第476話 二時間目、ほのかの場合


 初めて授業をサボってしまった、かもしれない……。

 しかし、その原因はこいつにあるだろう。


 ミハイルの小さな唇が、たまらなく美味いからだっ!

 まあ正しくは、彼のお口の中……舌先だが。

 我を忘れてしまった俺は、何度もディープキスを繰り返してしまう。


 チャイムの音が流れるまで、ミハイルを貪りつくすほど、自分を止めることが出来なかった。

 ようやく正気を取り戻したが、彼の方は心ここにあらずといった顔つき。


「ああ……タクトのべろって、タコさんみたい。8つあるんだ、きっと。デヘヘヘ☆」


 とアヘ顔で、よだれを垂らしている状態だ。


 なんということだ!?

 これではまるで、俺がミハイルを無理やり襲ったと、勘違いされそう……。

 

 とりあえず、彼が二時間目の授業を受けられる状態にしよう。


  ※


 まだミハイルは、ひとりで歩ける状態じゃない。

 だから俺がおんぶして、二階の教室まで連れていく。


 ホームルームはもう終わっているから、宗像先生は事務所に戻っているはずだ。

 勢いよく、教室の扉を開く。


 すると、なぜか教壇に宗像先生の姿があった。

 

「おう、お前ら。遅かったな?」

「あ、あれ? 宗像先生は二時間目の授業、担当じゃないでしょ?」

「ああん? 担当の教師が病気で休んだから、急遽、私が担当するようになったのだ。なんか文句でもあるか?」

「いえ……」

 クソっ! 休むなよ。こんな時に……。


 仕方なく、いつも通り俺とミハイルの席へと向かう。

 まだミハイルは、トリップしている際中だ。

 ヘラヘラとしまりの無い顔で、ぶつぶつ独り言を呟く。


「あはは☆ タクト、すごいね☆ ベロベロが止まらない、オレ壊れちゃいそう~☆」


 もう壊れているよ……。


 とりあえず、彼を隣りの席に下ろすと。

 急に背後から、誰かがミハイルを抱きしめる。


「ミーシャ! おかえり~ 会いたかったっしょ♪」


 赤髪のギャル、花鶴 ここあだ。

 涙を流しながら、喜んでいる。

 だが当の本人は、まだ現実世界へ帰っていない。


「うへへへ☆ タクトはタコさん♪ まだするの? 仕方ないなぁ~☆」

 よだれを垂らしながら、天井を見上げている。


 異変に気がついたここあが、咄嗟にミハイルの肩を掴み、俺から引き離す。

「ねぇ! オタッキーさ、告白の動画を見て感心したけど。もう変なことをミーシャに教えてるの!? 最低っしょ!」

 鋭い。

「あ、いや……誤解だ。ちょっとミハイルと仲良くしていたら、興奮したみたいでな」

 自分でも言いながら、否定していない事に気がつく。

 

「仲良しって、無理やりミーシャをヤッたんしょっ!? 最低じゃん!」

 友情を第一に考えるここあだ。

 心配から取り乱してしまう。


 ざわつき始める教室内。


「うおっ、新宮のやつ。マジだったのか……」

「授業中に校内でするとか、最強メンタルじゃね?」

「つまり以前の彼は、同性愛者であることを隠していた為、消極的だったのでは? カミングアウトした今、男ならどこでも行為に及ぶモンスターと化した……」


 そこまで節操のない男じゃない。

 勝手に人を考察するな。


 騒ぎを止めるため、宗像先生が叫び声を上げる。


「静かにせんか、貴様ら! 人の恋路だ。外野がとやかく言う筋合いは無いだろう!」


 おっ、宗像先生にしては、ナイスフォロー。

 と感心しているのも束の間。

 先生は鋭い目つきで、俺を睨みつける。


「だがな。本校では認めてないんだよ……新宮」

「え、何がですか?」

「バカヤロー! 入学式の時に説明したろっ! 喫煙は既定の場所なら認める。また飲酒も働いている生徒がいるから、大目に見ているが……淫行だけは許してないんだよっ!」

「……」

 そんなことを認める学校は、この世に無いと思うが。


「やっと、復学したと思ったらこれか? あんなに可愛い古賀をアヘ顔になるまで、立てなくなるほど無理やりするとは……見損なったぞ、新宮っ!」

「ち、違いますって」

「いいや! お前は卒業するまで、しばらく古賀と離れていろ! 花鶴、お前が守ってやれ」

「あーしに任せてください、宗像センセー!」


 俺の意見は一切、無視され。ここあがミハイルを保護することなってしまった。


「デヘヘ☆ タクトはオレが好き♪ 誰にも止められないんだよ~☆」


 早く正気を戻してくれ、ミハイル!


  ※


 俺がミハイルに近寄ることを、ここあが警戒していたため。

 しばらく彼と話すことは出来なかった。


 授業が終わっても、周囲からの視線がグサグサと刺さるのが分かる。

 居心地が悪いからとりあえず、教室を出ることにした。


 廊下をひとりで歩いていると、後ろから声をかけられる。


「琢人くん! 待ってよ~!」


 振り返ると、ショートボブの眼鏡女子。

 北神 ほのかが立っていた。


 かなり焦っていたようだ。

 その場で腰を屈めて、肩で息をしている。


 相変わらずのファッションで、白いブラウスに紺色のプリーツが入ったスカート。

 以前、中退した全日制の高校で着ていた制服らしいが。


「ほのか、久しぶりだな。どうした? そんなに急いで」

「だって……はぁはぁ。琢人くんの動画を見て以来、この気持ちを早く伝えたくて……」

「は? ほのかの気持ち?」


 俺が首を傾げていると。

 息を整えたほのかが、眼鏡を光らせる。


「そうよ! 琢人くん、ありがとう! ゲイだということを、カミングアウトしてくれて!」

 唐突の出来事だったとは言え、憤りを隠せずにはいられない。


「あぁっ!?」

 柄にもなく、ドスのきいた声を出してしまった。

 

「だってさ、おかしいと思っていたんだよ! ミハイルくんを女装させたり、なんかコソコソしてたから。でも、あの動画を見てやっと気がついたの! 二人は最初から、尊いパートナーであることにっ! やっぱり私の第一印象は当たってたのね! 最高のネタ提供に感謝するわ!」


 苛立つ俺のことなぞ、無視してマシンガントークを繰り広げるほのか。


 まあ、でも……こいつも一応サブヒロインのひとりだからな。

 礼だけは、言っておくか。


「なあ、ほのか。お前も知っているんだろ? 俺のライトノベル、“気にヤン”が打ち切りになったのを?」

「うん! それで実録ゲイ小説を書くことになったんでしょ!?」

 鼻息荒くして、顔を近づけてくるからイラっとする。


「そっちは、おいおいだがな……。でも、ほのかもサブヒロインのひとりだったんだ。礼を言いたい」

 そう言って頭を下げる。


「いやいやっ! こちらこそ、大量のネタ提供に感謝しているよ! 私こそ、二人に報酬を払いたいぐらいよっ!」

「え?」

「だって、さっきも3階の教室で、濃厚キスを見せてくれたじゃない?」

「……」

 耳を疑った。

 今、こいつ『見せてくれた』と言ったよな?


「1時間目の授業をサボってまで、ミハイルくんとの『駅弁ファ●ク』に没頭していたかったんでしょ? 鍵まで閉めてたもの!」

「なっ!?」

「しっかり、スマホで録画しておいたわよっ!」

 盗撮していたのか。

 

 一応、ほのかのスマホを確認してみると……。

 彼女の言う通り、俺がミハイルを棚の上に座らせて、両手を押さえているため。

 そう見えなくはない。

 ミハイルの白い両脚は、俺の腰辺りで左右に分かれているし……。


「大丈夫よっ! 私は尊い二人を見守りたいだけなの! 悪質なネット民みたいに、おもちゃにしないわ! この動画も家のパソコンに保存するだけ、資料として!」

「……」


 でも、どうせ倉石さん達と共有するんだろ?

 もっと悪質な人間に感じるわ……。


 こうして、腐女子のほのかという、サブヒロインの契約は解除された。

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