有るんだけどね。それは、追々そうなればと言う事なのだけれど・・・ともかくあなた付きでならこの部屋を買うわ。」

「ふーん、そうすると今度は僕が居候て事になる、居候と言うよりヒモかな、まあ暫く蓄えがあるからそれで生活出来るけどね。」

「ほう、ヒモか!面白いね。これからは俊を私のヒモにしてあげよう。」

レイカは楽しそうにケラケラ笑いながら言い放った。僕は内心この女一体何を考えているのだろうと思いながら、株価のトレンドをPC画面で追っていた

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