第483話 結婚前のすれ違い


「よぉ~し、ミーシャ! 今から婚約パーティーだ♪ もつ鍋を作ってくれ! いつもの倍以上なっ!」

「うん! オレ、いっぱい作るよ☆ タクトとねーちゃんのために☆」


 どうして、こうなったのだろう……。

 あれだけ反対されていたが、ウイスキーの一本で鬼のヴィッキーちゃんは結婚を許してしまった。

 むしろ「早くミハイルを連れて行け」「二人はどこで住むんだ?」などと。俺たちを急かしてくる始末。


 帰るはずだった俺も、ヴィッキーちゃんによって、リビングへと戻され。

 婚約成立の宴会が始まるのであった。


 まあヴィクトリアからすれば、早く親父が用意した酒を飲みたいのだろう。

 ミハイルがかわいそう……ウイスキーに負けたもん。


  ※


 一時間ほど経ったころ、ヴィッキーちゃんはベロベロに酔っぱらっていた。

 ミハイルは俺の隣りに座って、鍋をつつく。


「タクト? おかわり、いる?」

「いや……もういいよ」


 ヴィクトリアに無理やり、食べさせられたからな。

 腹が痛い。


「うぇ~ お前ら、幸せになれよぉ~ 不幸になったらぶっ飛ばすからな……タクト」


 どちらにしろ、このお姉さんは俺をぶっ飛ばすつもりなんだろ。

 だが弟のミハイルは、嬉しそうに微笑んでいる。


「ふふ、ねーちゃん。うれしそう。ここ最近、元気なかったもん。やっぱりあれかな? タクトが来てくれたからじゃない?」

 と上目遣いで話しかけてくる。

「まあ……安心してくれたのかもな」

「そうだね☆ これでタクトと安心して、結婚式をあげられるね☆」


 ん? 今ミハイルのやつ、変なことを言っていなかったか?

 結婚式を挙げる……冗談だろ。


「あ、タクトさ。今のオレ、どう思う?」

 そう言って、自身の短い髪を触る。

「え? 別に良いんじゃないか? ショートも似合っていると思うぞ」

「そ、そう意味じゃないよっ! 長い髪に戻した方がいいかなってこと!」


 いきなりなんだ? そりゃポニーテールの頃も好きだったが……。

 まあ長い髪の方が、今後も女装しやすいよな。

 そういう意味なのか。


「う~む。俺としては正直、どちらでもいいかな。確かにミハイルのイメージって、ポニーテールだったが。ケンカして短く切った時は驚いたけど……今じゃその髪型もカワイイって思うぞ」

 俺の答えに、顔を真っ赤にして怒り始めるミハイル。

「ち、違うよっ! そういうことじゃないじゃん! 結婚式を挙げるなら、ウェディングドレスを着るでしょ? なら長くした方が似合うじゃん!?」

「……は?」


 ちょっと待てよ。

 結婚式、ウェディングドレスだと?

 一体、ミハイルのやつ何を言っているんだ。

 俺たちは男同士、法的に認められるかは別として。

 同性婚なのだから、ウェディングドレスなんて必要ないだろ。


 それに……俺は結婚式なんて考えていない。


 頭を整理し終えたところで、彼に自身の気持ちを伝える。


「ミハイル、勘違いしているぞ。俺は結婚したいとは言ったが……結婚式を挙げるつもりはないぞ? 告白の時と同じく。二人の中で誓約を立てれば、それでいいんだ」

 そう言うと、彼はこの世の終わりのような顔で、俺を見つめる。

「ウソ……? 結婚式しないの?」

「ああ、する必要ないだろ。俺たち二人だけの問題だ」

「じゃあ、タクトは……オレがウェディングドレスを着ているところ、見たくないの?」

「どういうことだ? ドレスってことは、女が着るものだろ? つまりアンナになって、ドレスを着るのか? それなら式を挙げる必要性あるか。別にコスプレでも良いだろ」

「……」

 うつむいて、黙りこんでしまうミハイル。


「俺はミハイルと結婚するんだ。男ならウェディングドレスは、着られないんじゃないのか? したことないから、よくわからんが……」

「……カッ」

 ぽつりと小さな声で、何かを呟くミハイル。

「は?」

 

 急に顔を上げたと思ったら、顔を真っ赤にして叫ぶ。

「タクトのバカッ! 結婚したいって言ってくれたから、楽しみにしてたのにっ!」

「え……?」

「タクトなら、見たいって言ってくれると思ってたのに。オレがバカだったよ!」

「ちょっと待て……一体どういう意味……」

 言いかけている際中で、彼に遮られる。

「もういい! この話は終わりっ!」

「……」


 それ以来、ミハイルが結婚式やドレスの話をすることはなかった。


  ※


 いざ結婚が決まり、甘々なカップルの生活が待っていると思ったが。

 そんな暇は、全然ない。


 毎日新しい生活に、慣れるので精一杯だ。

 俺はBL編集部で倉石さんと一緒に、色んな会議や作家さんとの打ち合わせ。

 たまに本屋へ顔を出して、BLコーナー担当の女性スタッフに自己紹介したり……。

 バイトとは思えないぐらい忙しい毎日。


 色んな人間の顔を覚えるのに苦労する。

 ヘトヘトになって、帰宅したころ。一ツ橋高校のレポートを作成する。

 他にも新しく転生した小説家、『古賀 アンナ』として、BL作品の原稿も仕上げ。

 動画で話題になったことで、編集部からインタビューを受け、エッセイを書いたり。


 恋人のミハイルとデートすることは、なかなか実現できなかった。

 別に結婚式の話で、仲が悪くなったわけじゃない。


 彼自身も今後のために、仕事をするようになったから、忙しいのだ。

 宗像先生が出資して、オープンしたオーガニック専門のカフェ。

 店長は見た目がシャブ中の売人みたいなおじさん。

 夜臼やうす 太一たいち先輩だ。

 ちなみに一ツ橋高校に在籍してるので、アラフォーだが現役男子高校生。

 その夜臼先輩が経営するカフェで、ミハイルは働くことになった。


 主に先輩が仕入れてきたオーガニック食品で、スイーツやコーヒーなどを販売している。

 身体にも優しく太りにくいと主婦層に、人気のあるショップ。


 そんな毎日を送っていると、あっという間に一年が過ぎてしまう。

 ミハイルとも会えない日々が続いている。

 寂しいが今は未来のため、がむしゃらになって働くべきだと、自分に言い聞かせている。

 まあ、唯一会えると言ったら、一ツ橋高校のスクリーングなのだが……。

 ここ数ヶ月は、俺の仕事が土日も入っており、遅刻や欠席が多い。


 

 だがある日、編集部で雑務をこなしていると、倉石さんに呼び止められた。


「琢人くん。あなた、そろそろ受験勉強は大丈夫なの?」

 あ、ヤベっ……すっかり忘れていた。

「えっと、まだ何もしてないです……」

「はぁ……それじゃ正社員になれないでしょ? 今日はもういいから、学校の先生と相談してきなさい」

「すみません、お疲れ様です」


 編集部を出ると、そのまま天神経由で、一ツ橋高校がある赤井駅へと向かう。

 今の俺は、高校生と思えない姿をしている。

 自分で買った紳士服に革靴。頭はポマードでセットしたビジネスマン……。

 まあ倉石さんに言われて、やっているに過ぎないけど。


 ~40分後~


 久しぶりに見た長い坂道、通称心臓破りの地獄ロードは、どこか小さく見えた。

 あんなにキツいと嫌がったこの坂道でさえ、懐かしさを感じる。

 この一年、駆け足で過ごしてきたからかもしれない。


 校舎が見えて来たところで、裏口に入る。

 一ツ橋高校の玄関をくぐると、すぐに下駄箱が見えた。

 上履きに履き替えて、階段を登った先。右手に小さな扉がある。

 ここが一ツ橋高校の事務所だ。


 ドアノブを回そうとした瞬間。

 反対側で誰かが、扉を開く。


「「あ」」


 目の前に立っていたのは、ポニーテールの美少女……ではなく、男のミハイルだ。

 ちょっと見ないうちに、髪型が変わっている。

 以前より、もっと髪が長く伸びていた。


 事務所の入口で、お互い見つめあって、固まること数秒。

 最初に話しかけてきたのは、ミハイルからだ。


「そ、その……タクト。久しぶりだね☆ 元気にしてた?」

「おお……元気だったさ。忙しくてな。いつもスクリーング、ひとりで寂しくないか?」

「うん、寂しいけど。我慢できるよ☆ あと、もう少しで卒業だし……」

「そうか。実は今日、ちょっと宗像先生に用があってさ。それで寄ったんだ」

 俺がそう言うと、ミハイルはどこか寂しそうな顔をする。


「だと思った」

「悪いな。先生は今、事務所にいるか?」

「うん、いるよ☆ 奥でいつもみたいにコーヒーを飲んでいる。じゃあオレはお邪魔だから……」


 そう言うと、彼は俺に背を向ける。

 きっと、無理しているんだろう。

 この小さな背中をすぐにでも、抱きしめてやりたいたんだが……。

 今はダメだ。


 でも、その代わりに。


「待てミハイル!」

「え?」

「その……今の髪型、似合っているよ。すごく」


 たった一言だというのに、一気に顔色が明るくなり、嬉しそうに微笑む。


「ホント? ふふ、タクトはショートが好きかと思ってたから、不安だったんだ」


 俺はその笑顔を見て、決意した。

 大学の受験なんてさっさと片づけて、ずっとこいつのそばにいることを。

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